「くっ……殺せ!」「あ、はい」
高い木々の生い茂る森の中。そこに武器を帯びた複数の人影があった。その内の一つは、絶世のと称されるような美女。細く美しい肢体を持ち、耳は長く尖っている。エルフだ。
エルフが複数の人間に囲まれて戦っていた。後ろから振り下ろされた剣をまるで見えているかのようにヒラリと躱し、横から突き出された槍を剣の束で払う。舞のような見事な動き。けれど次から次へと繰り出される攻撃に防戦一方。多勢に無勢だった。やがてエルフの動きに翳りが見え
キン!
握っていたレイピアを、弾き飛ばされた。
無手になったエルフに突きつけられる、いくつもの武器。エルフは悔しそうにグッと奥歯を噛んだ。
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彼女は、森に住むエルフの族長の娘だった。森の中で静かに暮らしていた彼らの里に、突如帝国の使者がやってきた。
「ここは帝国の領土である。したがって、帝国民である貴様らは皇帝の命令に従う義務がある」
と。使者は続けた。
「よって、女は全員皇帝のハーレムに入れ!男は全員皇太后のハーレムに入れ!」
要するに、現皇帝とその母親のグヘヘな目的の為に攻めてきたというのである。
エルフたちは当然ブチ切れた。彼らは一見穏やかそうに見えるが、その実めちゃくちゃ短気でケンカっ早いのだ。
「クソがあ!寝言は死んでから言えやあ!」
綺麗な顔に似合わぬ暴言を吐いた族長のレイピアが、ザシュ!っと使者を斬り捨てた。
(ああ、こうなると思ったんだよな……)
そう嘆きながら使者は息絶えた。
エルフの短気さと口の悪さは、その美貌と同じくらい有名なのだ。
同じくこうなると思っていた帝国軍の指揮官は、晒された使者の首を見た瞬間に号令をかけた。
「攻撃、開始ー!!!」
進撃の太鼓が鳴らされ笛が吹かれる。
待機していた兵士たちは、事前の指示通りに攻撃を始めた。一斉に矢が放たれる。次いで歩兵が突撃を開始した。
まさか返事と同時に攻撃してくるとは思っていなかったエルフたちは、意表を突かれて反応が遅れる。まず、身体能力の鈍い魔法使いたちの多くが第一矢を避けられずに死んだ。自軍の様子を確認する為、余所見をしていた隊長格も何人か。そして前日飲み過ぎた前衛の集団も、吐き気を堪えている間に突撃してきた兵士に斬られた。
タイミングが悪かったのだ。
人間にとっては、最高のタイミングだったとも言える。全ては全くの偶然だったけれど。多種族を見下すエルフの傲慢さも、少し味方したのかもしれない。
最初の数分で、おおよその趨勢が決まってしまった。残ったエルフは、地の利を得ようと森の奥に消えて行く。散り散りに。それを集団で追う人間の兵士たち。
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森の中に散ったエルフの一人が、冒頭の族長の娘だ。自分を取り囲む人間の数に、彼女は強く唇を噛んだ。周囲に仲間はいない。そして辺りは静まり返っている。つまり、近くで戦っている仲間はいないという事。
(皆、やられてしまったのか
逃げて態勢を立て直しているならいいけれど……)
希望はあまりなかった。一対一でなら下等な人間如きに至高の存在であるエルフが負ける訳がない。しかし、こうも敵の数が多くては為す術がなかった。
人間が、調子に乗りやがって!
鬼の形相になっても美しいエルフに、人間たちが見惚れる。
その惚けた顔に、エルフは内心吐き捨てる。
どいつもこいつも下衆顔ばかり。こいつらに命じた皇帝も、きっと豚みたいな顔なのだろう!
全員美形な所為で人間の顔などオークと変わらなく見えるエルフは、心からの嫌悪に顔を歪めた。
人間の慰み者など死んでもごめんだ!
