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22. セルウィン前公爵夫妻

(……なんて気持ち良いのかしら……)


 私は心の中で感嘆の声を漏らしていた。背が高くたくましいクロード様は、その武人らしい骨ばった体躯からは想像もつかないような、軽やかで優美なステップを踏む。何があっても決して私が無様な姿を晒すことにはならないと安心できる、腰を支える手のひらの頼もしさ、力強さ。そしてうっとりと身を任せてしまいたくなる、安定したダンススキル。こんなに気持ちよく踊れるのは初めてだった。過去にフルヴィオ陛下と踊ったことは何度もあるけれど、彼はダンスもあまり得意ではない。さっきのキャロルとのファーストダンスも、簡単な曲を選んであったにも関わらず、互いにどこかぎこちなく美しいシルエットではなかった。私も、ステップを間違えがちな陛下の足を踏んでしまわないように、転倒してしまわないようにと常に気を張って踊っていたっけ。

 けれども今はどうだろう。まるで音楽に包みこまれているみたい。クロード様の腕の中で踊っていると、自分がこの美しい音楽の一部になったかのようで、体が自然と動き、心が高揚する。

 私は女性にしてはわりと背が高い方だけれど、それでもクロード様との身長差はかなりある。その上、今日初めて踊るお相手だというのに、この心地良さ。……ああ、まるで雲の上を滑らかに漂っているみたいだわ。


(知らなかった……。ダンスってこんなに気持ち良くて楽しいものなのね)


 会場中の視線が、私とクロード様に注がれている。けれどそれさえもどうでもよくなってしまうくらい、クロード様と踊ることは楽しかった。


「……さすがに上手だ。多方面において完璧な、君の努力の程が窺い知れる」

「……クロード様こそ。こんなにお上手な方と踊ったことはございません。とても……素敵です」


 かけられた声にハッとしてそう答えると、私の腰を支えるクロード様の手のひらにわずかに力がこもった。見つめ合ったその瞳は、穏やかな中にも今までにない熱がこもっているように感じられ、ふいに彼との距離の近さを意識して体温が上がった。


 その後は下位貴族たちのダンスが続き、晩餐会の前にしばしの歓談の時間となった。いよいよご挨拶の時だ。


「行こうか、エリッサ」

「は、はい」


 一気に気持ちが切り替わり、今日一番激しくなった自分の心臓の鼓動に、ますます緊張が高まる。私はクロード様に導かれるがままに、彼らの前に立った。

 遠目にも鋭いその眼光は、今は幾分柔らかいように思える。

 クロード様が私の背にそっと手を当てた。


「父上、母上、改めて紹介を。エリッサ・ハートネル侯爵令嬢です」

「エリッサでございます。ご挨拶が大変遅れてしまいました。セルウィン前公爵閣下、奥様」

「うむ」


 私はことのほか丁寧にカーテシーをした。そう。今目の前にいらっしゃるのは、車椅子に座ったセルウィン前公爵閣下。クロード様のお父様だ。そばに寄り添っている品の良いご夫人が、前公爵夫人。

 過去に大きな社交場で、両親と共に何度かご挨拶させていただいたことはあった。その時から、なんと威厳溢れるお方だろうと慄いていた。その場にいるだけで、空気がビリッと音を立てて張りつめるようだ。今も周囲の誰もが、こちらの会話に耳を傾けている。私とクロード様の動きが気になる以上に、このセルウィン前公爵の雰囲気に圧倒されているのだろう。こうして車椅子に座ってさえいても、その大きな体躯には迫力があるし、くっきりと刻まれた眉間や口元の皺の一つ一つに貫禄が滲み出ている。王族のオーラというものだろうか。……フルヴィオ陛下には、まだ感じられないけれど。


「こうしてお会いするのはもう数年ぶりか。前にお見かけしたのは、まだあなたが幾分幼い頃だったように思う。美しく成長なさった」

「ありがとうございます」


 再び一礼すると、前公爵閣下は続けた。


「息子から突然あなたと婚約したと事後報告された時には驚いたが、もちろん異論はない。クロードは望みうる限り最上の選択をしたと思う。今後のセルウィンを、よろしく頼む」

「もったいないお言葉でございます。私の持てる限りの知識でクロード様をお支えし、セルウィン公爵領の発展に務めて参ります」

「まぁ、頼もしいこと。さすがは社交界一の美貌と知識をお持ちのエリッサ・ハートネル侯爵令嬢ね」


 先ほどから前公爵閣下のそばでニコニコとこちらを見ていた夫人がそう口を挟んだ。


「どうぞ末永くよろしくね、エリッサさん。私のことは気軽にレミラと呼んでくださいな」

「はい。ありがとうございます、レミラ様。ぜひ今後とも、よろしくお願い申し上げます」


 そう言ってくださる彼女の瞳の奥には、前公爵のような鋭さもなければ、こちらを値踏みするような雰囲気もない。夫人は温厚で気さくな方のようだ。私は少しホッとした。セルウィン前公爵が再び口を開く。


「あなたとは少しゆっくり話をしたいのだが、今日この場では無理だな。近日中に公爵領の別邸まで、足を運んでもらえるか」


 この方からこのように要請され、断れる貴族もいないだろう。


「承知いたしました。伺います」


 私は丁寧にそう告げた。

 ちょうどその時、晩餐の席への案内が始まった。私はクロード様にエスコートされながら、大勢の来賓たちと共に次の会場へと移動した。いよいよ貴族たちにとっての本日のメインイベント、新国王夫妻への賛辞とご機嫌とり、そして利のある重鎮たちへの挨拶回りが始まるのだ。

 

 けれど、その晩餐会で今夜誰よりも注目を浴びたのは、新国王夫妻ではなかった。







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