41. アクシデント
キャロルとの口論に近い会話をランカスター伯爵令息に聞かれたであろうことでますます気持ちが沈み、私はどんよりとしたまま屋敷に帰った。
するとそれから数日後、セルウィン公爵家からの使者がやって来た。クロード様が二日後に王都のタウンハウスに到着されるとのこと。私との面会を望んでいるそうで、それを聞いた私の気持ちは一気に空へと舞い上がった。
予定通り我が家を訪れたクロード様を、念入りに身支度を整えた私は玄関ホールで出迎えた。数ヶ月ぶりに見るそのたくましいお姿に、どうしようもなく胸がときめく。
「久しぶりだ、エリッサ」
「ええ。お久しぶりでございます、クロード様」
お会いしたかったです、なんて大胆なことはとても言えないけれど。
せめてこの喜びが伝わるようにと、私は笑顔で彼の瞳を見つめた。
するとクロード様が、低く囁くように言った。
「会いたかった」
「……っ、」
ただでさえ火照っていた頬が、ますます熱を帯びる。わずかな逡巡の後、勇気を出した私は少し震える声で返事をした。
「……わ、私もです……」
そう答える私のことを、クロード様が優しい眼差しでジッと見つめている。照れくささに耐えきれず、私は先に目を逸らしたのだった。
母に手短に挨拶を済ませたクロード様を、私は応接間へと案内した。父は大抵王城に出仕しているか領地を回っているかなので、私もあまり顔を合わせることがない。
一番広いソファーに彼と横並びに座ると、またたくさんの土産物を披露しながら、私は東側の各国で参加した催事や出会った人々のことなどを話した。
(……そういえば、こんな風に近い距離で座るのは初めてだわ)
クロード様は私から片時も目を逸らさず、静かに話を聞いてくださっている。私ももう、彼から目を逸らしたくはなかった。こうしてそばにいられることが、嬉しくてたまらない。やがて話題は、帰国後に会ったキャロルのこととなった。
「……王妃陛下の茶会か。帰国早々妹君のフォローとは、君も忙しいな」
「フォローできればいいのですが……。どこの国へ行っても両陛下の評判は芳しくなく、不安はつきませんわ。きっとこの国の貴族たちも皆、同じように不安に思っているのでしょうね」
「……。そうだな」
クロード様は何かを考えるように、少し遠い目をなさった。けれどすぐにこちらを向くと私に尋ねる。
「茶会のドレスは大丈夫なのか。こういう事態に備えて何枚か作らせて送っておくべきだったな。すまない」
そんなことを言ってくださるクロード様に、私は慌てて答える。
「大丈夫ですわ。どうぞお気遣いなく。持っているもので充分ですし、実はリウエ王国で素敵なドレスを何枚か購入しましたの。目新しくてとても美しかったものですから。私が今着ているのも、リウエ王国のものですのよ」
そう言ってほんの少しドレスのスカートをつまんでみせると、クロード様がああ、と言った。
「それでか。随分珍しいデザインのものを着ているなとは思っていた。かの国は芸術の国。衣装のデザインも多岐に渡るし、変わった素材のものも多いな」
「ええ。本当に。このドレスに使われている生地やレースは全てリウエ産のものだそうです。こちらではあまり見かけない不思議な光沢がありますわよね。柄も斬新ですし」
「ああ、たしかに。変わった柄だな。君にはよく似合って……」
その時。
袖口に施された素敵な柄を見せようと、わずかにクロード様の方に身を乗り出した私と、こちらを覗き込むような姿勢になったクロード様の距離が予想以上に近付いてしまい、私は思わずハッとして顔を上げた。
すると、同じように動きを止め至近距離から私のことを見ているクロード様と、視線がぶつかる。
(────っ!)
目の前にある、美しいアイスブルーの切れ長の瞳。その中の光が揺れ、彼の動揺が伝わってきた。
吐息さえ感じられそうなほどの私たちのわずかな隙間を、先に広げたのはクロード様だった。
彼はすばやく私から距離をとり顔を背けると、小さく咳払いをして向こうを向いたまま呟いた。
「……すまない。……綺麗だ、とても」
「……」
クロード様の耳朶がほんのりと赤くなっているのを見たのは、初めてのことだった。
こちらは耳朶どころじゃない。
体中から湯気が上がりそうなほどに火照った私は、返事を返すことさえできずに俯いた。