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5. 殿下、私を解放していただきます。

(妹と私は、全てが正反対、か……)


 たしかにそうだわ。と、泣きじゃくる妹を抱きしめるフルヴィオ殿下を見つめながら思う。

 小柄で真っ白な肌。守ってあげたくなるような愛らしい仕草をする、真ん丸い目をしたピンクブロンドの巻き毛のキャロル。

 対してその妹より幾分背が高く、吊り上がった猫のような目をした、ストロベリーブロンドの長いストレートヘアを持つ私。

 私は妹のように、高貴な方の前で涙など見せられない。

 魅惑的な泣きぼくろもない。愛嬌もない。

 同じなのは、瞳の黄金色だけ。

 でも、じゃあその愛らしい外見と愛嬌さえあれば、この王国の誰より真剣に育んできた多方面の知識も、築きつつある確かな人脈も、血の滲むような努力も、何もいらないということなのか。

 そうか。

 心が静かに死んでいくような、そんな絶望感を覚えた。


「では、フルヴィオ殿下……。私はもう、あなた様に必要ないということですね」


 最後にもう一度だけ、私は殿下に念を押した。

 殿下はキャロルを支えたまま、キッと私を睨みつける。


「そう言っている。俺に必要なのはキャロルだ。今後は彼女に対し、そのような不敬な態度は控えろ、エリッサ。彼女は国母となる女性だ。君が虐げていい人ではない」

「う……っ、フ、フルヴィオさま……、あ、あたし……あたし……っ」

「ああ、大丈夫だ、キャロル。俺が君のそばにいる。君がいつも俺を支えてくれていたように。これからは二人、手を取り合ってこの王国の平和を見つめていこう」


(……見つめるだけじゃ、平和を保ち続けることはできないのですが。……もう、いいか。どうやら私にはもう、関係のないことらしいし)


 私はゆっくりと息を吸い、静かに立ち上がる。そして殿下を見据え、はっきりと宣言した。


「承知いたしました、フルヴィオ殿下。それではこれにて、私を解放していただきます。私は今後、殿下にも国政にも、一切口出しいたしません。ですから、殿下もどうぞ、私のことはご放念くださいませ」

「……ああ。だから、最初からそう言っている」


 なぜだか殿下は少し戸惑ったように視線を泳がせると、キャロルに手を添えたままそう答えた。

 この場にいる全員の気が変わらないうちに、そして自分の決意も揺らがぬうちにと、私はさらに言葉を重ねた。


「畏まりました。ではフルヴィオ殿下、キャロル。お二人の治世を、今後の王家の繁栄を、心よりお祈り申し上げます。これまで大変お世話になりました。どうぞお元気で」


 私はふわりと膝を折りカーテシーをすると、そのまま一人で先に謁見室を出たのだった。

 両親もフルヴィオ殿下も、私を止めることはなかった。




  ◇ ◇ ◇




 それから数日後、フルヴィオ殿下の国王即位と、キャロルとの結婚が正式に発表された。婚約期間ほぼゼロの、突然の結婚報告。式は来月末に執り行われるという。城の者たちは気も狂わんばかりの忙しさだろう。

 貴族学園の卒業試験に向けて勉強していた私は、ミハが紅茶を入れてくれたタイミングで休憩を取ることにした。


「一体あの二人は、いつからあんな仲になっていたのかしら……」


 ティーカップを手に、私は疑問に思っていたことをふと口にした。ミハが淡々とした表情で教えてくれる。


「キャロルお嬢様の口の軽い侍女たちが、楽しそうに話しているのを耳にしました。どうやらフルヴィオ殿下とキャロルお嬢様はここ一年ほど、エリッサお嬢様が不在の間二人きりで何度もお茶などをしていたようですよ。殿下がお招きになり、キャロルお嬢様が王城を訪れていたようです」

「一年も? ……そう。殿下は元々、キャロルに惹かれていたのでしょうね」

 

 婚約者が不在の隙に、その妹をわざわざ自分の元に呼び寄せて関係を深めてきたというわけか。両親もキャロルも、そんなこと私の前では一度も口にはしていなかった。家族ぐるみでわざと私に隠していたのだろう。可愛がっている下の娘を殿下が気に入って、両親はご満悦だったのだろうか。ものすごく嫌な気分だ。


「……エリッサお嬢様。お嬢様はこの三年間の学園生活のうち、おそらく延べ一年は休学していらっしゃいますよね」


 ミハが突然、そんなことを口にする。私は傍らに立つ彼女を見上げ、ええ、と返事をした。


「そうね。それくらいにはなると思うわ。……いえ、もっと長いかもしれないわね」

「そんなに出席日数が足りていなくても、試験に合格すれば卒業することができるのですか?」

「ええ、大丈夫よ。だって学園で学ぶ内容は全て頭に入っているもの。試験もきっと全教科満点近く取れると思うわ。それなのに、出席日数が少なかったからというだけの理由で留年させられてもね。学園発足以来、私ほど休んでいたのにここまで成績が良かった人がいないらしくて、私が前例を作った形になったわ。父から校長にも話してもらってる」


 フルヴィオ殿下に呼ばれキャロルを妃にすると宣言されたあの日以来、両親はどことなく私に遠慮がちだった。それも当然だろう。幼い頃から気が狂いそうなほどの厳しい教育を私に施しておきながら、その全てが無駄になるのをただ黙って見ていたのだから。多少私のために動いてくれてもバチは当たらないはずだ。


「お嬢様は国外にいらっしゃる間も、一切勉強に手を抜いておられませんでしたから……。本当によく頑張られました。卒業おめでとうございます」

「ふふふ。ありがとうミハ。でもまだ早いわ。試験も終わっていないのに」


 侍女の気の早い言葉に、思わず笑ってしまった。隣国で買ったフルーツ風味の美味しいクッキーを一口かじり、私はふうっと息をついた。


「卒業試験が終わったら、できる限り早く出国するわ。嫌な予感がするの。先日母から、姉として今後はキャロルをそばで支えてやってほしい、みたいなことを遠回しに言われたし」

「……ですがお嬢様、卒業パーティーはいかがされるのですか? デビュタントでございますよ」

「出ないわ。私が殿下から婚約破棄されて代わりにキャロルが結婚することは、光の速さで社交界に知れ渡っているもの。このタイミングでパーティーに行けばただの見せ物よ。余興代わりに使われるのはまっぴらよ」

「承知いたしました」


 淡々と答える私を、ミハは静かに受け入れてくれた。








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