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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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死因と動機

 三日ぶりに我が家へ帰った私が見たものは、天井の梁から伸びるロープで縊死している妻の千恵。

 そして、妻から若干ではあるが右にずれた場所の床で、両手を重ね合わせて姿勢良く息絶えてる、先日に小学校へ入学したばかりの愛娘、亜衣であった。


 そして腐敗臭。


 妻は、やや白髪の混じり始めた頭髪が、ロープに締め付けられて既に膨れ上がった顔面にかかっていた。舌がだらしなく咥内から出ている。また、併せて眼球が腐りかけて眼窩から落ち始めているのを、視認することが出来た。

 妻がぶら下がっている、その下の畳には、彼女のあらゆる体液が拡大した染みを作っている。娘の亜衣は首筋に締められた跡に見受けられる、鬱血した帯状の跡はあるものの、静かな表情で眠りについている。服装や頭髪にも乱れはなく、むしろ整えられた形跡さえ見られた。


 但し、二人とも腐敗が進行していた。


 窓は真夏だというのに全て鍵がかかって閉められている。玄関の鍵も私が開けた。


 明らかに心中である。


 当然、この様な場合は警察に連絡すべきなのであろうが、私自身が警官なのであるから如何様にしたものか。先日まで他人による殺人事件を捜査していたのである。痴情が縺れての、品の無い事件であった。浅薄な犯人が逮捕され、捜査本部が解散して帰宅してみれば、斯様な事態である。これは何と云うべきなのであろうか。

 無論、どうとも云うつもりは無いのであるが。


 私は五分ほどかけて妻と娘の死体を検分すると、居間から出る。そして、白い絹の手袋を寝室の箪笥の中から取り出し、汗ばんだ両手にはめた。

 再び寝室から二人の死体がある居間へ移動すると、私は部屋の中の物色を始めた。まず、目に見える範囲には無かった。続けて、二人の死体を調べる。そして、食器棚の中、引き出しの中、古新聞を撒き散らしその中さえも調べた。部屋はまるで盗難にでも遭ったかの様相を呈した。が、しかし無いのである。


 遺書と思しきものが無い。


 何故、妻と娘は心中をしたのか。私には全く理解する事が出来ずにいた。生活に困っていたとは考えられない。私の収入には不足が無かったであろうし、妻に関してもパートへ出て働いており金銭的不自由は感じた事が無い。私と妻の関係も、良好であった。家庭内にも問題は見受けられなかった。

 私への何らかのメッセージなのであろうか。私の知らない何事かが、私の知らないうちに起きていたのであろうか。であれば、私には何ら知る由も無い事ではあるが。


 兎に角、心中をした動機を示す遺書さえ見つからない。理解しろという方が無理な話なのである。


 私は一通り検分を終え、腐敗臭の充満した部屋の換気を兼ねて庭に向けられた窓を開けると、陶器製の灰皿を出窓の枠に置いて煙草に火を点けた。肺に部屋の外から入ってくる新鮮な空気と腐敗臭、そして煙草の鬱屈とした煙が混ぜ合わされて充満する。私は煙に目を細めながら、これから如何すべきかの検討を始めた。


 結局その日、私は睡眠を欲していた為に一旦寝室へ戻り就寝した。そうすると捜査で疲れた体は翌朝まで起きる事は無く、熟睡をしたのである。

 いつも隣に寝ていた妻が居なかったのは気になったのであるが、それも睡眠に入る五分間だけのことであり、寧ろ妻が居なかったので熟睡できたのかもしれない。


 翌朝、私は数日の疲れが取れた爽やかな気持ちのままベットから離れ、シャワーを浴びた。そして体を拭きながら、未だ腐敗臭の漂う居間へ戻ると、妻と娘は昨日と全く同じ姿勢のまま死んでいる。換気扇を回しておくべきであったか、と一瞬ではあるが後悔をしたものである。

 その後、私は彼女等を横目に見つつ、ベーコンエッグとトーストの簡素な朝食を摂った。


 私は何時もどおり食後の一服を終えると、妻がクリーニングに出して皺の取れたスーツをハンガから外して身を包んだ。部屋の戸締りの確認をしてから、職務のため出庁する。


 何故だろうか、今日に限って妻も娘の亜衣も玄関まで見送りに来なかったものであるから、通常であれば妻が閉める玄関の鍵は、致し方が無いので私が施錠したのである。

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