これからの話と、旦那様の気持ち
「ぶっ、母上はやっぱり可愛いです」
「……ティアヒム、ウェリタはなんて?」
「勝手に母上の思っていることは伝えられませんよ。それより話を続けますよ」
にこにこしているティアヒムはそのまま、クリティド様に話の続きをするように促す。それにしても今思っていることもティアヒムには知られてしまっているのね。少しだけ恥ずかしいわ!
「君が大変な状況にあることは、ティアヒムがその心を読み取って知ったことだ。それで君がどうして二か月で去ろうとしていたのかもわかった。……私は、ウェリタに死んでほしくない。だから、ウェリタに密命を与えた公爵家は潰した。王家にもきちんと報告をし、正当な手段で潰したから安心してくれていい」
「そ、そうなんですか。そんなことをしても大丈夫なんですか……?」
「問題ない。君はあくまで自分の命を盾に命じられていただけなのだから、何も心配しなくていい。それにしても……なぜ、それで自分の命を諦めようとしたんだ?」
「え、だって……結局、命令を聞いても聞かなくても待っているのは私の死じゃないですか。私は魔法もそんなに使えるわけではないですし、失敗する未来しか見えませんし。それに私はクリティド様……」
「クリティドだ」
「……クリティドに死んでほしくないと思いました。それにティアヒム達から父親を奪うことなんてしたくないと。だからそのまま消えてしまおうと思ったのです。事故に見せかけて死んだら、大丈夫かなと思って……。魔法のせいで事情をクリティド達に説明することも出来ないですし、屋敷内で監視――って、クリティド、本当に大丈夫ですか? 屋敷内にも……」
私は途中まで話して、クーリヴェン公爵家の屋敷内にも、監視が居たことを思い出し声をあげる。
だって……クリティドが問題がないと思っていても、まだ潜んでいるなんて恐ろしいことがあったら――!!
そう思うと、怖くて身体が震える。怖くて、恐ろしいの。
そんな私に旦那様は、優しい笑みを浮かべている。
「問題ない。それも対応している」
「なら良かったですわ! えっと、それで監視もあったので違和感を持たれないように行動しました。私自身、クリティド達と仲良くなりたいと思っていましたし、最期に良い思い出を……と思ったので仲良く出来て嬉しかったです。監視は私が密命をこなすために仲良くなっていると判断してくれたみたいです。もちろん、そんなことはないですけど」
「大丈夫だ。ちゃんと、分かっている。それにしても……本当に君を救えてよかった」
私の説明を聞いたクリティドはそう言って、安堵したように息を吐く。……私は、私が死ぬのが一番丸く収まると思った。
……そうすることが、最善だって。
でも違ったのかも知れない。今、これだけ目の前で私が居なくなったことを考えただけでこんなに悲しそうな表情をしているのだ。こんな風に、彼らのことを私は悲しませたかもしれない。
「……はい。ごめんなさい」
「なぜ、謝るんだ?」
私の謝罪を聞いて、旦那様は怪訝そうな表情を浮かべる。
「……私は、誰かに助けてほしいっていうのも、無理だって。だから私が……死ぬ方が丸く収まるって、そう、思いました。でも……、勝手に、諦めてしまっていたなって……。私、本当は……生きられるなら、生きたいって思っていたから。だから……」
私はそう口にしながら、気づけばぽろぽろと涙があふれだしてしまった。
……私は前世の記憶を思い出して、現実味のない感覚になっていた。ううん、そういう風に切り分けて考えるように無意識にしていたのだと思う。
だって自分の死はそう簡単に受け入れられるものじゃなくて。
だけど、私には力がなくてどうしようもないから……だから前世の私と、今の私を切り分けて考えて……なんだろう、敢えて現実だと思わないようにしていた。そうしないと、ずっと泣き出してしまいそうだったから。生きたいって叫んで、壊れてしまいそうだったから。
我慢していたものが、溢れ出して、涙が全然止まらない。
泣きわめく私のことを、クリティドは抱きしめてくれる。服が汚れてしまうわと思うのに、その体温に安心して、涙が、ぽろぽろとこぼれる。
――それに、私もクリティドも生きているのだと実感してほっとしてしまった。涙が止まらないのは、嬉しいからというのもある。
私も、クリティドも……生きている。
私は絶対にどちらかが亡くならなければならないとそう思っていたのに。二人とも生きたまま未来を歩めるなんて全く思わなかった。
だから、ただ泣いてしまった。
「旦那様、ごめんなさい。泣いてしまって……」
「気にしなくていい」
「でも旦那様の服が、私の涙で汚れてしまって……」
「それも気にするな」
大泣きしてしまったことを謝ると、クリティドは気にしなくていいと笑った。
私を慈しむような笑み。駄目だわ。思いっきり泣いた後なのに、また泣き出しそうになる。
それにしても、こんな風に子供達の前で泣いてしまうなんて恥ずかしいわ。でも子供達はにこにこと私のことを見ているけれど。
でも泣いてばかりではいられないわ。私はこれからのことを考えなければならないと口を開く。
「この後のことなのですが、私は実家へと戻ろうと思います」
私はそうするのが自然だと思った。だけれどもクリティドは凄い顔をする。
「何を言っているんだ?」
「え? 何をって。だって私は密命のために養子になった身ですし……。元々子爵家の出ですもの。それにクリティド達が許してくれても私がクリティドの命を狙う密命を与えられたことには変わりありませんし……」
考えてみて欲しい。そんな私がこのまま公爵夫人としてとどまり続けるなんて体裁も悪すぎると思う。だから私は大人しく実家に戻った方がクーリヴェン公爵家のためだと思ってしまった。
あることないこと噂されてしまうだろうし、そもそも私とクリティドの結婚は密命があったからこそ結ばれたもので白い結婚だし、問題ないと思うのだけど……。
私はクーリヴェン公爵家にも、クリティドにも迷惑をかけたくない。
「ティアヒム、クリヒム、外へ」
考え事をしていたらいつのまにかクリティドがそう言って、子供たちが部屋の外へと出て行った。
「ウェリタ、口づけをしても?」
「え?」
何を言われているのか、私はさっぱり分からなかった。
「嫌か?」
「え、えええっと、い、嫌ではないですけど。な、なんで、突然!?」
結婚式の時には軽く口づけはした。その時にこんな素敵な方と口づけが出来るなんて一生分の幸福だなどと思っていた。それなのに、なぜ、今!?
い、嫌なんてそんなわけはないけれど。それにクリティドにそんな表情をされたら断るなんてまず無理!
混乱している間に深く口づけられて、その後はもうすごかった。
いや、あの……ひたすら口づけされて、抱きしめられて、「好きだ」とか「可愛い」とか愛を囁かれてしまったの。夜の営みはなかったわ。
「――ウェリタの気持ちが追い付いてから」
そんな風に言われたのだけど! でも口づけだけでも本当に凄かった。私がどうして私なんかをという度に、クリティドが私をどれだけ好きかが倍になって返ってくるというか……。
い、いつからクリティドは私のことをそういう意味で好きだったのかしら。確かに優しくはしてもらえたし、笑いかけてももらったし……。でもどうせすぐいなくなるしって深く考えていなかった。
私は私自身のことを客観的に見るように心がけて、そういうことも考えないようにしていて……ああ、だから気づいてなかっただけなのか。
私は散々、クリティドに愛を囁かれて、赤面して、動揺してばかりだった。そんな私を見て、クリティドは本当に楽しそうに笑っていた。




