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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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食肉禁止法

 西暦二〇八六年、この年に人類の食文化における大きな転換点となるひとつの法律が全世界に先駆けて日本国内で施行された。「国連環境計画の提言に基づくあらゆる食事形態における食肉の禁止を定めた法律」、いわゆる「食肉禁止法」である。


 この法律の中では地球上に棲息するありとあらゆる動物の名が列挙され、その食肉を禁ずることが明記されている。

 「食肉禁止法」には、世界中の動物の減少を食い止めるためといった、人間が住まう地球を環境保全するとの目的が掲げられていた。

 しかしながら、人類が動物から栄養分を摂取せずに生命活動を維持していける技術的な環境が整った事も、この「食肉禁止法」の施行にあたっての大きな一因となった事は否めないと言われている。


 施行から十数年後には、動物の肉を食べるという事は野蛮な行為であると、人類の中では共通認識として位置付けられる事となった。


 二一〇三年、年の瀬を迎えた長友美帆は慌ただしかった年内の仕事が終わり、十全とは言えないまでも部屋の片付けも一段落したので、予定どおり四人の友人達を呼んで美帆の家で食事をすることになった。

 食事の準備をキッチンでしていると、玄関のチャイムが鳴る。美帆は準備の手を休め、玄関へ向かい液晶のモニタを見ると、そこには見慣れた友人の顔が映っていた。

「慧子か。思ったより早かったね」

「そりゃもう、あなたに食事の手伝いをしてくれ、と頼まれれば嫌とは言えませんからね」

 美帆が開けた玄関扉から入ってきた慧子は玄関で窮屈そうな靴を脱いでいる

「念入りに準備するって事は、やっぱり幸治さんのためかな」

「まあ、当たらずとも遠からず」

「やっぱりそうなんだ。で、なに、わたしに何を手伝って貰いたいのかな」

 慧子はキッチンに向かいながらコートを脱ぐと、腕まくりをして美帆に話しかける。と言っても、現在の料理では人間が調理をする出番はほぼ無いと言って良い。前世紀に調理器具が人工知能を持つようになってから料理は機械のするものとなってしまっている。

「とりあえずは、椅子に座って珈琲でも飲んででよ」

「張り合いのない」

 冗談めかした愚痴をこぼしながら慧子は椅子に座る。暫くすると、キッチンから美帆が珈琲を持ってきた。

「そうね、しばらくそこに座っててくれる?」

「はいはい、仰せのままに」

慧子は手渡された珈琲を飲む。


 「食肉禁止法」の違反者がいるとの通報が所轄の警察に入ったのは二〇時三十四分。付近にいた警官が現場に向かうと、部屋の扉の前に三人の男女が立っていた。警官は通報者は誰かを尋ねる。

 三人はしばらく顔を見合わせた後、その中の一人の男が

「はい、私たちです」

 と唇を痙攣させながら言った。

「名前は」

「寺原幸治です、あの、お巡りさん、早く中に入ってくださいっ、彼女が肉を食べるのを止めてください。あんな、動物の肉を食べるなんて野蛮な事をやめるように言ってくださいっ」

 男は、半ば正気を失った様子で警官に懇願した。


 警官は寺原の話を受けて部屋の中に入る。と、彼が今まで嗅いだことのない匂いが鼻をついた。テーブルでは長友美帆がフォークを片手にテーブルに座って食事をしている。テーブルに載っているのは警官が参考資料として見たことのある、旧世紀にはステーキと呼ばれていた料理だった。

「長友美帆だな、テーブルの上に乗っている料理は一体何だ」

 部屋には彼女以外、誰もいないようだった。美帆は不思議そうな顔をして警官を眺めている。

「食肉禁止法違反だな、署まで来てもらおうか」

「嫌だわ、お巡りさん。わたし、食肉禁止法に違反なんかしてません」

 幾何学模様の縁どりが入った食器へ綺麗に盛り付けされたステーキに、美帆はおもむろにフォークを刺した。そして警官に向けてそれを誇示するかのように、くるくる、くるくると円を描くように回し始める。

「この肉、食肉禁止法の禁止リストに載っている、どの動物の肉でもないんです」

 美帆は、喋り終えると手の動きを止め、フォークに刺さっていた肉料理を口へ運び、何度も、何度も咀嚼する。

「では、いまお前が食べているのは何の……」

 口の中で十全に咀嚼されたそれを、美帆は満足気に喉を上下させながら飲み込む。そしてゆっくり視線を上げると、警官を見て微笑んだ。

「知ってるかなあ、慧子の肉ですよ」

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