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28. あたしが主役(※sideキャロル)

「何ですって……!? あたしとフルヴィオ様の結婚式で、お姉様とセルウィン公爵の婚約を発表!? どうしてぇ!?」


 待ちに待った結婚式まであと数日という、ある日。フルヴィオ様から突然そんなことを言われ、あたしは思わずムキになって大きな声を上げた。


 だって、あたしが王妃になる日なのよ!? このあたしが、あたしとフルヴィオ様が主役の一日なのよ!? どれほどこの日を楽しみにしていたか! 賢い賢いと褒められまくっていたあの姉を差し置いて、このあたしが王家に嫁ぎ王妃となる、特別な日。なのに何でわざわざその日に、あのエリッサを祝福するような真似しなきゃならないわけ!?

 万が一にもあたしよりエリッサが注目されるようなことになったら、絶対に嫌!! 耐えられないわ!!

 シャツの胸元を摑んでグイグイ引っ張ると、フルヴィオ様は少し困ったような顔をして私の髪を撫でながら言った。


「正確には結婚式で、じゃない。その後のダンスパーティーの会場で、発表しようと思う」

「だから、どうしてなの!? フルヴィオ様! 別にわざわざ結婚式の日じゃなくてもいいじゃない!」

「いや、国内外の重鎮が一堂に集う貴重な機会だ。我が王国の筆頭公爵家当主が婚約したという事実を周知するには、最良の場なんだよ。国王として、俺が発表しないわけにはいかない……こういうことは慣例だから」


 そんなことを言われても、全然納得できない。セルウィン公爵もエリッサも、ただでさえ注目を浴びがちな人たちなんだから。クロード・セルウィン様は、この王国随一の若き公爵。若いといってももう三十くらいだったと思うけど。でも信じられないことにずっと独身で、茶会では何度も令嬢たちの噂の的になっていたわ。一体誰があの方を射止めるのか、それとも一生独り身を貫くおつもりなのか。誰々の家が釣書を送ったけれど相手にされなかったらしい、どこどこの王女との縁談の話があったけれど、公爵が断固としてお受けにならなかったらしい、等々。

 エリッサはエリッサで、あたしみたいに可愛くて守ってあげたくなる女性とか言われてるわけじゃないけど、とにかくあいつは頭がいいのよ。たぶんこの王国の令嬢たちの誰よりも賢いわ。学園でも常に首席だったし。その上ツンとした冷たい雰囲気の美貌を持っていて、癪だけどかなり目立つ。あたしとは全然タイプが違うけど、それなりに魅力的なのは間違いないわ。次世代の社交界のまとめ役、なんて言われているの。気に入らないわ、本っ当に。

 そんな二人が婚約したって事実だけでもイライラするのに、さらにあたしの一番大事な日に、婚約発表? 冗談じゃないわ。その日はあいつは脇役なのよ。あたしに王妃の座を奪われた、惨めな姉。それでいいの。国王陛下夫妻の結婚式の当日くらい、隅っこで大人しくしててほしいわ。


「キャロル、分かってくれ。なんだか最近大臣たちの態度がやけに冷ややかなんだ。進言されたとおりに無難にやっておかないと、あとで面倒なことに……」

「いや! いやいやっ! 絶対に嫌よフルヴィオ様ぁっ。お、おねがい……。その日だけはあたしを、あたしのことだけをみんなに祝ってほしいのぉ……」


 あたしは涙をポロポロと零してフルヴィオ様の顔を見上げた。あたしの数少ない特技の一つが、この「いつでもどこでも可憐に涙を流せる」だ。こうやって泣いて縋りつけば、無下にできる男なんて一人もいないの。学園でもいつもそうだったわ。どこかの令嬢に「人目も憚らず私の婚約者にしなだれかかるのはお止めくださいませ、当家やあちらの外聞が悪くなりますゆえ」なんて嫌味を言われれば、すぐさまこの特技を使って高位貴族の令息たちを味方につけて慰めてもらっていたわ。

