お菓子作り
「まさか、公爵夫人になった方がお菓子を自分で作ろうとなさるなんて」
「奥様はお菓子作りが好きなのですか?」
旦那様から許可を得て、厨房へと顔を出すと料理人たちには驚かれてしまった。
一部の方には、私が旦那様の気を引くためにこういうことをしていると思われたりしてしまっているみたい。
「坊ちゃまたちと仲良くなったところで、旦那様の気は引けないと思いますわ」
そんな風に要らぬ助言をしてくるような存在までいた。本当に余計なお世話だわと思うけれど、こういう人ってどこにでもいるのね。
ただ私付きの侍女達はそんな存在に怒っていた。
「奥様、あのような言葉は気にする必要はありません!」
「名実ともにクーリヴェン公爵家の奥方は奥様なのですからね堂々としていて大丈夫です! あの方には注意してきます」
そう言ってもらえて、思わず笑ってしまった。
やっぱり良い人達がこの公爵家には多い。私は既にもうこの場所が好きになっている。
こんなに簡単に好意的な気持ちになっているなんて、私はなんて単純なのだろうかと自分に呆れてしまう。
食材を使わせてもらって、クッキーを焼いてみることにする。
こうやってお菓子作りに勤しんでいると、実家にいた頃のことを思い出す。
お父様やお母様、弟たちは元気にしているだろうか。私がこうして突然バルダーシ公爵家に嫁ぐことになって、寂しがっているだろうか。私は……寂しいなと思う。
だって私はきっと、もう実家の家族に会うことは叶わない。仮に私を縛っている魔法をどうにか出来たとしても……家族の元へと帰ってしまえば迷惑をかけてしまう。大切な家族がそういう目に遭うのだけは避けたい。
バルダーシ公爵家は私の実家なんてどうにでも出来るだけの権力を持ち合わせているのだから。
前世の記憶を思い出す前の私は、格上であるバルダーシ公爵家からの命令にいっぱいいっぱいになっていた。恐ろしくて仕方がなくて、旦那様のことを殺さなければならないのだとそういう気持ちでいっぱいだった。周りのことなんて考える余裕なんて欠片もなくて――私は自分のことばかり考えてしまっていた。
前世の記憶を思い出して、今の私自身のことを客観的に見てみるとそれも仕方がないことだとは思う。初めて親元を離れて結婚をする際に、結婚相手のことを殺すように命じられるなんて普通ならば絶対に経験しないことなのだから。
考えてみれば今世の私はまだ十八歳。前世で言うならば高校生だ。その年でこんなことを命じられるなんて大変な事態すぎる。
確かにこの世界だと前世と比べて結婚の年齢が早かったりは当たり前にするけれど……。
「奥様! 焦げてしまいますよ」
声を掛けられて、私ははっとする。
やっぱり色んなことを考え込んでしまうと、駄目ね。考えなければならないことは山ほどあるけれど、周りに悟られないようにしなければならないわ。
「少し、ぼーっとしていたわ。声をかけてくれてありがとう」
私は私のやれることを進める。そのためには周りに私のことをさとらせない方がいい。……どちらにしても私の現状を誰かに伝えることはできないけれどね。
クッキーは色んな味を作っておいた。
味見をしてみると我ながら美味しく出来ていて嬉しかった。
その場にいた料理人や私についてくれている侍女達にも味見してもらった。この公爵家の夫人である私の作ったお菓子を食べるなんてと最初は遠慮していたけれど、私が何度も勧めると食べてくれた。
「美味しいです!」
「奥様はお菓子を作るのが本当にお上手ですね」
そんな風に褒められると、思わず嬉しくなってしまった。
それにこうやって私の作ったものを美味しいと言ってもらえるのはただただ嬉しいことだった。
「ありがとう。これからティアヒムとクリヒムに持って行こうと思うのだけど、受け取ってくれるかしら?」
ティアヒムとクリヒムが料理人達や侍女達と同じように笑ってくれたら嬉しいなと思う。
今は私に対して笑みの一つも見せない子供たちの笑顔が……死ぬ前に見られたらきっと私は満足するだろうなと他人事のように考える。
「受け取ってくれるはずですわ」
周りからそう言われて、その足で二人の居る場所へと向かうことにする。
「ティアヒム、クリヒム、一緒にお菓子を食べない?」
「……食べない」
「ぼ、僕も」
だけど、残念なことにそう言って断られてしまった。
流石に無理強いは出来ないので、「そうなのね。分かったわ」といって一旦その場は引くことにした。
「奥様……。折角ティアヒム様達のために作ったのに食べてもらわなくて大丈夫なのですか?」
「こういう時に無理に押し付けるのはよくないわ。私が子供達のために作ったからといって、必ず受け取らなければならないわけではないもの。私のためにそういってくれているのは分かるけれど、だからといって気持ちを押し付けて無理強いをしたのでは本当の意味で仲良くなんてなれないわ」
私がそう言ってにっこりと笑いかければ、侍女達は頷いてくれた。
それから子供達に受け取ってもらえなかったものは、屋敷に勤めている使用人たちにプレゼントしたりした。
次に作った時には、気まぐれでもいいから受け取ってくれたら嬉しいなとそんなことを考えた。