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書籍化記念SS◆新たな命・前編

 クロード様と共に、国王、王妃として即位してから約三ヶ月。私の日常はまだまだ息をつく間もないほどに忙しかった。

 公務に明け暮れる中、ある朝私は自分の体調にかすかな異変を感じた。

 朝食のお気に入りのメニューを、なぜだか突然美味しく感じられなくなった。

 そればかりか、数日後にはやけにムカムカして、ほとんど何も喉を通らなくなった。


(困ったわね……。この忙しい時に、風邪でも引いちゃったのかしら……)


 そんな風に考えながら、それでも次から次へと持ってこられる書類に目を通していると、ついにミハが「エリッサ様、診ていただきましょう」と言って侍医を連れてきた。


 結果──。


「おめでとうございます、王妃陛下。ご懐妊でございます」


 恭しくそう言ったベテラン侍医の顔を、私は思わずポカンと口を開けて見つめたのだった。ミハは私のそばで拳を握り合わせ、唇を噛み締めて天を仰ぎ、プルプルと震えていた。




「──エリッサ!!」


 その夜。公務を終え寝室に飛び込んできたクロード様の勢いに、私は驚いて硬直した。こんなに大きな声で名前を呼ばれたことはない。ベッドの上で書類を読んでいた私のそばにズカズカと歩み寄ってきた彼は、体を半分ベッドに乗り出し私の手から書類を取り上げた。


「あ……」


 クロード様はサイドテーブルの上にそれを投げ捨てるように置くと、ベッドに乗り上げ再び私のそばに寄ってくる。お顔が近い……。


「ミハから聞いた。医師に診てもらったそうだな。詳しいことはお前から聞けと。……一体どうした。どこが悪い」

「あ、いえ、クロードさ……」

「なぜ書類など読んでいるんだ。こんな時ぐらいゆっくり休まなければ駄目じゃないか。誰しも体調を崩す時はある。決して無理はするな」

「いえ、私は……」


 クロード様の目は至って真剣で、その気迫に圧されてなかなか口を挟めない。彼は私の髪をそっと撫で、額に口づけた。


「……お前は頑張り過ぎだ。今日はもういいから、横になれ。そうやって起き上がっていてはますます具合が悪くなる」

「ク、クロードさま……」


 問答無用で私の体を横たえブランケットをかけてくるクロード様の手を、私はしっかりと握った。そして彼の目を見つめて打ち明けた。


「違いますわ、クロード様。……私、妊娠したのです。お腹に、あなたの赤ん坊が」

「そ……、……え?」


 途端に目を丸くするクロード様。……今日の彼はいろいろな表情を見せてくれる。いつもの威厳と迫力に満ちた彼と同一人物とは思えないほどあどけなく見えるその顔に、思わずくすりと笑ってしまう。


「…………本当か」


 長い沈黙の後、クロード様は絞り出すように囁いた。


「ふふ。はい」

「……」

「楽しみですわね、私たちの初めての赤ん坊。無事あなたに可愛い我が子の顔を見せてあげられるよう、頑張りますわ」

「…………エリッサ」


 ジッと私を見つめていたクロード様は、やがて両手を広げ私を胸の中にいざなった。


「……ありがとう」


 噛みしめるようなその一言は、彼の喜びの全てを私に伝えてくれた。




 その日から、クロード様の過保護な日々が始まった。

 つわりがひどくなりものがほとんど食べられなくなった私を大袈裟なほどに心配する彼は、いつもの落ち着いた佇まいもどこへやら、公務の合間に何度も私の部屋を訪れては私の顔色を確認し、何かと声をかけてくれる。


「エリッサ、具合はどうだ?」

「あ、お疲れ様です、クロード様。変わりありませんわ。こうしてゆっくり過ごさせていただいておりますし。あの……、私に確認できる書類だけでも回していただけませんか? クロード様のご負担が……」

「馬鹿を言うな。出産するまで可能な限り公務は控え、静かに過ごさなければ。精神的な負担で体調を崩したらどうする。書類は私が確認するからいい。それよりも……」


 そういうとクロード様は、ベッドに座っている私のそばへと足早にやって来て、従者から受け取った大きな籠を私の前に差し出した。


「……どうだ? エリッサ。この中に口にできそうなものはあるか? 先週お前が『冷たい果物が美味しくて珍しく食べられた』と言っていただろう。周辺諸国との取引で得た苗や種を使い栽培した、各国特産の新鮮な果物だ。どれか好きそうなものはあるか?」

「……す、すごい量ですね」


 籠の中には様々な種類の果物たちがどっさりと入っていた。甘酸っぱい香りが漂い、正直少し胸焼けがする……。けれど、こんなにも一生懸命私を気遣ってくださるクロード様の好意を無下にできない。

 私は色とりどりの果物たちを、一つずつ手に取り、おそるおそる匂いを嗅いでみた。

 するとその中に一種類だけ、とても美味しそうだと感じる匂いがあった。


「……これ、いい香りですね。これなら食べられそうです」


 私がそう言うと、クロード様が瞳を輝かせる。……こんなに嬉しそうな顔をなさるなんて。彼が連れてきた従者も、控えている侍女たちも、そんなクロード様を凝視し、固まっている。


「そうか。良かった。これはラヤド王国で品種改良された果物だそうだ。お前の口に合いそうなものがあって、本当に良かった……」


 クロード様は心底嬉しそうにそう言い、私の頭を優しく撫でた。

 翌日から、その果物が様々な形になり食卓に上がった。ジュースや凍らせてすりおろしたもの、ゼリーや温かいコンポート……。

 夜になると、クロード様はベッドの上で私に腕枕をし、まださほど目立ってもいない私のお腹の膨らみに手を添える。そして優しい声で語りかけるのだ。


「母上は今日また、好物の果物で作ったゼリーを食べていたぞ。……お前も好きになるかもしれんな」


 昼間の威厳ある国王としての姿と、二人きりで過ごす時の、夫として、父親としての甘く優しい姿。

 そのギャップがたまらなく愛おしくて、私は毎夜ベッドの上で幸せを噛みしめるのだった。




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