 特技といえるものは他にあまりないけど、この愛嬌と美貌だけあれば充分なの。それはこうして王太子を籠絡したことで証明済みよ。ふふ。


「……キャロル……」


 案の定、フルヴィオ様は心配そうな顔をしてあたしの背中に腕を回した。あたしはここぞとばかりに涙を零しながら、悲しげな顔をする。


「あ……あたし……本当に楽しみにしているの。いつも姉ばかりが褒められてた。賢い偉い、すごい子だ、って……。皆が姉にばかり注目する日々で、ずっとずっと寂しかった……誰もあたしのことなんて、興味を持ってはくれなかったわ……」


 両親にはものすごく可愛がられてきたし、周囲の誰からもチヤホヤされてきた。だから本当はそんなことは全くなかったけれど、そういうことにしておいた。可哀想な子ってことにしておいた方が、都合がいいものね。あたしも案外賢いところあるのよ。ふふ。


「……キャロル……。まさか、そんなはずが……」

「でもね、もう過去のことなんてどうでもいいの。だって、ずっとずっと大好きだったフルヴィオ様が、あたしを選んでくれたんだもの。それだけで幸せ。だから……お願いよ、フルヴィオ様。結婚式の日は、あたしだけを特別でいさせて」

「……気持ちはよく分かるよ、キャロル。……だが……」

「お願いだってばフルヴィオ様! あたしが一番大事なんでしょう? その日だけでいいの。あたしを何の憂いもない、幸せの中に浸らせて。ね? 次の日から、目一杯頑張るわ! お勉強も、公務も、あたしがフルヴィオ様の代わりに全部やっちゃうくらい頑張る! だから……ね?」


 あたしがそう言って腕をグイグイ引っ張りながら背伸びをして頬にキスをすると、フルヴィオ様は目を見開いて苦笑した。


「キャロル……。はは、頼もしいな、君は」

「あったりまえでしょ! あのエリ……お姉様と同じ遺伝子持ってるのよ、あたし。本気出したらもっとすごいんだから」


 自信満々にそう答えると、フルヴィオ様はますます嬉しそうに微笑んだ。


「……そうだな。君を選んでよかったよ、キャロル。君は可愛いし、度胸もある。……分かった。公爵らの婚約発表は見送ろう」

「まぁっ! ありがとうフルヴィオ様! だぁい好き!」


 甘えた声でそう言って首元に抱きつくと、フルヴィオ様はあたしの腰を抱き寄せ頬にキスした。


「楽しみだな、俺たちの結婚式。……ところでキャロル、君は帝国語は完璧なのかい?」

「え? ううん、全然。でも時々聞き取れることもあるわよ」

「……そ、そうか。……じゃあ晩餐の席では、通訳を付けてもらうか……俺も不安だし……」

「あたし本気出したら、何でも覚えるの早いわよ!」


 途端に不安げな顔になったフルヴィオ様にそう言ってやると、彼はまた笑みを浮かべた。


「……そうだな。はは。期待してるよ、キャロル」

「ええ! 任せておいて」


 彼が部屋を出て行くと、あたしは大きな溜息をついてベッドにゴロンと寝そべった。


「あーあ。なんだか疲れちゃったぁ。ね、お茶とお菓子持ってきてー」

「承知いたしました、キャロル様」


 王城で付けてもらっている侍女にそう命じると、彼女たちは大人しくお茶の準備を始めた。


 よし。とりあえず当日エリッサに主役の座を奪われる心配はなさそうね。よかったよかった。いつもあたしのことを見下してる、意地悪で冷たい姉。あたしが王家に嫁ぐと決まったのに、王妃教育を手助けするそぶりも見せずに外国に行ったことも、恨んでるんだからね。


 しれっとした顔して、人の大事なものだけ掻っ攫ってく、やな女。


(……もうすぐやっと、王家の人間になれるわ)


 王妃様よ。この国で一番偉い女。

 そうなればもう、誰もあたしに逆らえない。


 本当に欲しいものだって、きっとすぐに手に入るわ。






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