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3. 通じない真心

 国王陛下の突然のご逝去は、以前から抱えていた心臓の持病を悪くしてのものだった。時折胸が痛むことはあられたようだけれど、大きな発作が起こったことなどは一度もなく、定期的に主治医に診せていたようだ。それがまさか、こんなことになろうとは。

 王城で大臣を務める父に同行する形で、外国からの重鎮たちが列席する大規模なパーティーに参加するようになったのは、十歳のこと。デビュタントも終えていない令嬢としては異例のことだった。四歳の頃にフルヴィオ殿下との婚約が決まって以来、すぐに王太子妃教育も始まっており、私は幼少の時から日々睡眠時間を削ってまでも勉強に明け暮れてきた。

 全ては、この日のためだった。

 フルヴィオ殿下がこのサリーヴ王国の国王に即位した後、その治世をおそばで支えるため。フルヴィオ殿下が良き国王となり、この王国の民たちのために働く。その隣で、私も彼を支え、共に素晴らしい王国を築き、守っていく。そのためだった。

 ただ、そのためだけだった。


 それなのに。


 葬儀からおよそ一週間後。フルヴィオ殿下からの招集により、私たちハートネル侯爵一家は王城の謁見室に馳せ参じた。そこで殿下から伝えられた言葉は、私の頭を真っ白に染め変えた。


「俺はキャロルを妃として迎えることにした」

「……え?」


 私が一言そう漏らした時、隣にいたキャロルが立ち上がり、フルヴィオ殿下の元へと移動した。そして殿下の座る椅子の真横に立つと、彼の肩に親しげに手を添えた。


「……ご冗談を、殿下。……お戯れにも程がございます」


 私のその言葉は、ほとんど無意識だった。反射的にキャロルが座っていたのとは反対側に目を向けると、両親はただ黙ったまま目を伏せ座っている。

 フルヴィオ殿下は私の動揺など意に介する様子もなく、言葉を続けた。


「君がこの国にいない間、キャロルはいつも俺のそばで、俺を支えてくれていた。外交と称して学園を休んでまで、君は楽しそうに諸外国を飛び回っては、やれどこの国の教育はどうだの、あの国の途上国への支援は素晴らしいだの、ここに戻ってくるたびに知り得た知識を自慢気に話していたな。まるでひけらかすように。……けれど、キャロルは違う。人前には決して出せない俺の不安や心細さを敏感に察し、いつも心で寄り添ってくれていた。エリッサ、君が外国を自由に飛び回っている間、俺を支えてくれていたのは他ならぬキャロルなんだよ」

「殿下……。何を仰いますか。この私が、なぜ学園を休学してまで近隣諸国の重鎮たちとパイプを繋いでいたか、あ、あなた様には、お分かりのはずです。それに、知識をひけらかすなど……。私はただ、次期国王となられるあなた様にとって必要だと思われる情報を、逐一お伝えしていただけですわ」

「もういい、エリッサ。聞きたくもない」


 呆然としながらも必死で説明する私の言葉を、フルヴィオ殿下は煩わしそうに眉間に皺を寄せ遮った。そして自分の肩に置かれたキャロルの手に、自らの手をそっと重ねる。


「その説教めいた恩着せがましい言葉も、もううんざりなんだ。俺に必要なのは、君のような傲慢な女性ではない。ただ俺の気持ちを汲み、そばで静かに寄り添ってくれる、同じ目線で世界を見てくれる女性……。このキャロルのような、心優しい人なんだよ」

「お、お姉様……本当にごめんなさい。けれど、フルヴィオ様があたしを必要だと言うの。最初はあたしだって、そんなつもりはなかったわ。ただ、いつもいつもお姉様が近くにいなくてお寂しそうにしているフルヴィオ様を、お慰めしたかっただけなの……。フルヴィオ様のお話を聞いて、言葉をかけて、一緒に他愛もない話をして笑い合って……。いつの間にか、あたしたち、互いになくてはならない存在になっていたわ。ごめんなさい、お姉様……!」


 キャロルはフルヴィオ殿下と繋いでいない方の手を口元に持っていき、その手をふるふると震わせながら、丸く大きな愛らしい瞳に涙を湛えそう言った。そして、眦から美しい涙をポロリと一粒零した。泣きぼくろがいつも以上に魅力的に見える。

 殿下はそんなキャロルを見上げ、労るように微笑むと、重ねた指先を彼女のそれに絡めた。……見ていられなくて、私はそっと目を伏せる。なぜ父と母は黙っているのだろう。

 仕方なく、私は重い口を開いた。


「畏れながら、フルヴィオ殿下。そしてキャロル。……この国の王に必要な妃は、ただ“他愛もない話をして笑い合って”いる女性ではないのです。国を治めるには膨大な知識が必要ですし、近隣諸国との友好な関係も必要不可欠です。だからこそ私は殿下のお役に立つためにと、見聞を広めてまいりました。……ただ遊び歩いていたわけではないことは、分かってくださっていたはずですわ」

「そんなの言い訳よ! あたしには分かるわ!」


 一体何が分かるというのか。

 キャロルは私の言葉を遮るようにそう叫んだ。




 



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