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30. キャロルに甘すぎる両親

 国王夫妻の結婚式の翌日には、セルウィン公爵家からの使者が来た。明後日にはクロード様がお迎えに来て、共にセルウィン公爵領内の別邸へ向かおうとのこと。この王都から前公爵夫妻がお住まいの別邸までは、二日もあれば着くそうだ。セルウィン公爵領は王都の北東側に広大に広がっており、その中でも別邸はかなり王都寄りの場所にあるのだとか。我がハートネル侯爵家のタウンハウスからは思っていたより近かった。

 旅立つ前、私はランカスター伯爵家に宛て一通の手紙をしたためた。こちらの事情を説明し、王都に戻ってきたら改めて時間を作るので、ゆっくりとお話ししましょうと記し、またセザリア王国のカーデン伯爵家にもお伺いの手紙を書いた。


「お願いね、ミハ」

「承知いたしました、お嬢様」


 二通の手紙を受け取ったミハが、表情を変えずに淡々と言う。


「公爵閣下との初めてのご旅行でございますね。お気に入りのドレスを厳選してお持ちになりませんと」

「旅行だなんて……。何泊かすることにはなるけれど、目的はあくまでセルウィン前公爵ご夫妻へのご挨拶だもの」

「ですが、お顔の色がとても明るいです、お嬢様」

「……あなた、やっぱりからかってるでしょう」


 そう言いつつも、私は少しドキドキしながらクローゼットルームへと向かった。





 さらにその翌日の夜、父と母と三人で夕食をとっている最中、母が私に言った。


「キャロルから手紙が来たのよ。エリッサ、あなたに忠告しておいてほしいと」

「……忠告、ですって? 一体何のことでしょうか」


 驚いて顔を上げると、母が困ったように眉間に皺を寄せ父に視線を送る。父が小さく咳払いをすると、代わりに私に言った。


「結婚式の日のお前の態度について、とのことだ。国王陛下夫妻を差し置いて、目立った真似をするのは無礼だと。今後は弁えるよう必ず伝えろと、そう書いてあった」

「は……? 目立った真似とは? 一体何のことでしょうか」


 心底意味が分からず、私は父に問い返した。父はどことなく気まずそうな顔で言う。


「……キャロルにとって、結婚式の一日は人生で最も特別な日であったと。それなのに、ダンスパーティーで全員の視線を集めたり、晩餐会の場では自分たちを差し置いて皆に囲まれたりと、お前がセルウィン公爵の隣で誰より目立っていたのが許せなかったそうだ。実妹の人生の晴れ舞台だと分かるはずなのに、姉らしい気遣いをしてくれなかったと。お前の言動に深く傷付いたと書いてあった」

「な……」


 キャロルの八つ当たりとしかいいようがない、あまりに身勝手な手紙の内容にも、それに呆れる様子もなく私にそのまま伝えてくる父にも腹が立った。私はカトラリーを置き、あくまで落ち着いた口調で父に抗議する。


「お言葉ですが、お父様。私は王妃の実姉として、またハートネル侯爵家の長女として、そしてセルウィン公爵閣下の婚約者としても、相応しい振る舞いをしたと思っておりますが。ただ順番を守って公爵と共にダンスに参加し、両陛下に礼を尽くした挨拶をし、国内外の重鎮、高位貴族の皆様からお声をかけていただくたびに、決して失礼のないよう丁重にご挨拶をお返ししましたわ。お父様もお母様も、近くの席にいらっしゃったのですから見ていたでしょう? 私の行動に何か問題がございましたか?」


 父と母は顔を見合わせた。そして母は私に言った。


「あなたは本当に理屈っぽいんだから……。キャロルの言っていること、女ならば意味が分かるでしょう? 実際にどちらが悪いとかそういうことではなくて、気持ちの問題なの。……一応一言、キャロルに謝ってあげたらどう? 家族だけれど、あの子はもうこの王国の王妃陛下になったのよ。敬う気持ちを持つことは大事だわ」


 気持ちの問題、ですって? 信じられない。なぜここまで妹の肩ばかり持つのだろうか。この二人は私たちが幼い頃からいつもこうだった。姉妹の間で揉め事があれば、いや、大抵はキャロルが理屈の通らない我儘を言っては私を(なじ)っていたのだけれど、この人たちはろくに事情も聞かずにキャロルばかりを庇い私を責め立てていたっけ。

 私には勉強ばかり強いて、キャロルのことは甘やかすばかり。いまだにこうでは、もうこっちも家族のことを見限りたくなってしまう。


「それから、時間を作って登城するようにとも書いてあった。王妃教育の件でお前の助力を仰ぎたいようだぞ」

「お断りします」


 父の言葉に、私は間髪容れずにそう答えた。


「エリッサ」


 責めるような母の声に、私は堂々と言い放つ。


「私は明日、クロード様と共にセルウィン公爵領へと向かいます。前公爵様の要請ですので。数日は戻りませんし、その後もすでに予定が立て込んでいます。キャロルの我儘に振り回されている時間などありませんわ」

「エリッサ。セルウィン公爵領から戻った後、少しぐらい時間を作ってやれ。今言っただろう。キャロルは王妃陛下なのだぞ。これから重責を担って大変だというのに、実の姉のお前がそんなにすげなくするのはあんまりだろう。少しは考えてやれないのか」

「王命でしたら従うしかありませんが、おそらくはキャロルが何も考えずに勝手に言っているだけですよね? こちらにも大切な用事がありますのに、いちいち相手にしていられませんわ。もしも本当に重要な用件があるならば、きちんと陛下に話を通してもらってくださいな」


 もう食事を続ける気になどなれず、私は静かに立ち上がった。そして食堂を出る前に、両親それぞれの顔を見ながら言った。


「何度も申し上げたはずです。私はもう必要ないと、陛下ご自身がそう仰ってキャロルを選ばれました。私はすでに王家から解放された身。これからはセルウィン公爵の婚約者としての自身の立場を優先しますし、自分なりの方法で、人様のお役に立つ別の生き方を見つけますわ」


 明らかに不満顔の二人が何か言い返してくる前に、私はさっさと食堂を後にしたのだった。








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