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54. フルヴィオの後悔

 謁見の日。私はミハを伴い久方ぶりに登城した。

 通された謁見室に現れたフルヴィオ陛下の姿を見て、私は一瞬声を失った。

 お会いするのはあの結婚式の日以来だ。彼は驚くほど窶れ、目の下は真っ黒だった。頬はこけ、肌艶も悪い。あれほど艶やかに手入れされていた美しい金髪も、すっかりくすんでしまっている。元々繊細な美男子という雰囲気だったフルヴィオ陛下は、今やまるで枯れ木のように生気がなく、一層か細くなっておられた。


「……エリッサ……」


 私の名を呼ぶ声も震えていた。


(私はもう既婚者なのだから、気安く以前の呼び方をするのは止めていただきたいわ。セルウィン公爵夫人と呼んでほしいのだけど。どうやらそんなことに配慮する心の余裕はなさそうね……)


「ご無沙汰しております、陛下」


 ゆっくりとカーテシーをすると、陛下は同行していた護衛たちに「外してくれ」と言い、彼らは今入ってきたばかりの謁見室から出ていった。

 テーブルを挟んで陛下と向かい合って座ると、その後すぐにお茶を出してくれた侍従もそそくさと出ていき、部屋の中には陛下と私、そして私の後ろで静かに控えているミハの三人だけになる。

 先に口を開くわけにもいかないので、そのまま黙って座っていると、フルヴィオ陛下はおもむろに片手で顔を覆い、がっくりとうなだれ大きく息をついた。


「……もう何もかもめちゃくちゃだ……」

「……お疲れでございますね」


 その表情は見えないが、泣いているのではないかと思うほどか細い声でそう吐き出した陛下に、一応気遣う言葉をかけてみる。

 陛下は顔を覆っていた手を下ろし、ゆっくりと私の方を見る。……目が真っ赤だ。本当に泣いていた。


「……すまない。君に会えた安心感で、気持ちが緩んだ。エリッサ、謝罪させてほしい。俺は間違っていた。俺は何があっても、君を手放すべきじゃなかったんだ」


 縋るような目でそう言う陛下の目に、じわじわと涙が溜まっていく。今さら何を言い出すのかこの男は。一国の王ともあろう方が、情けない。見苦しくて見ていられない。

 私は静かに目を伏せ、淡々と告げる。


「どうぞ過ぎたことはお気になさらず。先んじて書簡をお出ししました通り、ラヤド王国の国王陛下が、我がセルウィン公爵領に新たに設立を進めております学園の制度にご興味を示され、畏れ多いお申し出をいただきました。その件についてご相談させていただきたく、馳せ参じた次第にございます」

「……キャロルはもう駄目だ。あれはもう我が儘なんて言葉では片付けられない。妊娠して以来ますます暴走している」


 ……話聞いてますか?

 聞こえなかったのかと思うほどに私の口上を完全に無視し、陛下はまた顔を覆って語りはじめた。


「侍女や使用人たちの仕事ぶりが少しでも気に食わないとひどい暴力を振るい、もう何人も心身の不調を訴え辞めていった。大臣たちの進言も聞かず、俺が厳しく止めても勝手に異国の商人たちなどを招き入れ、物珍しい装飾品を山ほど買い漁る。癇癪は日に日にひどくなり、もう手がつけられない。医師が言うには妊娠の影響もあるようだが……。だから今は、彼女を私室に軟禁している状態だ。もう誰とも会わせられない」


(……王妃陛下が心身共に非常に繊細な状態にあるというのは、ただの言い訳か。やっぱりクロード様に会いたくなくてあんな書簡を寄越したわけね)


「さようでございますか。お元気なようで、何よりです。今はともかくお心健やかにお過ごしいただき、御子を無事にご出産なさいますことを第一に考えませんと。……ただ、周囲の者への乱暴な態度は、さすがに看過できませんわね。それに関しては、陛下が厳しく糾弾なさるべきかと」


 生意気な進言かとは思ったが、キャロルの世話をする者たちがあまりにも不憫だ。陛下は私の言葉が聞こえているのかいないのか、頷くこともなく語り続ける。


「彼女が王妃に即位してすぐに、同じ学園の騎士科に通っていた男を自分の専属の護衛にしてほしいと言ってきたんだ。学園で何度もその剣術を目にし、信頼している人間だからと。……だが、その者は異動後すぐに退職してしまった。そこからキャロルは荒れに荒れ……。俺にしつこく無茶な要求をするようになった。辞めた騎士を王命で呼び戻せ、言うことを聞かないなら奴の家の領地を没収しろ、家族を処刑しろ、などと……馬鹿げている。そんなことができるはずがない」

「……もちろんでございますわ。何の罪もない方を相手にそのような暴挙に出れば、瞬く間に国内の貴族たちの不信感と不満が爆発し、クーデターが起こるやもしれませんわね」

「……っ、」


 アルヴィン様に執着し、まさかそんな横暴なことを言っていたとは。到底許せることじゃない。

 私の言葉を聞いたフルヴィオ陛下は、愕然とした表情でぶるりと身を震わせた。


「それで陛下、本題に移らせていただきますが、本日お時間を頂戴しましたのは、ラヤド王国の件でございます」

「……ラヤド王国……?」


 まるで今初めて聞いたといわんばかりに、陛下は眉間に皺を寄せ首を傾げた。


 





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