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文寧子

 文寧子と申します、と男は光の入らないようにした薄暗い部屋の中で唇の両端を持ち上げた。伸びた髪の毛はあの花飾りでまとめられていた。

 沙豪は片眉を上げ、キエナは表情を変えず、桂舟はキエナの着物の裾を握った。

 「彼は李家で預かっている者です。陽の光に当たれないので、昼間は小屋の中にいます。」

 外に出たいだけだ、と文寧子は言った。今部屋の中に鎮座している彼は悲痛な声で叫んだのだった。

 「彼にも桂舟の卵と似たような症状が出る、と私には思えるのですが。」

 口を開いたのはキエナだった。

 「医者の娘で播沙豪の妻、キエナでございます。この子、桂舟の症状は私がよく知っています。卵を食べると発疹、発熱がありますが、文寧子様は陽の光に当たると発疹と発熱が有るのですか?」

 「はい、体中が腫れて、痒くなります。発熱もします。」

 キエナは考え込んだ。

 「あくまで桂舟の場合は、ですが…卵を悪いものだと体が過剰に思い込み過ぎているのではと父と私は考えています。卵を避けて生きることは可能ですので、万が一のときの対処療法としての薬を探しているところです。」

 陽の光を避けて生きることも可能だ。事実文寧子は生きている、だが、あまりに制約が多い。それに思い当たったのか、広いつばの帽子を見てキエナは悲しそうに眉を下げた。

 「もし桂舟様と同じことが私の体に起こっているとしたら、これは病でしょうか?」

 文寧子はそんなキエナに向かって穏やかに尋ねた。

 「ええ、病です。」

 彼の表情は忘れられようもない。文寧子はしばらく放心してから慧真の方を向き、本当の笑顔を見せた。歯を見せ、細めた目尻に涙をためて、文寧子は笑った。

 「貴方の言う通りでした。仙女の呪など、ありませんね。」

 「文寧子、」

 「愚行をお許しください、慧真様。」

 彼は慧真に向かって頭を下げた。白い花の髪飾りがしゃらん、と揺れた。


 「あんたも呪などと言われたのか。」

 沙豪の言葉に文寧子は頷いた。

 「忌み子と呼ばれておりました。」

 友人は慧真を睨みつけた。

 「お前、鵜呑みにしたのか。」

 「信じてはいませんでした。ですが、母の言う通り知らぬ存ぜぬをしたのだから忌み子と呼んでいた者達とそう変わらないですね。」

 あなた、とキエナは咎めるように沙豪を呼んだ。

 「ご家庭の事情はそれぞれですよ。あなただって嫌われると承知で私をご両親と共に生活させたでしょうに。」

 ぐぬぬと声にならない声を出して沙豪は黙り込む。

 「慧真様は私に名前をくれました。」

 文寧子の声は歌うようである。彼を見るたびに私は胸が押し潰させるように痛んで、どうしようもない。病であるなら、病だと知っていれば彼は男と同衾せずに済んだ。もっと早く沙豪と、キエナと引き合わせておけば、桂舟の症状を聞き及んでおけば。

 「夜に話し相手になってくださいました。」

 慧真が仙女の呪など無いとはっきり文寧子に伝えていれば、陽の光など無くても毎夜会いに行くと言っていたら。

 「陽の光に当たった後に手当てもしてくれました。」

 忌み子などいないと父母に強く言えていたら、彼を世間と繋げていたら。

 「かいかいの時、誰か居てくれると嬉しいよね。」

 子供の声に文寧子は優しい声色で答える。

 「ええ、とても嬉しかったです。」

 幸福の花言葉を持つ髪飾りを送った。彼の幸福はどこにあるのだろうと思った。文寧子を殴りつけた自分は許されるのだろうか。あのとき、文寧子が幾人かの男と寝たという事実が許せなかっただけではなかったか。

 「文寧子様、慧真様、一度父の薬場にお越し願えませんか。陽の光の克服は難しいかもしれませんが、対処療法として塗り薬があります。もし陽に触れてしまったときにお役に立てるかと。」

 文寧子は縋るように私を見た。

 「あ、ええ、もちろん。先生のご都合がよろしければ2人でお伺いします。」

 慧真は上の空で返事をした。

 夜の月の下で佇む彼だけしか知らなかった。体を売っているところなど、想像もしなかった。だから怒りを覚えたのか?なぜ?答えはもう目の前に迫ってきている。

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