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32. セルウィン前公爵との会話

 その翌日の日が沈む頃、私たちはついにセルウィン公爵家別邸に到着した。クロード様との旅路は楽しくてずっと気分が高揚していたけれど、ここからはそういうわけにはいかない。重厚な門扉をくぐり立派なお屋敷が視界に入ると、私の緊張も最高潮となった。

 家令に案内され、クロード様に続いて応接間へと足を踏み入れる。後続の馬車で同行してくれていたミハももちろん私の後ろに続き、室内に入ると壁際に静かに立った。

 クロード様とソファーに並んで座りしばらく待っていると、レミラ夫人に車椅子を押されながら、セルウィン前公爵が姿を現した。私はすぐさま立ち上がる。


「遠路はるばる、ご苦労」


 前公爵の(いかめ)しい第一声に、私は一礼して答えた。


「お招きいただき、誠にありがとうございます、閣下、レミラ様。先日の両陛下の結婚式では、妹が大変失礼をいたしました。改めてお詫び申し上げます」


 ローテーブルを挟んだ向かいに落ち着いた前公爵と、ニコニコしながらその隣に腰かけたレミラ夫人に、私は真っ先にお詫びの言葉を述べた。何よりも先に、あの日のキャロルの失礼な態度を謝罪せねばと思っていたのだ。メインテーブルの二人に祝福の言葉を述べた前公爵は、その後フルヴィオ陛下を叱咤した。その際の、前公爵を睨みつけ露骨に不快感を表したキャロルの態度。今思い出しても冷や汗が出る。翌日両親にもあの時のキャロルの態度を報告したが、二人は困ったような表情をしただけで本人を咎めるつもりはなさそうだった。


「あなたが気にすることじゃない。座りたまえ」


 そう促され、私はクロード様の隣に再び腰かけた。


「今日はゆっくりお話ができますわね。両陛下の結婚式や晩餐の場ではあまりに人目が多く、口にできないこともありましたもの。ね? あなた」


 レミラ様が私に話しかけながら、隣の前公爵にもそう同意を求める。本当に……この貫禄と迫力溢れる方の奥方が、こんな柔和なほっそりとした方なのかと少し驚いてしまうくらいに、レミラ様はおっとりと穏やかだ。前公爵は肯定とも否定とも分からない低い唸り声のような相槌を打つ。メイドたちが四人分の紅茶を運んできて、色とりどりの可愛らしいお菓子まで並べてくれた。前公爵とレミラ様がカップを手にするのを見届けてから、私も紅茶に手を伸ばす。実は緊張のあまり喉がカラカラだった。


「……予想以上の未熟さだ。あれはどう見ても、国王になる人間の器ではなかった」


 苦虫を噛み潰したような前公爵のその表情に、私の緊張も一層高まる。彼は周囲を威嚇する獣のような声を漏らしながら、深い溜息をついた。そしておもむろに語り出す。


「兄──前国王と前王妃の間には、フルヴィオ以外の男児が産まれなかった。先々代国王の代に、後宮で側妃同士の争いが激化し死人が出るようになってからというもの、我が国は側妃制度も廃止された。王女は奴の下に三人。いずれも同盟諸国との話し合いや国内の貴族たちの力関係を考え、未婚の王女についてもすでに嫁ぎ先は決まっておる。儂は数年前から、何度か兄に進言していた。フルヴィオ以外の後継候補を選出しておくべきだと。見る限り奴には自覚も能力も足りなければ、王国を背負って立つ度胸も器もない」


 前公爵のその言葉に、心臓が大きく跳ねる。……私が陛下の婚約者でいた頃、そんな話が出ていたとは。

 レミラ様がふふ、と困ったように小さく笑った。


「皆あなたの存在に期待を込めていたのよ、エリッサさん」

「えっ……、私、でございますか?」

「ええ。王太子殿下はちょっぴり頼りないけれど、婚約者のハートネル侯爵令嬢が完璧だからと。彼女が王太子殿下のそばでその知力を奮い、また殿下を精神的にも能力的にも高めていってもくれるだろうと。亡き前国王陛下の周囲の人たち、大臣たちも皆、それだけがよすがだったみたい。ふふ」

「……それは……このようなことになり、まことに……」


 そんなに期待されていたのに、前国王陛下亡き後私はすぐさま婚約破棄されてしまったのだ。情けないやら申し訳ないやら。

 するとクロード様がボソリと口を挟んだ。


「おかげで俺は最高の婚約者を得ることができた」


(……クロード様……)


 ……やだ。前公爵の前だというのに頬が赤くなってしまう。

 内心狼狽えている私に気付いているのか、レミラ様はニコニコしながら私の顔を見つめている。けれど前公爵は気に留めるそぶりもなく、話を続ける。


「兄はもちろん、何度もフルヴィオを叱咤し、発破をかけていた。だが奴は精神的にあまりにも脆い。実父に叱られたぐらいで萎縮し、儂が会いに行けば怯えて目も合わせん。最終的には、フルヴィオ以外の後継を選定せねばという話が現実味を帯びてきていたのだ。だが、そんな矢先に兄は突如他界した。するとどうだ、あの決断力も行動力もないフルヴィオが、あっという間に実母である前王妃を離宮に移し、あなたとの婚約を破棄し、誰に相談することもなく、あなたの妹君を妃に迎えると言い出した」

「え……っ」


 黙って聞いていた私は、驚いて思わず口を挟んだ。


「前王妃陛下は、自ら離宮へ移られたわけではなかったのですか?」







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