バルダーシ公爵家の手の者からの接触
商人から購入したドレスに袖を通す。
赤色の動きやすいドレスは、綺麗で、鏡の前に立つと気分が高揚する。
なんだか鏡に映る私は別人みたいに見える。新しいドレスだからと、侍女達が張り切って髪型も普段と違うものにしてくれていた。
「奥様、綺麗です!」
周りからそんな風に言われて、嬉しい気持ちになる。
「ありがとう」
私が綺麗に見えるのは、着ているもののおかげな気もするけれどそういう風に言われて悪い気はしない。
それにしてもかなりの数のドレスを購入してもらったから、色んなドレスがこれからも着れるのね。それは朝から気分が上がりそうなものだわ。
今日は何をしようか。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、一つの声に呼び止められる。
「ウェリタ・バルダーシ」
……私は結婚してクーリヴェン公爵夫人になっているにもかかわらず、バルダーシの家名を口にするのは彼にとっては私は“クーリヴェン公爵夫人”ではなく、使い捨ての駒でしかないからだ。
バルダーシ公爵家の手の者――この家の中に、執事として何年も前からもぐりこんでいる存在だ。
彼のことも、私は魔法で縛られているから旦那様に告げることはできない。それにきっと潜り込んでいるこの執事は本当にこれまで何の問題も起こさず執事として過ごしているのだろう。
――こういう人に話しかけられると、高揚した気持ちが一気に下がる。
本当に長い時間をかけて、バルダーシ公爵家はクーリヴェン公爵家を潰そうとそう思っているのだと分かる。
「何の用でしょうか?」
「随分、クーリヴェン公爵家の者達と仲良くなっているようですね」
「……それが何か?」
息が詰まる感覚になる。
ついこの屋敷で過ごしていると楽しくて、密命のことなんて忘れてしまいそうになる。
旦那様のことも、子供たちのことも――私はすっかり大切になっていて、皆と過ごしているだけで楽しい気持ちでいっぱいになる。その気持ちを覆いつくすぐらいに、暗い気持ちになる。
「お菓子にでも毒を入れたらすぐに殺せるのでは?」
私が受けた密命は、旦那様を殺すこと。
だけどバルダーシ公爵家は、旦那様を殺せさえすれば他の誰かが被害にあっても構わないと思っているのだろう。それこそ子供達がその過程で死んだとしてもそれでもいいと思っているというのは分かる。
「クーリヴェン公爵家ならば毒への対処法をお持ちかと。それに耐性もあるかもしれないですし」
ああ、もうこういう人と関わらなければならないことが嫌だなとそういう気持ちでいっぱいになる。
「確実性にも欠けますし」
じっと冷たい瞳で見つめられると恐ろしい気持ちが頭をしめる。
どうにかごまかせるだろうかと、緊張感が増す。私が……旦那様や子供達を本当に、心の底から殺す気がないと知ったらすぐに殺されてしまうのだろうか。
それを私は知っているから、慎重に――言葉を返す。
「そうですか」
冷たい瞳と、声色。
……人に対して冷たいと噂の旦那様よりも、こういう人たちの目の方がずっとそうだ。
私のことを捨て駒としか見てない、私が失敗しようが成功しようがどうでもいいと思っている。
旦那様は優しい。少なくとも私のことを捨て駒とかは思ってない。私が何かしらの不幸にあえば少なからず心は痛めてはくれるだろう。
……やっぱり私は、旦那様のことを殺したくはないなと改めて思う。
「愚かなことは考えぬように。このままではあなたが死ぬだけですよ?」
私の表情を見てそんなことをその執事は言った。
「分かっておりますわ。私も自分の命は大事ですもの」
私はそう告げて、そのまま続ける。
「ですから、安心してくださいませ」
私がそう言うと、執事は頷いて去っていった。
ふぅっと、息を吐く。
私はバルダーシ公爵家から密命を受けるまで、こういう誰かの命に纏わるような恐ろしい事に関わったことはなかった。だから、ああいう人たちに遭遇すると落ち着かない。
気を取り直して、子供達の所に行こう。
「……子供たちには悟られないようにしないと」
私はそんなことを呟く。
特にティアヒムは敏い子だから、私が暗い顔をしていると何かしら察するかもしれない。それに旦那様だってあんなに優しい人だから、下手に気づかれないようにしないと。
「わぁ、ウェリタさん、いつもと雰囲気違うね!」
そして子供たちの元へと向かうと、目を輝かせたクリヒムがにこにこしながらそう言ってくれた。
ああ、こういう無邪気な様子を見ると曇っていた心が晴れていくわ。




