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最終話. あなたの隣に

「……三割方、合っているな」

「……え?」


 口角を少し上げ、柔らかい眼差しで私を見つめながらそう答えるクロード様のことを見つめる。


「何年も前、先々代国王存命の頃から、父にはひそかに念を押されていた。フルヴィオは国王の器では無い。即位後、いくらあの優秀な令嬢が妃となり支えたとて、その治世は長くは続かんだろう、と。その先を見据え、動いてきたことは事実だ。だから……あの男が愚かにもお前を手放したと知った時、真っ先に会いに行った。評判通りの優秀な令嬢であるならば、我が妻として迎えるべきだと。そう考えていたその時は、たしかにお前への特別な感情などほとんどなかった」

「……」


 当然のことを伝えられただけなのに、どうしてこんなに胸の奥が痛むのだろう。私だって、この方にお会いする前は特別な感情など一切なかった。むしろ、王家から解放されこれから自由に国外で学べると、意気揚々としていた出鼻をくじかれたことを鬱陶しくさえ思っていたはずなのに。

 この方に恋焦がれ、胸を満たし溢れるほどの愛おしさを知った今では、その答えがとても切ない。勝手なものだ。

 静かに目を伏せた私に、クロード様はこう続けた。


「……だが、私は先々代国王陛下の葬儀の席で、お前の姿を見かけていた。あの日、フルヴィオと妹から無体な扱いを受けたお前は、それでも毅然とした態度を崩さず両親の隣に着座し、動揺を押し殺しながら葬儀に臨んでいた。その凛とした美しい佇まいと芯の強さに感心し、印象に残っていた」


 ……やはりあの日クロード様も列席し、近くにいらっしゃったのか。あの時はさすがに混乱し、頭がいっぱいだったから、周りの人々にまで目がいかなかった。


「ハートネル侯爵邸でお前と会い、初めてゆっくりと話をした。私はお前の人となりを知り、その考え方や生き方に、意志の強さに、そして時折見せる可愛らしい表情に、あっという間に心を奪われた。……求婚した時、すでに私の気持ちは損得勘定だけではなかった。あの時お前に言った言葉は、全て本当だ」

「……っ、」


 沈んだ心がふわりと宙に浮くような感覚がした。

 その時、衛兵がおそるおそるクロード様に声をかけた。


「……陛下、お時間にございます」

「待て」


 声をかけてきた衛兵を一言で制し、クロード様は私に向き直る。そして優しく私の手を取った。


「忘れたのか、エリッサ。私がこれまでどれほどお前に愛を囁いてきたか。どれほど真剣に、夜毎お前にこの情熱を注いできたかを。……これまでのその全てが、偽りであったと? そんなはずがないだろう」

「……クロード様……」

「お前でなければ駄目だ。たとえ他にどれほど優秀な令嬢がいたとしても、関係ない。私は心の底から、エリッサ、お前に惚れている。片時も目を離したくないほどにな」


 彼の言葉の一つ一つが私の心に、肌に、じんわりと温かく溶けていく。めまいがするほどの愛おしさと歓喜に、視界が滲む。……この方は本当に、私を喜ばせるのがお上手だ。望む言葉を見透かされたようで気恥ずかしく、けれどそれ以上の幸福感が、私の顔を綻ばせた。

 クロード様は私の手を持ち上げ、指先にそっとキスをした。


「行こう、エリッサ。お前は生涯、この私の隣に」

「……はい、クロード様。ありがとうございます。お支えしてまいります。この命が尽きるその瞬間まで、ずっと」


 そう答えた時、堪えていた涙が一粒、私の頬を流れた。

 離れたところに控えていたミハが慌てて飛んできて、私の頬をハンカチでそっと押さえた。


 扉が開かれ、クロード様と共に進んでいく。荘厳な空気の中を一歩ずつ歩きながら、私はほんの一瞬、壁際の騎士の一人を視界にとらえた。アルヴィン・ランカスター伯爵令息は、自信に満ちた誇らしげな表情で、直立不動の姿勢をとっている。彼を呼び戻してあげることができて本当に良かった。これからは心置きなくその腕を振るい、任務を全うしてほしい。

