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26. 伯爵家の揉め事

 私が問い返すと、夫人は眉をひそめてオリアナ嬢を見た。


「それが……オリアナはエリッサ様のように、卒業前に他国の文化を自分の目で見て学んでみたいと、そう言うのです。主人も私もそこまでする必要はないと言っているのですが、この子が引かなくて……。他国の学園に留学し、言語や文化、その国の産業などを幅広く学びたいなんて言うんですわ」


 小さく溜息をつく夫人の視線から顔を背けるオリアナ嬢。……あ、あれ? もしかして、私のせい……? このお嬢さんが私の影響を受けすぎているせいで、ランカスター伯爵家の揉め事に発展しちゃってるのかしら……。だとしたら申し訳ないわ。特にこの方はすでにベネット伯爵家に入ることが決まっているんだもの。そんなわざわざ、留学までしなくても……。


「この王国にいても、伯爵夫人に必要なマナーや家政の切り盛り、領地経営のやり方などは学べますものね」


 夫人の肩を持ちそう言ってみたけれど、オリアナ嬢は縋るような目で私を見つめて言う。


「ですが! 卒業後はベネット伯爵家に嫁ぐことが決まっているからこそ、自由に動けるのは今しかないのです……! 社交界にデビューする前に、できる限り広い世界を見て、多くの知識を身につけたい。きっと伯爵令息夫人となればそんな時間はもうございませんもの」


 ……うーん。たしかに。夫人になれば家政が主な仕事となるわけだし、客人のもてなしや夫の仕事のサポートなどを含め、自由に外国に旅行や視察に行っている暇なんかない。夫からの許可も簡単には降りないだろう。


「十六歳の娘が一人で国外に出て暮らすなど、危険すぎるわ」

「でもお母様、護衛や侍女を付けてくだされば大丈夫だわ。エリッサ様だってそうなさっているのですよね!?」

「あなたとエリッサ様は違います。ハートネル侯爵家からは充分な人数の護衛や付き人をお付けになっているでしょうし、エリッサ様は大陸全ての語学が堪能で、知識も深くていらっしゃるの。うちからはそんなに多くの護衛を付けてあげることはできないし、何かあった時にすぐに私たちが駆けつけることもできない場所では……」

「学生寮がある学園は他国にもあるはずだわ! そこなら安全でしょう?」

「問題はそれだけではないの。あなたはまだまだ未熟よ。万が一予期せぬ事態が起こった時にすぐに相談できる相手もいなくて、一体どうするというの」


 ……困った。ついに目の前で母娘喧嘩が始まってしまった。こんなところでまで言い争うとは、よほど毎日揉めているのだろう。何だか妙に罪悪感が湧く。私の行動を見て私に憧れたという令嬢が、両親の意向にものすごく反発しているのだから。

 その時。クロード様との会話が一区切りついたらしいランカスター伯爵が妻と娘を諌めた。


「よさないかお前たち。このように盛大な祝賀の場で言い争うなど、みっともない」


 伯爵の厳しい声色に、二人はハッとした顔をして気まずそうに俯く。


「……大変失礼をいたしました、エリッサ様。お恥ずかしゅうございますわ」

「も、申し訳ございません、エリッサ様。つい……」


 顔を赤らめて唇を引き結んだオリアナ嬢が可哀想で、私はつい夫人に尋ねてしまう。


「……他国に頼れるお相手がいないことが、ネックになっているのですよね?」

「ええ……そうですね。それが一番心配ですの。こんな、ものを知らない娘が一人で留学なんて……もしも何かあったらと思うと……」

「オリアナ嬢は、どこの国にご興味をお持ちですの?」


 私がそう尋ねると、彼女は顔を上げ、明るい表情で言った。


「一番行ってみたいのは、西のセザリア王国です! エリッサ様も何度も足を運ばれていますし、海に面した王国の観光産業にも興味がありますわ!」

「そう。……ランカスター伯爵、夫人、差し出がましいようですが、オリアナさんの留学を前向きに検討するきっかけになるのでしたら、後見役として思い当たるお宅に、私が話を通してみましょうか」

「えっ……」


 私の言葉に、ランカスター一家は目を丸くした。次の瞬間、オリアナ嬢の表情がより一層明るくなる。伯爵夫人が申し訳なさそうに言った。


「まぁ、そのようなお世話をおかけしてしまって……本当によろしいのですか? エリッサ様」

「ええ。話すだけ話してみます。お受けいただけるかは分かりませんが、めぼしい方が見つかれば、検討しやすいでしょうし」


 頭の中にはすでにセザリア王国のいくつかの貴族家が浮かんでいた。それこそ、先日お邪魔したカーデン伯爵家はどうだろうか。領内には彼らの運営する学園もあると聞いたことがあるし、伯爵夫人は人好きで世話好き。弟や妹がいるルジェナ嬢は面倒見がいいから、オリアナ嬢に優しくしてくれそうだ。学生寮に入って過ごすにしても、何か困ったことがあった時に頼れるような、気にかけてくださる身元のしっかりとした大人がいれば安心感が違うだろう。


「エリッサ嬢は本当にお顔が広くていらっしゃる。面倒に巻き込んでしまったようで申し訳ないですが……そうしていただけるとありがたいです」

「ええ。進展がありましたらご連絡いたしますわ。どうぞあまり期待なさらず」


 伯爵にそう返すと、オリアナ嬢が瞳に涙をいっぱい溜めて胸の前で手を組んだ。


「あ、ありがとうございます、エリッサ様……! このご恩は一生忘れませんわ!」

「い、いいのよ。まだ上手く事が運んだわけじゃないから、本当にあまり期待しないで待っていてね」


 そんな会話を交わす私たちを、クロード様は静かに見守っていた。が、またすぐに別の貴族家から声をかけられ、そちらと話をはじめた。

 私はふと、ランカスター伯爵夫人に尋ねてみた。


「そういえば夫人、ご長男のアルヴィン様はお元気でいらっしゃいますか?」


 アルヴィン・ランカスター伯爵令息とは、学園内で何度か会話を交わしたことがあった。卒業以来まだお会いする機会はないけれど。


「ええ。元気にしておりますわ。息子は卒業後王国騎士団に無事採用されまして、本日もあちらで警護を」

「あら、それはおめでとうございます。……ま、本当だわ。気が付きませんでした」

「ふふ。王城の広間は広大ですものね」


 夫人が手で示した方向に視線を送ると、一つの扉の前にいる背の高い赤毛の騎士の姿が小さく見えた。あれがアルヴィン様か。遠すぎてはっきりとは見えないけれど、その整った優しいお顔がぼんやりと頭に浮かぶ。男性にしては色白で、綺麗な肌をしていたっけ。ヘーゼルの瞳はいつも穏やかで、落ち着いた話し方をする、雰囲気の良い素敵な方だった。


(……こちらを見ているのかしら……?)


 何となく、お顔がこちらの方を向いている気がして、私は目で挨拶をし、少し膝を下げてみた。すると向こうも一礼した。……やっぱり見ているみたい。


(ご両親と妹君がここにいることに気付いていらっしゃったのね)


 社交の経験が浅い妹君のことが心配なのだろうか。やっぱり優しいお方なんだな、と、私は温かい気持ちになった。





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