33. 国王の器
私がそう尋ねると、前公爵は重々しく頷いた。
「フルヴィオが命じて移したのだ。キャロル嬢との結婚に反対されるのが鬱陶しかったのだろうな。浅慮な男だ」
吐き捨てるようにそう言うと、前公爵は真正面から私を見つめ尋ねた。
「あなた自身とハートネル侯爵一家との関係はどうなのだ。あなたは王家に嫁ぐために、幼少の頃から血の滲むほど努力してきたのであろう。それを突然、妹君と結婚するとフルヴィオが言い出した時、侯爵夫妻はどのような反応を?」
私は思わず息を呑んだ。これまで様々な会話を重ねてきたクロード様も、この件に関しては私に質問なさらなかった。気を遣ってくださっていたのだろうが、今は静かにこちらを見つめている。
私は覚悟を決め、ハートネル侯爵家の内情を打ち明けた。妹は幼い頃から甘やかされ、優遇されてきたこと、今回の私の婚約破棄と妹の王家への輿入れに関して、両親は一切反対することも困惑する様子もなく、むしろ私に引くよう諭してきたこと。そして今後はキャロルのサポートをするようにと言われたけれど、フルヴィオ陛下から私の存在は必要ないと断言されたことを理由に、それを断ったこと。両親やキャロルは私の外遊を快く思ってはいないことなど。
そして先日、キャロルが実家に寄越した手紙には、王城へ上がり自分の王妃教育を手助けするよう書いてあったことなど。
その件について話している時、前公爵の眉尻がピクリと上がった。
「王妃陛下が、あなたにそんな手紙を……? それは随分と傲慢で身勝手な。陛下に進言しておかねばな。勝手な真似はさせるなと」
「ありがとうございます、閣下」
あれほど恐れていたセルウィン前公爵からそのように苦言を呈されれば、フルヴィオ陛下もキャロルを大人しくさせてくれるだろう。ありがたいことだ。
クロード様もレミラ様も、私の話を静かに聞いていらっしゃった。レミラ様のお顔には私への同情がありありと見てとれる。
前公爵はティーカップを手に取り、ゆっくりと紅茶を啜った後、噛み締めるような口調で言った。
「今のままでは、フルヴィオの治世は長くは続かんだろう。……その先を真剣に考えねば」
(……その先……?)
私はまじまじと前公爵のお顔を見た。……たしかに、あの陛下とキャロルの間に生まれる子が次代の国王になることを考えると、恐ろしい。そもそもその前に、あの二人がこのサリーヴ王国を導いていけるのかどうかだ。今のままでは絶対に無理だし。
でも、それならば一体どうするというのだろう。三人いる王女殿下のうち、国内の貴族に嫁ぐ方が男児を産み、その御子を後継に……? でもその子が成長するまで、フルヴィオ陛下の治世が保たれるだろうか。貴族同士の余計な諍いも生みかねない。
王家の血を引く男子は、フルヴィオ陛下の他にはこのセルウィン前公爵とクロード様しかいない。そこに思い至って、私はハッとした。
(まさか……フルヴィオ陛下では駄目だと判断された場合、クロード様が国王の座に就くことも有り得る……? となると私は、結局王家の妃に……。ううん、いくら何でもそんなに簡単に一国の王が取り替えられたりはしないわよね)
きっと王城では今頃、あの二人の教育が全力で行われていることだろう。寝る間も惜しんで死にもの狂いで学んでもらわねば困る。
けれど、と私はひそかに思った。
(どう見てもフルヴィオ様よりもクロード様の方が、王の器よね。全てにおいて勝っているし、私が見る限り、この方は並大抵の殿方とは比べものにもならないくらいに、心身共に強く頼もしい方だわ。頭も良いし、何より特別なオーラがある)
ときめきなど知らなかった私が、この方に出会ってからというもの翻弄され続けているのだから。
その後セルウィン前公爵夫妻とクロード様と共に夕食をとり、前公爵とクロード様がお仕事の話を始めると、私はレミラ様に誘われ場所を移し、食後のティータイムを楽しんだ。レミラ様は終始穏やかで、私に優しくしてくださった。
「クロードはあのとおり無愛想でつまらない男だけれど、どうぞ末永くよろしくね、エリッサさん。あなたみたいな素敵な女性が連れ添ってくださるなんて、本当に一安心だわ。もう一生結婚しないつもりなんじゃないかって、私諦めかけていたのよ」
「ま、まさか……。クロード様ほど素敵なお方なら、私などよりもっと素晴らしいご令嬢がいらっしゃったのではないかと、ご縁をいただいた今でも畏れ多く思っておりますのに」
私がそう答えると、レミラ様はふふ、と上品に笑った。
「ご謙遜を。あなたより優れた女性なんて他にいないわ。クロードはとても理想が高かったのね。陛下とのご縁がなくなったと知った途端に、あなたに会いに行くなんて。これまで数々寄せられる縁談に欠片ほども興味を示さなかったクロードの行動力に、私たちも驚いたものだわ。よほどあなたを他の方に取られたくなかったのね」
「そんな……、こ、光栄でございます」
その言葉に、私は耳まで真っ赤になって狼狽えたのだった。