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51. 水を得た魚

 晴れてセルウィン公爵夫人となった私は、ハートネルの屋敷からセルウィン公爵領内の屋敷に、自分の荷物を全て移した。クロード様はミハを連れて来ることを「もちろん構わない」と、快く許可してくださった。


「……エリッサ。本当にいいのか。無理をする必要はない。婚約した当初伝えたように、君を今すぐこの地に縛り付けようと思っているわけじゃないんだ。まだ周辺諸国の視察に行きたいんじゃないのか」


 朝食の席で、クロード様は私を気遣いそう言ってくださった。けれど私は静かに首を振る。


「もう充分でございます、クロード様。学園を卒業してからこれまで、随分自由にさせていただきましたもの。ためになりそうな人脈も充分に作れましたし。クロード様が許可してくださったのですから、ここで領地改革というか、新たな事業などを提案し、セルウィン公爵領の発展に貢献したいのです。やってみたいことがいくつかございますの。事業計画書を作ったら、見ていただけますか?」


 私がそう言うと、クロード様はフッと優しい笑みを漏らした。その表情がとても素敵で、心臓がトクンと音を立てる。


「ああ。ぜひ見てみたい。ありがとう、エリッサ。……君がそう言ってくれたからこそ打ち明けるが……」

 

 そう言うとクロード様は、私の目を覗き込むようにジッと見つめて言った。


「君がここに留まってくれるのは嬉しい。離れている間、君が恋しくてたまらなかった」

「────っ!」


 その真っ直ぐな言葉と熱を孕んだ視線に、私の体温は一気に上がる。まるで私の返事を待つかのようなクロード様の視線に耐えきれず、私は真っ赤になった顔を両手で覆って呟いた。


「……それ以上見ないでくださいませ」


 熱くなった耳に、クロード様の低い声が聞こえた。


「本当に可愛いな君は。朝から私をこんな気分にさせるとは。困った人だ」




 私は水を得た魚だった。これまで様々な国を回って得た知識や発見した様々なことを役立てたくて、次から次へとアイデアが湧いてくる。

 広大なセルウィン公爵領には、私の希望を叶えられる土地がたくさんあった。

 近隣のいくつかの国々から雇い入れたシェフたちの力を借り、領内の大きな街に多国籍料理のレストランをオープンしたり、リウエ王国との交易で仕入れた衣装や小物を専門に販売するブティックも作った。そして茶会を開いてはそれらを富裕層に宣伝し、売り上げを順調に伸ばしていった。

 また、遊ばせてあった大きな土地には、世界各地の美術品を展示する大きな美術館を設立することにした。これをきっかけに他領から富裕層が集まればまた経済も潤い、ますます公爵領は活性化するだろう。

 他にも、孤児院、救護院などへの手当を厚くし、積極的にバザーを開催した。発展途上国への支援も新たに始めた。セルウィン公爵領の良い評判は王国内に広まっているようで、私の周りには領地経営の教えを乞う貴族たちが頻繁に出入りするようになった。


 さらに、私は公爵領内に新たな学園の設立を計画していた。これまでの外交で得た知識や、他国の学園経営者らとの交流を元に、交換留学を積極的に行う学園を作ろうと思ったのだ。以前お世話に携わった西のランカスター伯爵家と、セザリア王国のカーデン伯爵家の留学や交易が上手くいったのをきっかけに、近隣諸国とのより友好的な関係のきっかけを作ったり、若い世代の国際交流の後押しができればと考えたのだ。

 ランカスター伯爵家のオリアナ嬢とは、あれからも頻繁に連絡を取り合って状況を確認しているし、セザリア王国を訪問するたび、できる限り頻繁にカーデン伯爵家を訪れては後見のお礼と、問題がないかの確認をしていた。


 そうやって私は毎日朝から晩まで精力的に働き、その一方で、公爵夫人として家政についても学ぶ充実した日々を送っていた。クロード様からもミハからも、働きすぎだと小言を言われたりするのだけれど、楽しいものだからつい張り切りすぎてしまう。

 一方で、耳に届く王家の評判はますます悪くなるばかりだった。キャロルが妊娠したらしいことは社交界全体に知れ渡っていたが、茶会の席で貴婦人たちが口にするのは彼らに対する不安と不満ばかりだった。


「あのお二人の間に生まれる御子は、どうなのでしょうか。その、能力的には……」

「後継がいないのも厄介ですが、男児であられたとしても……。どこの家が我が娘を婚約者にと差し出すでしょう」

「王妃陛下は結局王妃教育をほとんど受けられぬまま、妊娠中の大事な時期だからといって王城で優雅にお過ごしだそうですわよ」

「セルウィン公爵夫人……。我が国はどうなってしまうのでしょうか。このままでは同盟諸国からも侮られますし、国力が弱っていると知れ渡り、万が一にも攻め込まれたりしたら……」


 皆の不安は手に取るように分かった。けれどあの人たちが国王夫妻である限り、私にはどうしようもない。頭の痛いことだ。


 そんな中、私は国内のいくつかの学園を視察し、経営者らから話を聞くためにと、ミハを連れ公爵領を離れることとなった。二週間ほどで戻りますと言うと、クロード様は私に過剰なほどの護衛たちをつけ、送り出してくれた。

 数ヶ所の領地を回り、やがて私は例のランカスター伯爵家にやって来た。伯爵夫妻も学園の経営をしている。いろいろと勉強させてもらいたかった。

 留学中のオリアナ嬢不在の中、伯爵夫妻は私を歓迎してくださった。


「お久しゅうございますわ、セルウィン公爵夫人! 公爵領から遠いこの領地にまでわざわざ、大変お疲れ様でございました」


 ランカスター伯爵夫人がそう言って、私を満面の笑みで出迎えてくれる。通された応接間で、私は伯爵夫妻との会話を楽しんだ。オリアナ嬢の順調な留学生活についても話を聞けて安心する。


「ご嫡男のアルヴィン様は、お元気でいらっしゃいますかしら。以前王城の庭園でお会いして、少し言葉を交わしたきりですわ。王妃陛下の専属護衛騎士に配属されていたようですが」


 目的の学園経営に関する内容をあらかた話し終えた後、私がそう話題を振ると、伯爵夫妻からふいに笑顔が消えた。二人は戸惑ったように顔を見合わせると、神妙な面持ちでこちらに向き直る。

 ランカスター伯爵がわずかに眉間に皺を寄せて言った。


「アルヴィンは数ヶ月前に、王国騎士団を辞めたのですよ」






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