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42. 感無量(※sideミハ)

 お二人のやり取りを壁際で見守っていた私は、あまりにもときめく目の前の光景に、思わず声が漏れそうでした。気を抜くと腰が抜けてしまいそうなので、意識的に両足に力を込めて踏ん張り、ポーカーフェイスを保ちます。


 尊い。尊うございます、お嬢様。


 幼少の頃より、王家に嫁ぐ準備のための勉学に一心不乱に励まれてきた、エリッサお嬢様。その類まれなる完璧な美貌がもったいないほどに、お嬢様は恋愛とは無縁の人生を送ってこられました。

 と言っても、私がお嬢様にお仕えを始めたのは、およそ四年前。それより以前の話は全て、ハートネルの屋敷に勤める者たちから聞いたものばかりです。


 ……心の中ですから。口にさえ出さなければ、思うことは自由でございましょう。


 あのような、血筋と見目の美しさ以外は何の取り柄もない、頼りなく頭の悪い王太子。王家唯一の男子というだけでチヤホヤされて育った、何の能力もないしょうもない男。あんな男に嫁がれることを心底残念に思ってしまうほど、エリッサお嬢様は完璧なお方なのです。その上お嬢様は、片時も努力を惜しまれませんでした。王太子が頼りなければ頼りないほど、お嬢様はご自身がしっかりしなければと、ずっと努力を繰り返してこられました。

 その果てが、あの唐突な婚約破棄。

 阿呆王太子は、国王陛下の御崩御により自動的にご自分が国王の座に即位したのをいいことに、おそらくは周囲の進言を全てなぎ倒し、ご自分と同レベルの脳みそを有するキャロル嬢を妃に選ばれました。愚かしいことこの上ない。人生をかけた努力の全てを一瞬にして台無しにされてしまったエリッサお嬢様が、あまりにも不憫で不憫で……。あの時はあの阿呆を呪い殺してやりたいと。実は私はそれほどまでに怒り狂っておりました。


 ですが、今となってはどうでしょうか。怪我の功名。災い転じて福となす。結果オーライ。万々歳。

 エリッサお嬢様には、この王国至高の殿方が寄り添われたのでございます。

 クロード・セルウィン公爵閣下。お目の高い、完璧なお方。

 ただその場にいるだけで圧倒的なオーラを放ち、国中の高貴な人々の視線を集める。由緒正しき王家の血筋を引く、文武に秀でた筆頭公爵家のご当主。その方が。

 阿呆王太子から存在そのものを否定されるかのようなむごい仕打ちを受けたお嬢様が打ちひしがれる間もないほどの速さで颯爽と現れ、お嬢様に求婚してくださったのです。

 お嬢様の反応は、思わずこちらが息を呑むほどに分かりやすうございました。これまでただの一度も拝見したことのなかったお嬢様のご様子に、このミハは感動したものです。

 初めての胸のときめきに戸惑いながらも、少しずつ公爵閣下との距離を縮めていかれるお嬢様。異国の地に届く閣下からのお手紙を、食い入るような眼差しで熱心に読み進め、読み終わるとそれを大切そうに胸に抱き、瞳を輝かせながら、悩ましいため息をつかれる。


 ああ……、何と尊いお姿でしょうか……!

 まさかこのような、恋情にかき乱されるお嬢様を見られる日が来るとは! なんて可愛らしい!


 そして今、久方ぶりの再会を果たしたお二人は、私の目の前でとても幸せそうに寄り添い、言葉を交わしておられたのです。

 お嬢様はお気付きなのでしょうか。公爵閣下の視線から、背もたれに回したたくましい腕から、お嬢様への「愛おしい」がだだ漏れていることを。

 片時も視線を外さずエリッサお嬢様を見つめながらお話しをするセルウィン公爵閣下からは、見ているこちらが当てられてしまうほどの愛情が溢れております。

 かたやお嬢様は、普段の冷静かつ凛とした佇まいとは打って変わった愛らしい表情で目を輝かせながら、若い女性らしい初々しい恋のときめきを滲ませ、お話しに夢中でございます(私も若い女性ではあるのですが)


 幾度かの対面で、徐々に心の距離を縮めつつあった、そんなお二人が。

 今、ふいにお顔が触れ合うほどの近さになってしまわれ、互いにハッと見つめ合い、慌てて距離をとったのです。


「……すまない。……綺麗だ、とても」


 動揺されたのか、若干掠れた声でそう呟く公爵閣下。もう三十ほどのお歳の殿方が、お嬢様を前にこのように狼狽えるとは。

 お嬢様に至っては、茹で上がってしまったのかと思うほどに、頬も耳も首すじも真っ赤に染め、瞳を潤ませていらっしゃいます。

 私は思わず、唇を引き結びました。そうしないと叫んでしまいそうだったのです。


(く……っ!! なんと……なんと尊いお二人なのでしょうか!! ああ! もどかしいっ!!)


 この王国最高のカップルが、一日も早くご夫婦となられ、愛の言葉を日々伝え合う時が来ることを願うばかりでございます。


 それにしても……。


(誰がどう見ても、人を見る目も能力もないあのような男よりも、このセルウィン公爵閣下の方がはるかに国王に相応しい人物だと思うのですがねぇ)


 このサリーヴ王国は、これから一体どうなっていくのでしょうか。


 いまだ王家から完全には解放されないエリッサお嬢様を案じながら、私はそのように思ったのでした。





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