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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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39/69

マチアワセ

 朝の早起きは好き。わたしの部屋は二階にあって、ちょうど窓が東に向いているので朝になるとお日様が入ってくるのだから。

 今日は、土曜日だから学校はお休みで、普段ならもう少し起きたまま、ベッドで本を読んだり、昨日までの学校のこととか、お友達とお喋りしたことなんかを、寝返りをうったり、背伸びしてりして思い出しながら過ごしているのだけど、今日は違うのだ。

 なんだか、わたし、おかしくなってしまったみたい。

 だって、起きたときから胸が苦しいし、いいえ、違うの、起きる前から寝ているときだって、昨日の夜にベッドに入って寝る前から胸のあたりから、ぎゅううと音するんじゃあないかしら、皆には聞こえていないのかしらと心配になるくらい。いつもは聞こえない、心臓の音だって、はっきり聞こえて、胸のところに手をやってみると、やっぱり心臓は普通に動いているけど心配になって、時計と睨めっこをしながら、ひとつ、ふたつと心臓の音を数えてみたけれど、普段がどれくらいか知らないのにね、そんな事しても意味が無いのかしらと思ったわ、馬鹿ね、わたし。


 なんと云っても、今日は純くんに会うのだ。そりゃあ、学校では毎日会っています、クラスメイトですからね。でも、土曜日に会うのです、お休みの日に。下北沢の小劇場と云うのかしら、わたしは今までそんな所は行ったことがないのだけれど、純くんのお兄さんのお友達が、劇団さんの道具を作ったり、準備をするお仕事をされているそうなのです。それで、先週、公演のチケットが二枚あるから一緒に行こうと純くんが誘ってくれたのです、誘ってくれたのです。純くんは、男の友達を誘っても誰も一緒に行ってくれないだとか、せっかく貰って行かないのは失礼だからとか、いろいろ云っていたけれど、わたしには分かるのです。きっと、きっと、わたしをデートに誘いたかったのです。そうに違いないんだ。嬉しい、本当に嬉しいのだけれど、わたしも少し意地を張って、じゃあ仕方が無いわね、なあんて振りをしてしまいました。なんて、厭な娘。


 まだ、二月。外は寒い。でも、寒いほうが、お洋服を沢山着れるから好き。純くんはどんなお洋服が好きかしら、何色が好きかしら、スカートよりもズボンを履いたほうが良いのかしらなんて、鏡の前で色々試していたら、床の上はお洋服で一杯になってしまった。そんなことをしていたら、待ち合わせの時間までぎりぎりになってしまったので、片付ける時間はありません。ごめんなさい、お母さん、わたしは何時もはお部屋を綺麗にしてるのです、でも今日は許してくださいね。


 靴を履いて、家を出て、電車に乗って、上の空。純くんはどんな格好をしてくるのかしら。そういえば、普段着の純くんは今まで見たことが無い、髪型は、服装は、どんなお喋りをするのかしら。演劇なんて初めて行くのだから、わたしは全然分からないのだけれど、純くんがすごく演劇に詳しくて、とてもわたしには分からない話をされてしまったら、わたしは困ってしまうかもしれない、でも、大丈夫。わたしだって、背伸びをして大人の人が観るような演劇を見るんだ、正直に分からないことは分からないと云えば、純くんは思い遣ってくれると思う。


 明大前で乗り換え。京王線から階段を降りて、井の頭線のホームへ降ります。明大前は昔、と云っても三年前の小学校の頃だけれど、お友達の堀ちゃんと、本当に明治大学が前にあるのかを確かめようと、降りた事があります。そりゃあ、駅前にはなかったけど、わたしのお家の近くも通っている甲州街道、その向こう側にありました。でも、道は渡りませんでした。だって、なんだか、綺麗なお姉さんとか、お兄さんたちが大勢、煩そうにして歩いてきたので、怖くなって二人で逃げてしまったから。


 午前の十一時。下北沢に着いて、ドトールの前で待ち合わせ、お食事をしてから、小劇場に向かう予定。お食事は、なあんにも、わたしは考えていないけれど、きっと純くんが考えてるに違いないから、わたしは考えなくて、いいのだ。わたしが知ったかぶりをして、あそこが良い、あれは駄目だなんていったら、聞き分けの無い、我侭な子と思われる。だから、わたしは何も考えないほうが、純くんのためなのだ。

 気に入りの時計。文字盤に二匹で泳いでいるイルカの絵が描いてあって、数字のところは綺麗な貝殻があしらってあるのだ。去年の誕生日にお父さんにおねだりをして買ってもらった、お気に入りの時計。前に、学校にしていったことがあるのだけれど、そのとき純くんは、可愛い時計だねえと褒めてくれた。わたしは、飛び上がりそうなくらい嬉しくて、それはもう、毎日その時計をしてきたかったのだけれども、そのようにしてしまうと、純くんに褒められたから毎日してくるってばれてしまう。だから、わざと、少しづつ間をあけて、時計をはめていきました。

 今日も、純くんは気付いてくれるかしら。でも、今日は手が半分隠れてしまうくらいの長袖だから、時計を見てもらおうとおもったら、わたしが時間を見る振りをしなければ、そうすると、時間を気にしている、気ぜわしい女の子と思われるから、それは厭だ。でも、今は思う存分見ても誰も文句は云わないし、時計を見る振りの練習もしなくちゃだから、待ち合わせの十一時半まで、何度も、何度も時計を見ました。


