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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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この世で最も綺麗な向日葵

 彼女が死に際に残したコンピュータウィルスは、世界が崩れていく前奏曲だったのかもしれない。


 ウィルスは「リインカーネイション」と名付けられていた。但し、この名前は所謂セキュリティ関連事業者が、ウィルスの発見後に命名したものでは無い。

 名前の由来は、「リインカーネイション・ウィルス」に感染すると、画面には一輪で咲いている向日葵の写真を背景にして、


「reincarnation」


 の一語が表示され続ける症状からきている。

 その状態から、オペレーティングシステムを終了させる事も、コンピュータの電源を落とすことでさえも、どのような手段を用いたとしても不可能になる。


 二○一五年七月十二日、まず、被害にあったのは個人のコンピュータであった。インターネットに対してセキュリティ上の対策を施していないコンピュータへ、まず「リインカーネイション・ウィルス」は侵入した。当事者が意識することなく、ネットワークへの接続を行った、その時にはもう手遅れなのである。インターネットに充満している「リインカーネイション・ウィルス」は、それがまるで意思を持つかの様に、ケーブルを伝い電波を泳ぎ家庭のコンピュータを侵略した。被害にあったコンピュータは、その時点でもう使い物に為らない。既にソフトもハードも破壊されて、画面に向日葵を映したまま、永遠のその動作を停止する。その意味では、進入というよりも侵略と言ったほうが適切であろうか。


 最初の被害報告が土曜日の十四時五十三分に出されてから、一時間にも満たない時間内で世界中の、何らかの形でネットワークに接続されていたコンピュータは、ほぼ「リインカーネイション・ウィルス」に犯された。

「リインカーネイション・ウィルス」が繁殖した速度は、世界のネットワークの巨大さを考えれば、驚異的と言っても過言であることは無いであろう。

 万全のセキュリティ対策を施した企業のネットワークでさえ、「リインカーネイション・ウィルス」の前には無力であった。

 インターネットへの何かしらの接点がある、只それだけで「リインカーネイション・ウィルス」は侵略する、自らの意思によって。


 ネットワークから切り離されていたスタンドアロンのコンピュータや、モバイルなどに関しても、ネットワークに接続出来なくなってしまっては、意味を成さない。最早、人類が遣り取りをするデータ量に関しては、メディアの容量を凌駕していた。


 各国はネットワーク技術者、管理者、果てはハッカや、本来は犯罪者であるはずのクラッカ達を巻き込んで、現状復帰の対策を講じた。

 しかし、既に感染したコンピュータから「リインカーネイション・ウィルス」を取り除くことは出来ず、彼らは感染済みのコンピュータを目の前にして立つ、人形と化した。

 そして当然ながらコンピュータを製作するコンピュータが作動しないのであるからして、この電算機械に依存した人類としての機能は、死滅したと言っても良い。


 企業活動は停止し、電気、ガス、水道さえ止まり、ネットワークを介して引き出されていた貨幣を引き出すことさえ出来なくなった。これほどの短時間に、全世界の全てのネットワークが侵略される事が無ければ、事態はまた別の結果を迎えていただろう。

 そして、人々は動けない、動かない。

 コンピュータが利用できない、そのことに因ってのみ起こる弊害がこれほどのものか。文明社会を自負していた人々は驚愕せざるをえなかった。


 ウィルスが世界中に蔓延し、世界の機能が麻痺し尽くされた後、人々は途方に暮れながらも疑問を解決できずにいた。


 画面に映し出される向日葵は何を意味しているのか。


 その回答を知っているのは、もしかしたら世界中で僕だけかも知れない。僕は世界中でたった一台だけ正常に動いている、彼女のものであったコンピュータを目の前にして、汗ばんだ額にかかる髪を揺らす夏の生ぬるい風を感じていた。

 開け放たれた窓から見える世界といえば、一つだけ。

 コンクリートに遮断されたその小さな敷地にそぐわない、生えそろった緑色の芝の、一箇所だけ土が剥き出しになった一角。


 一輪だけの向日葵が、どれだけ手を伸ばしても届かない光に祈りを捧げているかの如く、そこにある。


 彼女はその向日葵が咲くのを、毎年楽しみにしていた。そして、彼女は生まれてから、その風景しか見ることが出来なかった。


 そんな彼女は、息を引き取る一週間前。僕に、今にも壊れそうな笑顔を見せてくれた。そして、言ったんだ。


「わたしね、この向日葵を世界中の人達に、見せてあげたい」

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