気ままな子供
すうっ、と何か空気が抜けた音と光が差し込んで、我にかえる。
そして、視界が広がる。そこは僕の居ない部屋。
これまでは、僕の生活のすべてがここにあった。
五年、言葉にすればたった二文字の時の流れに過ぎない。
だが、ここには僕のすべてがあった。
何の、特徴も無い木造アパートだ。僕が学生のときに入居した頃、すでにこの界隈では見かけないほどの築年数の古さだったろう。隣りの学生が大声で騒いでいた声がよく聞こえた、上の住人が部屋のを中歩く音さえ絶えず耳に入ってきた。
前の道を歩く人の、節操も無い話し声も聞こえた。
一棟挟んで走っている線路に、電車が通るたびに聞こえた轟音が気にならなくなったのはいつからだろう。
そんな、世界の鳴き声のなかで、
仕事から帰り、明日まですべてを忘れるために布団に潜りこんだのも。
女性との初めての夜を過ごしたのも、この部屋だった。
いつだって、そう、きっとこれからも。
すべては、今のまま。
そう願って、明日も来ると思ってた。
灰色に曇った空気と、きっとこれからも変わる事の無い、人の意思という樹海の中で、人を想って苦悩して、焦がれて、「理解できない」と叫びながらも、何かを期待して、その何かが解らない事にすら、気づかないまま、これからも、この贅沢な世界を、人として生まれた事を呪い、歩き続けるのだろうと、思っていた。
すべてが終わったのは昨日だった。
それは、僕にとっての世界の終わり。僕が居ないのであれば、僕は僕の世界を認識できないのだから、それは世界の終わり。
僕は今、全身を九箇所に切断された状態で、冷蔵庫の中に入っている。
それぞれの棚に、腕、足、腹部、胸部といった具合に、切断面から血に塗れた僕の一部分が、五℃の冷気で冷やされている。
切断面は包丁で強引に切ったために、なにか、引きちぎられたようにも見えなくはない。おあつらえ向きに僕の頭部は部屋が見渡せるように、ちょこん、と置かれていた。
まるで、気ままな子供に壊された人形だ。
冷蔵庫の扉を開けた警官が僕を見て、眉にしわを寄せる。何秒間か僕の体だったそれぞれの部分を、検査でもするかのように見渡すと、部下に指示を出すためだろうか、冷蔵庫の扉を開けたまま離れていった。
玄関には、他の警官に何かを聞かれている恋人の志織の姿があった。眼に涙を浮かべながら、顔を真っ赤にしてうつむき加減で警官からの質問に答えいる。警官は手帳を片手に持って、もう片方の手でペンを走らせながら志織の言葉を写している。
しばらくすると、志織は何かに耐えかねた様に、あるいは今までの何かが崩れてしまったかの様に、顔に手を当てて涙をぬぐいながらその場にしゃがみこんでしまった。
可哀相に、僕はこれから君と一緒に居る事ができないんだ。これからも二人は愛し合っていけると思っていたのに。きっと、これからもずっと。
ごめんよ、志織、でも。
君はまるで、気ままな子供だったね。




