68. それぞれの罰
王妃キャロルの死から、数週間後────
「……終わりました。完璧でございます。どうぞ、姿見の前へ」
ミハに促され、ゆっくりと立ち上がる。身支度をしてくれていた他の五人の侍女たちが、そっと離れる。私はミハに手を引かれ、姿見の前へと移動した。
「……」
「いかがでございますか?」
「……ええ……。いいわね」
金糸の刺繍が施された純白のドレスをまとう、自分の姿。それを半ば呆然と見つめている私に、ミハがため息混じりに言う。
「また心ここにあらず、になっておられますよ。もうすぐ戴冠式が始まります。しっかりなさってくださいませ、王妃陛下」
「……ごめんなさいね。つい……。でも大丈夫よ。この数週間で心構えはしっかりできているから」
「それはもちろん、疑っておりませんが。王妃陛下にしては珍しく、動揺が続いておりますね。無理もございませんが」
「……公の場以外では、名前で呼んでちょうだいよ」
そう言って私が振り返ると、ミハは目を伏せ同意を示した。
「承知いたしました、エリッサ様」
キャロルの出産の日。産気づいたとの知らせが来て以来ずっとそわそわしていた私は、その夜訪れた使者の言葉に従い、クロード様と共にすぐさま王城の離れへと向かった。
そこで私たちは、セルウィン前公爵より全ての真実を告げられる。長年確執のあった相手とはいえ、私にとってはそれでも実の妹。その死の衝撃は大きかった。
ずっと隣で肩を抱いてくださっていたクロード様の存在だけが、私の支えだった。
そして私たちは、その子を託された。
王妃の遺体はその場にいた者たち以外の誰の目にも触れぬまま処理され、後日、セルウィン前公爵はフルヴィオ陛下に、キャロルの身に起こったことと、彼の処遇を伝えた。
「王妃は身罷られ、御子は死産であった。そして、国王フルヴィオよ、そなたには王の座を降りてもらう」
「……へ……、へ……っ?」
キャロルの出産の日から私室に軟禁されたまま、何一つ理解していなかったフルヴィオ陛下は、その決定を聞かされた時もポカンと口を開け、前公爵を見つめていたという。
彼は最初から最後まで、何一つ理解しないままの国王だったのだ。
お前を玉座から引きずり降ろそうと、貴族と民たちが一致団結し、クーデターの準備を整えつつある。その命が惜しければ、これ以上王国を混乱させる前に大人しく引く他ないとの前公爵の言葉に、フルヴィオ陛下は青白い顔で涙をボロボロとこぼしながら、頷いたという。
彼は今、王城の端にある大塔に幽閉されている。おそらくはその塔の中で、残り短い生涯を終えることになるのだろう。
また、フルヴィオ陛下の実母であるショーナ様は、陛下に下った処罰を知り、離宮にて一人静かに毒杯を仰いだという。その覚悟と潔さはいかにもショーナ様らしかったけれど、彼女の死の知らせは私の胸を深く抉った。
さらに、私とキャロルの実家であるハートネル侯爵家には、降爵の処分が下った。キャロルの在位中の傍若無人なふるまいや、国庫の金にまで手を付けていた常軌を逸した浪費に対する弁済として、私財のほとんどを失った。今は男爵を名乗り、王国の端にある小さな領地に追いやられている。もう王都へ出てくることもないだろう。
「お時間にございます」
知らせに来た侍女の言葉で、私は王妃の私室を出、クロード様の元へと向かう。扉から外へ出る時に一度振り返り、部屋を見渡した。ここはつい先日まで、キャロルの使っていた部屋なのだ。今日からは私の部屋となる。……胸の内を掠める、言いようのない欠落感と切なさ。それを振り払い、私は前を向き歩きはじめた。
大聖堂の扉の前では、クロード様が待っていた。一歩ずつ歩みを進め近付く私を、片時も目を逸らさずに見つめている。私と同じ純白の衣装に緋色のマントを羽織ったその姿は、まさしく国王の貫禄だった。
静かに目の前に立った私は、しばし彼と見つめ合う。この日を迎えると決まった時からずっと心の中にあった疑問を、私は口にした。
「……クロード様。あなたは分かっておられたのですね。フルヴィオ様がキャロルを選び、私との婚約を破棄した時、……いえ、おそらくはそれよりもずっと以前から。あなたはフルヴィオ様が失脚し、ご自分が王の座に就かれることを見通しておられた。……私に縁談を申し込まれたのは、そのためだったのですか?」
「……」
「私ならば、王となるご自分の妃に相応しいと。だからあなたは、すぐに私との婚約をお決めになった。……そうなのですね」
それを聞いて何になるというのだろう。
愛や恋ではなかったからといって何なのか。むしろ、それが当然のこと。国王となる人物は、冷静で理知的な判断力が備わっていてこそ、その座を全うできるのだから。頼もしい王ではないか。この方の統治の元、これからサリーヴ王国はまた、以前の栄華と安寧を取り戻していくのだろう。
私だって、最初はそう思っていたはずだ。浮かれてはいけない。この方が求めているのは、そんな妻ではないのだから、と。期待を裏切らないようしっかりしなくては。そう自分を律していたはず。
私はこの方をおそばで支え、共に王国の平和な未来を築き上げていく努力を続けるだけ。それが私に課せられた使命なのだから。
静かに私を見つめていたクロード様が、ゆっくりと口を開いた。