7. 噛みついてくるキャロル
翌朝。このハートネル侯爵邸での朝食もしばらくは食べ納めね、などと思いながら、私は早朝の食事を一人優雅に楽しんでいた。これが済めば即刻屋敷を出るつもりでいた。父や母にこれ以上しつこく食い下がられたら面倒だ。
すると、私がパンを手に取ったタイミングで、突然キャロルが食堂に飛び込んできた。
「お姉様!!」
「……あら、キャロル。あなたいたのね。おはよう」
昨日は姿を見なかったから、てっきり王城にいるものだと思っていたけれど。
キャロルは普段は丸い目をキッと吊り上げて、私のそばへとやって来る。……社交の場では決して見せない表情だ。キャロルはこのたおやかな外見と愛らしい仕草で、社交界の男性たちを虜にしていた。まさかフルヴィオ陛下まで虜になるとは思っていなかったが。
「……お食事中でしたのね」
「ええ、そうよ。あなたもいかが? こうして顔を合わせることも、しばらくはなくなるわ」
「そうさせていただくわ!」
何がそんなに気に入らないのか、キャロルはやけにカリカリした雰囲気で私の向かいの席にドスッと腰を下ろした。とても王妃になる女性のふるまいではない。給仕たちが慌てて動き出す。
黙々とスープを口に運ぶ私を睨みつけていたキャロルが、外では決して出さない低い声で言う。
「……お父様たちから聞いたわ。また外国に行くんですって?」
「ええ、そうよ。まずは西のセザリア王国へ行こうと思うの。今回帰国する直前まで滞在していたのよ。お会いするお約束をしていた方もいるし、あちらの国はお料理がとても素敵なの。海に面しているから、新鮮な海鮮料理が美味しいわ。その後は、そうね……東のリウエ王国にも行きたいわ。芸術の国よ。街並みや建物がとても美しいの。素敵な美術館もたくさんあるし、道行く人々もオシャレだわ。それから、外せないのは南側のイティア王国ね。かの国は民に革新的な教育を……」
「あなたの遊びの話なんかどうでもいいわ!!」
突如、キャロルが大きな声で叫び、両手でテーブルを強く叩いた。カトラリーがガチャン! と不快な音を立て、料理を出そうとしていた給仕がビクッと肩を震わせた。
「……まぁ、キャロル。はしたないわ。お父様たちがいらっしゃったら叱られるわよ。もうすぐこの王国の王妃様になられるのですもの。そんな風に感情を表に出すのは控えなくてはね。きっとこれから王城で受ける教育で、嫌というほど言われると思うけれど」
「お姉様は、あたしのことが全然心配じゃないわけ!?」
「……は?」
キャロルはまるで宿敵にでも会ったかのような目で私を睨みつけながら、唇を噛み締めている。
「お父様たちからも止められたんじゃないの!? なんでわざわざ今ここを離れるわけ!? あたしはねぇ、王家に嫁ぐのよ!? 王妃になるの!!」
「知ってるわ。今そう言ったじゃない」
「なんでそんな時に、わざわざ外国へ遊びに行くわけ!? お姉様はあたしをそばで支えるべきでしょう!? あたしは何も特別な教育を受けてきていないのよ!? 心細いだろうとか、考えないわけ!? 分からないことだらけだろうから、一緒に王城に上がって、あたしが慣れるまで姉としてこれまで学んできたことをそばで逐一教えてあげなきゃとか、そういう発想にならないの!? 冷たすぎるわ! おかしい! 異常よ! 普通じゃないわ!!」
(……朝食食べないで出ればよかった……)
まさか旅立ち前の最後の食事を、こんな金切り声の中でとることになるとは。
私は静かにため息をつく。昨日両親と話したことを、また妹にする羽目になってしまった。面倒くさい。
「……なぜ私がそんな都合の良い教育係をしなくてはならないの? キャロル。あなたも聞いていたでしょう。他ならぬ陛下が、私を必要ないと仰ったの。それなのに、なぜ私があなたに付き添って王城へ……? 冗談はよして。私には私の人生があるわ。王家に嫁ぐ必要がなくなったのだから、私は新しい自分の生き方を模索します。あなたはあなたで、自分の立場に相応しい知識を身につけるために励みなさい。そんなに心配しなくても、王城にはたくさんの教育係がいて、あなたを立派な王妃にするために全員が全力を尽くしてくださるはずよ」
「なんでお姉様はその中の一人になろうとしないの!! 冷たいわ!!」
「私は教育係じゃないわ」
「王妃の姉なのよ!? その責任を果たそうとは思わないわけ!?」
「責任を果たさなくてはならないのは、あなたよ」
「な……何ですって!?」
私はついにカトラリーを置き、真正面からキャロルを見つめた。