けれど現状、選べるのは慰み者か死か。
ならばーー
「くっ……殺せ!」
エルフは誇り高く叫んだ。
胸を張り顔を上げて。風に金糸のような髪が靡く様は一枚の絵のようで、再び兵士たちが見惚れる。
そんな中、酷く目の悪い一人の新米兵士が動いた。
「あ、はい」
そして構えた槍を勢いよく前に突き出した。
訓練通りに。「くっ……殺せ!」に従って。
ザクッ!
槍の穂先が、エルフの腹を貫いた。
カハッと血を吐き出し地面に倒れるエルフ。
我に返る他の兵士たち。
「なっ……何やってんだおまえ!」
「え……だって「殺せ」って……」
「バカ、それは様式美ーー」
「っていうか敵の言うこと聞くなよ」
「俺たちはエルフを捕まえに来たんだぞ!?」
「どうすんだこれ!」
「いや、どうしようもないだろ」
明らかに死相の出ているエルフ。
責められて狼狽える新米兵士。
(「殺せ」って言うから刺したのに……(´・ω・`))
ゴブリンの巣に火魔法をぶち込んだように混乱する帝国軍の兵士たちの声を聞きながら、死にゆくエルフはひっそりと笑った。
エルフに伝わる薬を使えば、この深い傷でも治る。族長の一族は、誰でも一つ肌身離さず持っている薬。彼女も常に一つ携帯していた。
けれどそれを使って生きながらえても、待っているのは皇帝の慰み者としての生。誇り高く美意識も高いエルフの彼女には、到底受け入れ難い。
だから彼女は、そのまま死ぬ事にした。段々と呼吸が浅く小さくなっていく彼女の耳に、増していく混乱が届く。
「こいつを殺したおまえも、きっと死刑だな」
「ああ。皇帝、エルフハーレム作るの楽しみにしてたからな」
「「老若問わず、美女は一人逃さず連れて来い!どれだけ幼い女もだ!」って鼻息荒かったからなー、ロリコンが」
「命令違反になるもんな」
「こんだけの上玉を殺したなんて知れたら……うん。死刑確定!」
「そんな!?」
同僚たちの心ない言葉に、泣きそうになる新米兵士。
(「殺せ」って言うから殺したのに!(><))
「……待てよ?もしかして、止められなかった俺たちも……死刑か?」
「何っ!?」
「それはあるかも。皇帝、容赦ないし」
現皇帝は、色ボケだけれど苛烈なのだ。タチが悪い。
「嫌だ、死にたくない!悪いのはこいつだ!」
「……よし。こいつをこの場で粛正して命乞いしよう」
「そうだな。それがいい」
「ああ、そうしよう」
あっさりまとまる同僚の意見。
「な、何言って……」
新米兵士を他の兵士が取り囲んだ。
向けられた槍の穂先がギラリと凶悪に光る。
「悪く思うなよ」
一度手元に引かれ、そして一斉に繰り出される槍。
グサグサグサグサグサッ!
「ぎゃー!!!!!」
(悪く思うに決まってんだろー!(´ཀ`))
新米兵士は、エルフより先に息絶えた。
「……あと数人、殺しておくか」
周りを見渡す小隊長。
好色皇帝の怒りを逸らすには、一人の生贄では到底足りない。
「おい、おまえら。こいつと同じ班だったな?」
死んだ新米兵士と同じ班に編成されていた兵士たちに、ギラついた視線が向けられる。
「いや待て、俺たちは関係ない。話せばわか……うぎゃー!!!!」
「やめろ、ぎゃあー!!」
「ついでみたいに殺されてたまるか!うおー!」
殺されそうになった一部の兵士が反撃を始め、エルフの周りに人間の兵士の死体が続々と増えていく。
あははははは!ざまあみろだ!
人間の狂騒と悲鳴をレクイエムに、エルフは笑いながら事切れた。
お読みいただきありがとうございます!
興味がありましたら、昨日完結した中編ハイファンタジーもあります。
おまえが私を殺すまで
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