 でも、十一時半を過ぎても、四十五分を過ぎても、十二時になっても、純くんは来ないのです。わたしは、立っているのも疲れてしまって、純くんが来たときに座っているとはしたない子と思われるから、座っていたくはなかったのだけれど、もう足が、棒のようになってしまったので、近くにある、皆が座っている石のブロックに座ってしまった。時間を間違えたかしら、わたしが間違えたのかしら、それとも純くんが勘違いをされているのかしら、公演が始まるのは何時だったかしら、チケットは純くんが持っているから、わたしには分からないのだけれど。

 もしかしたら、お気に入りの時計、時間が合っていないのかもしれない、わたしは思って、携帯電話の時間を確認。そのとき、メール着信を知らせる、紙飛行機が液晶にふわりと、飛んでました。

 なにかしら、純くんかしら。そう思って見てみると、やっぱり純くんからで「ごめんなさい、連絡も遅れてごめんなさい。昨日の夜から熱が下がらず、どうやらインフルエンザらしく、起き上がることもできません。約束の時間を過ぎて、連絡をすることも失礼ですが、さらに今日は行けそうもありません、本当にごめんなさい、埋め合わせはいつか、必ずします」ですって、もう、どうしてやろうかしらと思う。だって、そんな事を急に云われても、困る。もう、わたし来ちゃってるし、チケットも無いし、お食事のことも何にも考えて無いのよ、馬鹿、純くんは馬鹿だ。携帯電話、地面に叩きつけたら、少しは気が晴れるかしら。


 座っていたけれど、もう、立ち上がる、そんな気持ちもありません。ただ、ただ、ぼおっと、駅前のいろんな人たちを眺める。純くんが来れないと分かって、それから、せっかくのお休みも台無し。一生懸命に選んだお洋服も台無し。街はお店が沢山出ていて、賑やかなのだけど、急にお祭りの縁日観たいに見えてきて、ぴいひゃら、ぴいひゃら、どこからか、そんな音楽も聞こえてきて、歩いてる方々は皆、お面を被っているように見える。ウルトラマンさんとか、怪獣さんとか、黄色い髪でお下げを作った女の子ちゃんとか、ひょっとこさんとか、皆の顔がそんな風に見えるのです。ああ、おかしい、わたし何をしているのかしら。ふふふ、と少し笑いました。


 そんな、ぼおっとしている様子が、どうも暇な、厭らしい女の子に見えたのでしょうか。髪形が不潔な、何だか水分が無さそうで、茶色を薄くした髪が捩れていて、でもお顔は黒い、そんな男性がわたしを食事に誘ってきたのです。厭だわ、そんなはしたない、娘に見えていたのでしょうか、恥ずかしい、わたし恥ずかしい。お断りして、直ぐに帰ろう、そう思ったのです。でも、純くんは来ないし、せっかくのお休みなのに、純くんはわたしを裏切った、ご病気とはいえ、わたしの気持ちをどうしてくれるのでしょう、そう考えると当てつけ、嫉妬、そんな気持ちになりました。ええい、いいんだ、全部、どうなってしまっても、誰だって、純くんだって、構いやしないんだ。


 わたしは男性についていって、タイ風の飾り、多分タイでしょうけど、もしかしたらインドネシアかもしれないし、シンガポールかもインドかもしれないけど、そんなお店に入りました。わたしは、とても厭らしい女の子になってしまいました。お母さん、お父さんごめんなさい。わたしはいけない子です。でも、全部純くんが悪いのです。

 テーブルについて、お料理を注文しているときも、わたしの気持ちは、心ここにあらず。何を頼んだのかなんて、ちいっとも分かりません。男性はわたしに、いろいろ話し掛けてくるのですが、お話になられていることが全く分かりませんでした。なんだか、頭の中にトンネルが出来て、すうっとお話が筒抜けていってしまうみたい。椅子にちょこんと、座って男性のお顔の少し上に、縦長で、黒い縁取りの模様が入って、羽飾りのある木のお面がありましたので、それをずうっと眺めてました。


 携帯電話の振動、メールの着信。そういえば、純くんに返信をしていない、きっとまた純くんからだと思っていたら、やっぱり純くん。「返信が無いので、心配になりました。大丈夫でしょうか。今日は、本当に申し訳なかったのだけれど、寒い日でもあるので、あまり外にいると僕の様に風邪を引きます。心配です、連絡をください」ですって。それを見たら、何だか目の奥が熱くなって、涙が出てきて、止められない。全部、全部が悲しくなったので、大声を出して泣きました。わたし、大声で泣いた。

 男性は、大変驚いて、席を後ろにずらすと、慌てて、逃げていってしまいました。慰めもしない、されたくもないけど、最低な男だ。きっと、純くんなら、優しく、慰めてくれるに違いないんだ。

 お店の店員さんが、なんだか迷惑そうなお顔をして近づいてきたけど、大丈夫です、お金は今日の為に沢山持ってきたの、お支払いはしますわ、お金を払わないなんて、そんな品の無いことはしません。でも、もう少し、もう少しだけ泣かせて頂戴。

 純くん、メールの返信は、暫らくしません。だって、女の子をこんなに泣かせて、街中のお店で恥をかかせて、それはもう、少しは意地悪をしてみても、ねえ、いいんじゃないかしら。

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