44.激怒するキャロル
(困ったわね……。あの子自身が全く無教養なまま今日を迎えてしまっているから、誰もキャロルに興味を示さなかったわ)
ニ時間後。不貞腐れたキャロルが露骨にそれを態度に出して離席したのをきっかけに、茶会は終わった。キャロルの成長が一切見られず、高位貴族たちは皆彼女を相手にもしない。非常にマズい状況のままだ。私がいくらフォローしようとしても無駄だった。
(こうなったらとにかく、あの子のレベルを大至急上げるしかない……。一旦外遊は止めて、明日から王城に通い詰めるわ。陛下はちゃんとキャロルを叱咤しているのかしら。……いや、そもそも陛下ご自身はどうなの? 勉強してるのかしら? 公務は……?)
この王国の先行きが不安で、頭の中がいっぱいいっぱいだった。茶会の参加者たちと最後に挨拶を交わし、ミハを連れて馬車へと向かおうと、私は庭園を歩きはじめた。その時。
「失礼。ハートネル侯爵令嬢」
(……ん?)
柔らかく響く素敵な声で名を呼ばれ振り返ると、そこにはあのアルヴィン・ランカスター伯爵令息が立っていた。彼と同じ騎士の制服を着た者たちが庭園のいたるところに立っているから、きっと彼もここで見守っていたのだろう。
「ランカスター伯爵令息様、ごきげんよう」
私が挨拶をすると、彼は見惚れるほど綺麗な笑みを浮かべた。参加者たちはほとんどがすでにここを去り、だいぶ人気がなくなっている。私に声をかけるタイミングを待っていたのだろうか。
「こうして言葉を交わすのは、本当に久しぶりですね。お声をかけてしまって申し訳ありません。あなたにどうしても、一言礼が言いたくて」
「……お礼、ですか?」
私が小首をかしげると、彼は優しい眼差しで私を見つめて言った。
「セザリア王国のカーデン伯爵家の件です。あなたのおかげで妹は無事に留学することができましたし、我が家は新たな事業に着手することもできそうです」
「ああ、その件ですのね。両家の交易のお話は、順調に?」
「はい。セザリアの海産物加工品の取り引きの話がまとまり、我が領地で国内に販売するルートを作っているところです。うちは狭い領土の中でいくつかの小さな事業をやっていますが、なかなか大きな利益を生み出すことが難しくて。あなたのおかげで新たな商売が始められると、両親も感謝していました。本当にありがとうございます」
ランカスター伯爵令息のヘーゼルの瞳がキラキラと輝き、私を熱っぽく見つめている。その視線で、彼の妹君であるオリアナ嬢の言葉が、私の脳裏をよぎった。
『エリッサ様。実は私の兄は、エリッサ様にとても強く憧れておりましたのよ』
(……やだ。こんな時に思い出しちゃうなんて)
「……きっかけが作れたのなら、良かったですわ。あちらの海産物は私も大好きなんです。ランカスター伯爵領で取り引きが始まるのでしたら、口にする機会が増えますわね。楽しみですわ」
「ハートネル侯爵令嬢にでしたら、いくらでも献上いたしますよ」
「まぁ。ありがとうございます。ふふ」
(……そういえば、この方キャロルの私室の前にいたけれど、あの子の専属護衛をしているのかしら)
尋ねてみようかと思った、その時だった。
「アルヴィン!! そこで何をしているの!!」
思わず肩が跳ねるほどのけたたましい金切り声が庭園に響き渡った。驚いて声をした方を振り返ると、ピンク色のフリフリドレスを着たキャロルが、目を吊り上げてこちらに向かい一直線に歩いてくるところだった。
キャロルはすごい勢いで私たちの前までやって来ると、何とランカスター伯爵令息の腕を両手でしっかりと握った。彼はギョッとした顔をし、体を強張らせる。
「王妃陛下……」
「なぜこんなところで姉と二人で話をしているの!? あなたあたしの護衛でしょう!? サボらないでよ!!」
腕を絡めたまま彼を見上げそう怒鳴りつけると、キャロルは鋭い視線でキッと私を睨みつけた。
「お姉様! お茶会を台無しにした上に、あたしの護衛騎士を誘惑してるわけ? 最低だわ! フルヴィオ様にも、セルウィン公爵にも言いつけてやるんだから!!」
「……は……?」
突然何を言い出すの? この子は。
私は茶会を台無しになんかしていないし、ランカスター伯爵令息を誘惑などもちろんしない。
思わず言葉を失った私を守るかのように、ランカスター伯爵令息が声を上げた。
「違います、王妃陛下。そのようなことは一切ございません。俺の方がお声をかけたのです。ハートネル侯爵令嬢が、我が家の新事業を後押ししてくださったので、そのお礼を……」
「言い訳はいいわ! 来なさいっ!」
最後に私をもう一度睨みつけると、キャロルは彼の腕をしっかりと握って引っ張りながら叫んだ。
「お姉様って本当に、自分が一番目立っていないと我慢できないのね! あたしの、王妃の茶会で自分の自慢話ばっかり! おかげであたし今日全然楽しくなかったわ。当分王城には立ち入らないでよね! 命令よ!!」
そう言い残すと、キャロルは困り果てた顔のランカスター伯爵令息を連れて去っていったのだった。
「……エリッサお嬢様。参りましょう」
二人の後ろ姿を呆然と見つめていた私に、しばらくしてミハが静かに声をかけてきた。その声で我に返った私のお腹の底に、ようやくふつふつと怒りのマグマが滾りはじめたのだった。