目を覚ました私
「ん……」
目を覚まして、ぼーっとしてしまう。
ふかふかのベッドは、心地が良い。
寝ぼけたまま瞳を開ける。そこではっとして思わずきょろきょろとあたりを見渡してしまう。
旦那様はいない。
昨夜、一緒に寝たことが夢のように感じられる。それどころか結婚式をあげたことでさえも。
だけどこの部屋は初夜のために通された夫婦の寝室なのは確かで、現実なんだなと思う。
……私が前世の記憶を思い出したことも、旦那様を殺す密命を受けていることも。
残り二か月。どう動こうか?
私は前世の記憶を思い出してから、これから先のことをずっと考えている。
私が残りの時間を後悔しないように過ごすために、何が出来るだろうか。
そんなことを考えていると部屋の中に侍女達が入ってきた。彼女たちは私が旦那様と夜の営みを行わなかったことは分かっているようだ。それでも私のことを当主の妻として認めて、笑いかけてくれる。
寧ろ旦那様と一緒のベッドで眠っただけでも彼女達からすれば凄いことらしい。
「旦那様って、噂と違って優しい方よね」
私がそう口にすると、驚いたような顔をされる。
「そんなことを言える奥様は凄いです! ご当主様の奥様に相応しいです」
そう言って目を輝かせているのは、フルヴェラというまだ若い侍女だった。私と同じ年ぐらいか、もう少し下かしら? こげ茶色の可愛らしい顔立ちをしている。
「そんなことないわ。旦那様は優しいから突然嫁いできた私にも最低限、優しくはしてくださっているけれどそれだけだもの」
こんな風に言われるのは悪い気はしない。けれど、私は短期間でこの場を去る予定の花嫁だ。そのことを思うと少しだけ何とも言えない気持ちになる。密命なんて受けていなくて、ただの政略結婚であったなら――このような言葉を素直に、喜んで受け止めることが出来ただろうなとそう思う。
「それが凄いのですよ。旦那様の噂、奥様も聞いてこられたと思います。それでも優しいって言えるのが素敵だなと」
「確かに旦那様の噂は聞いたことはあるわ。旦那様は目立つ方だものね。恐ろしい噂は聞いたことはあったけれど、実際に会ってみると優しい方だというのは分かるわ。本当に恐ろしい方だったなら、私に対しての態度ももっとひどいはずだもの」
確かに恐ろしい噂は山ほど聞いてきた。それでも本当に冷たくて、人を人と思わないような人間だったら――私に対してもっと幾らでも冷遇出来るのだ。それに本当にそういう人なら、屋敷で働く人たちにこんな風に慕われていることなどないもの。
私がそう言ったら、使用人たちも嬉しそうに笑っていた。
その後、家族で食事をとるために食堂へと向かった。食堂も、実家の子爵家のものと比べものにならないぐらい大きいの。
美味しいものを食べているだけでもなんて幸福なのかしら。
朝から幸せな気持ちでいっぱいだわ。
ただ旦那様と子供達は食事中にあまり喋らないのよね。これが普通なのかしら。それとも私が居るからあまりしゃべらないようにしているとかかしら。もっと仲良くなれれば私にもっといろんなことを話してくれるようになるだろうか。
ぜひとも仲良くなりたいなとそういう気持ちでいっぱいになる。
「ティアヒムはその食事が好きなのかしら」
今日のメニューのスープを朝からティアヒムはおいしそうに食べていた。無表情に見えるけれど、よっぽど好きなのだなというのがよくわかる。こういうのを見ていると自然と笑顔になってしまうものよね。
私の言葉にティアヒムは少し恥ずかしそうにしながらそっぽを向いて、「あなたには関係ありません」とそんな風に冷たく言われてしまった。
やっぱり突然やってきた継母に対して思うことがあるのだろうなと思う。むしろ警戒心があるのは素晴らしいことだと思う。
せっかくだからできれば仲良くできたほうが嬉しいなと思う。
正直言って私はたった二か月でこの場を去る身だから、あまりにも懐に入りすぎると問題はありすぎるかもしれない。
だけど――ちらりっと視線を向けるだけでもバルダーシ公爵家の手のものがいるのがわかるわ。
私はクーリヴェン公爵家にいても、やっぱり監視されたままなのだ。だから、逆に距離を置き続けるというのも悪手であるといえるだろう。私が旦那様を殺す気がないと分かれば、私は不要な存在となるだろう。さっさと処分して、新たな刺客を派遣するとかそういうことになるかもしれない。
そんなことを考えると私にもっと力があるといいのになとないものねだりをしてしまう。
……前世で読んだ異世界転生ものの物語などでは、チート能力を持ち合わせたりなどもあったけれど私にはそんなものはないのよね。本当にそういう力があればこういう状況でも自分の力でどうにでもできただろうになと自分の力不足を感じてしまった。
だから私はできることをコツコツやるだけなのよね。
子供たちともっと距離を縮めるためにはどうしたらいいのかしら。
私は食事をとりながらそんなことを考えるのだった。