 王国中の貴族と、近隣諸国の重鎮らが見守る中、戴冠の儀はつつがなく行われた。

 クロード様と私の頭に冠が載せられた瞬間、大聖堂に割れんばかりの拍手と歓声が鳴り響いた。




  ◇ ◇ ◇




 あれから、約二年の月日が経った。

 議会の満場一致で決定した新国王、クロード様。

 その統治者としての手腕は見事なもので、瓦解直前まで傾いていたこのサリーヴ王国の経済情勢、政治体制、治安、周辺諸国との信頼関係を見事に立て直しつつあった。

 ラヤド王国との関係も良好で、私たちが設立したセルウィン公爵領の学園との交換留学が始まったのはもちろんのこと、新たな友好条約も締結し、ますます強固な繋がりができた。

 セルウィン公爵領の運営は、前公爵の後見の元、公爵家血筋の有能な人物に引き継ぎ、順調に行われている。

 また、領内の複数の学園は、信頼できる人たちを責任者として雇い運営を続けているが、前公爵夫人のレミラ様も率先して携わってくださっている。お仕事って楽しいわね、と言いながら、彼女が目を輝かせて定期報告に来てくださる時間は、私の楽しみでもあった。

 私はこれまで培ってきた人脈と知識を生かし、王妃としての公務に日々励んでいる。貴族も平民も、全ての民たちが安心して暮らせる平和な王国を。クロード様の掲げるその理想は、私の願いそのものでもあった。


 そんな私は、今日ミハと共に、セルウィン公爵領内の孤児院を訪れていた。ここも私が公爵夫人となった後に建設した、設備の整った新しい施設だ。


「いつもお越しいただきありがとうございます、王妃陛下」


 恭しく出迎えてくれた院長と挨拶を交わし、私はお昼寝中だという()の元へ案内してもらう。

 ベッドの上ですやすやと寝息を立てているその子のそばに近づき、そっと顔を覗き込む。私の胸に、安堵と、痛みにも似た切なさが湧く。


「……元気そうね」


 起こさないようごく小さな声でそう言うと、院長も同じトーンで返事をする。


「はい、とても。毎日元気に歩き回っていますわ。よく笑う、可愛い子です」

「そう……。もう二歳だものね」


 小麦色の肌の坊やは、行き届いた世話をされていることが分かる健康的な体型をし、穏やかな表情で眠っている。私はその深い紫色の綺麗な髪を少し撫でた。


(……大きくなってね。元気に、たくましく生きるのよ。また会いに来るわ)


 院長をはじめ、ここの職員の誰も、この子の出生の秘密を知らない。セルウィン公爵邸の前に捨てられていた子だといって、私が自らここへと連れてきた。その日から、私は時折この孤児院へ足を運んでいる。もちろん他の孤児院や救護院、修道院などへの慰問も欠かさないが、ここは、この子にはやはり、特別な思いがある。

 その後他の子どもたちと触れ合い、持参した寄贈品を院長に渡すと、私は孤児院を後にした。


「体調は大丈夫でございますか、エリッサ様」


 馬車が動き出すやいなや、ミハがそう声をかけてくる。


「ええ、平気よ。でも可愛い子どもたちと遊んだら、早く会いたくなっちゃった」


 私の言葉に、ミハが柔らかく微笑む。


「ネイト王子殿下も、もうお昼寝からお目覚めでしょうね」

「そうね」


 もうすぐ一歳の誕生日を迎える可愛い我が子の顔を思い浮かべ、私の顔も自然と綻ぶ。


「すでにいくつもの貴族家から、お祝いの品々が届きはじめております。誕生日の祝賀パーティーは盛大なものになりそうですね」

「ふふ。クロード様も心なしかそわそわしているの。きっと楽しみなんでしょうね」


 そう答えながら、私の脳裏に愛する人の顔が浮かぶ。

 ふいに湧き上がる愛おしさに胸を震わせる私を乗せ、馬車はゆっくりと王城への道を辿った──────





     ◆◆◆ end ◆◆◆

  








 最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。


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