結婚式と、旦那様との話
「奥様、綺麗です!」
「こんなに可愛らしい奥様にお仕えすることが出来るなんて嬉しいです」
なんだろう、こんな風に褒められると照れてしまう。
侍女達はにこにこしながら、私のことを見ている。なんというか、旦那様本人や子供達はともかくとしてこの屋敷に仕える人たちは私のことを受け入れているというか、私が嫁いでくるのを喜んでくれているというか……。
単純にそういうのを見ると、ただ嬉しくなる。
だけれどもこれだけ受け入れてもらっても、結局私は二か月たったらここを去るのよね。そう思うと何とも言えない気持ちにはなった。
まぁ、こんなことをいちいち考えていても本当にどうしようもないので、一旦頭の隅にどけておくことにする。
本当に前世の記憶を思い出せてよかった。
思い出していなかったら――私はこうやって自分のことを客観的に見ることなんて出来なかった。
それにしてもこんな綺麗なドレスを身に纏って、結婚式をあげるなんて思ってもいなかったなぁ。
密命を受ける前は、正直結婚のことなんて何も考えていなかった。私は子爵家の長女でしかなくて、どちらかというと弟の結婚の方が大事だもの。跡取りだしね。
社交界デビューはしていたけれど、天災により色々と余裕はなかった。だからパーティーなども必要最低限しか出たことがなかった。そんな状況で嫁ぎ遅れになるんだろうなとは思っていた。
だから結婚式に関しては、ただ嬉しいなと思う。
着飾った私はそのままクーリヴェン公爵家の屋敷内で結婚式が行われる。立会人は神官と子供達だけ。
簡潔に誓いの言葉を神官に述べられ、それに私たちは頷く。
旦那様は私の方を見ることもほとんどない。……本当にあまり関心がないのだろうなというのはよく分かる。それでも嫌悪感がないのは分かる。
それに……バルダーシ公爵家の人達に比べたら全然怖くない。
――あの男を殺すのだ。
そんな風に冷たい瞳で、それこそ私の命なんてどうでもいいと……虫けらのようにしか思っていない瞳に比べると寧ろ温かみさえある。
思い出したらぞっとしてしまった。
でもそんな恐ろしい気持ちは、旦那様からの誓いの口づけによって吹き飛んだ。
綺麗な顔が視界いっぱいに広がる。なんて美しい顔立ちなんだろう。同じ人だと思えないぐらいのその美しさに……私は見惚れてしまう。そして恐怖心なんて吹き飛んでしまった。
きっと旦那様は私と口づけをすることに何の意味も感じていないだろう。それでも私にとっては――やっぱり死ぬ前にこんな素敵な旦那様が出来るのは最高のことなんだってそう思った。
式が終わった後、ふわふわした気持ちでいっぱいだった。
なんだか、自分が結婚した実感なんて全くわかなくて不思議な気持ち。
屋敷に仕える人たちが用意してくれた食事をとる。
とはいっても基本的に私は会話を振られたりすることはあまりなかったけれど。それでも――旦那様と子供達と一緒に食事をとれるのは楽しかった。
それに食事は奮発してくれたみたい。美味しいものを食べるとなんて幸せな気持ちになるのだろうか。
……どんどん口に入れて、女性にしてははしたないと言われるぐらいに食べてしまいそうになったわ!! 我慢したけれど。
だっていきなり沢山食べ始めると引かれてしまう可能性はあるもの。
そういうわけで私はそのあたりは我慢して、貴族令嬢としてきちんと礼儀正しく食べたわ。一般的な食事量を心がけて食べたの。
それにしても食事をとる姿でさえも綺麗だし、可愛い。
旦那様も子供達も、見ているだけで幸せな気持ちでいっぱいになっている。
夜になったら旦那様にきちんとお話をしなければいけないわ。……ちゃんと、旦那様は私の話を聞いてくださるのかしら。
変なことを言うなと訝しがられたりしてしまうのかな。
私はそんなことを考えると、妙に緊張してしまった。
だって旦那様は私なんかのことはどうにでも出来るだけの力を持ち合わせているもの。尤も流石に、いきなり殺されることはないとは思っているけれど。だって恐れられているとはいえ、そんな人だったら貴族家当主なんて出来ないものね。
食事を終えた後に、私はふーっと息を吐く。
侍女達に身体を磨き上げられたけれど、そういう必要はないのにね。
どちらにしても旦那様も、いきなり押し付けられた私と関係を進んで持とうとなどしないだろうし。
でも寝室で旦那様を待つのは少し緊張するわ。
ベッドに腰かけてドキドキして、落ち着かない。
旦那様がこちらを訪れるのも妙に落ち着かないし、話を聞いてもらえるだろうかとそういう気持ちでもいっぱいになる。
しばらくして旦那様がやってきた。
……なんて、色気!!
変な声をあげそうになったわ。
旦那様はベッドに腰かける私に近づいてくる。って、見惚れている場合じゃないわ。話をしないと!
「旦那様! 話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「私、事情があって二か月で離縁したいです!」
「……何が目的だ?」
突然の私の言葉に、旦那様は眉を顰める。そういう怪訝そうな表情も様になっているわ。
その鋭利な、宝石のような赤い瞳は見つめられると吸い込まれてしまいそうだ。こういう風に見つめられると、おびえてしまうような人もきっといるんだろうな。私も……ちょっとした怖さはある。それでも私は怖いよりも、綺麗だなと思った。
「理由は言えませんの。申し訳ございませんわ。勝手に私が出て行ったとでも処理していただいて構いませんわ。だから夜の営みもなくていいと思うのですわ! ただこの屋敷に滞在している間は仲良く出来ればと思いますの」
本心からの言葉を口にする。
きちんと説明が出来たことにほっとする。それにしても突然、こんなことを言いだすなんてどう思われてしまうだろうかと少し怖くなる。
だけど、私には時間がない。
きちんと言葉を伝えなければならないのだと、私はそう思っている。だって残り少ない時間を後悔なんてしたくない。
「分かった」
旦那様はそう言ったかと思えば、ベッドに寝転がった。
「旦那様……?」
「寝るぞ。手は出さないから安心しろ」
旦那様はそう言った。
私の望み通り、夜の営みはする気はないがここで眠るつもりではあるらしい。それは周りから面倒なことを言われるのが嫌だからだろうか。
「はい! おやすみなさい、旦那様」
男性と一緒に寝るだと、何をされてもおかしくない。それでも旦那様は私が望まなければそういうことをすることはないだろうとは分かった。勝手に私は出会ったばかりなのに旦那様のことをどこか信頼してしまっていた。
私は初めての結婚式の疲れと、旦那様と話が出来てほっとして……そのままいつの間にか眠りについてしまった。
そんな私を旦那様が呆れた目で見ていたことを私は知らない。