クーリヴェン公爵家に到着した。
「お初にお目にかかります。ウェリタ・バルダーシと申します。これからよろしくお願いします」
馬車から降りて、私を出迎えるために入口に立っていてくれたクーリヴェン公爵とそのご子息二人が出迎えた。
冷たいという噂だけでも、政略結婚の相手である私のことをこうして出迎えてくれようとしているだけで十分に優しいのではないかしら? 前世で読んだ政略結婚物だと最初からクライマックスというぐらいに酷い扱いをされている作品を多々見かけた気がするもの。
「クリティド・クーリヴェンだ。よろしく頼む」
「……ティアヒム・クーリヴェンです。よろしくお願いします」
「クリヒム・クーリヴェンです」
お三方ともなんて綺麗なのかしら! 正直言って前世も今世も私は普通の顔立ちだ。それに比べるとクーリヴェン公爵もそのご子息二人も本当に美しいの。見ているだけで幸せな気持ちになりそうよね。
旦那様は海のような青い髪と、ルビーのような赤い瞳を持つ美男子だ。私よりも九歳年上だと聞いているけれど、実際の年齢よりも若く見える。
そのご子息である二人も父親似なのかとても綺麗だわ。
ティアヒム様は煌めく金色の髪と、赤い瞳。この髪色は亡き奥様の髪色を引き継いでいるらしい。クリヒム様の方は旦那様と髪も瞳の色も一緒ね。だけど雰囲気はお二人とは少し違うわ。元奥様似なのかしら?
子供達二人は挨拶だけしてその場をすぐ去って行った。私のようにいきなり現れた継母を警戒するのは当然のことだと思うわ。
旦那様も侍女に私を任せるとその場を去って行ってしまった。
必要最低限の挨拶だけはして、歓迎はしていないのだろうなというのが見てとれる。
「奥様、気を悪くしないでくださいね。ご当主様達は悪い方ではありませんから」
「気を悪くなんてしていないわ。寧ろきちんと出迎えてくださったことが私は嬉しかったもの。冷たい方だと噂されていたけれど、そうではないと思ったわ」
私がそう告げると、案内の侍女は嬉しそうに微笑んだ。
よっぽど旦那様のことを慕っているのだろうなというのがよく分かる。その様子を見ただけで私の旦那様となる人は悪い人ではないのだろうなと思う。
――本当に、何の裏事情もなくただ此処に嫁いでこられたのならばなんて幸せな話だったのだろうかなんて思う。
ただの政略結婚であるなら、私は全力でクーリヴェン公爵家に馴染むように努力をしてそのまま幸福になれただろうな。
そんなことを考えながら私は侍女に部屋へと案内される。
「こちらが奥様の部屋になります」
「まぁ! 素敵ね」
私は案内された部屋を見て、思わず声をあげた。
だってあまりにも素敵だったから。家具なども新調されているようで、私が過ごしやすいようにという心遣いが感じられる。
「ひとまずこのように整えさせていただいておりますが、奥様の好みに合わせて模様替えをしていただいて構いませんとのことですので」
「分かったわ」
なんだか侍女の言葉を聞いていると、旦那様が冷たいだなんて嘘では? なんて思ってしまった。
だって私を迎えるために部屋を整える指示を出したのも、私が好きに模様替えして良いという意向なのも全て旦那様でしょう? 旦那様が政略結婚の相手で、特に望んだわけでもない妻でも――その意思を尊重しようとしているというのは分かるもの。寧ろ優しいのでは?
私がずっとこの屋敷に留まるのなら、どんな風に模様替えをしようかと心を躍らせたと思うわ。
それからバルダーシ公爵家が用意してくれた荷物を部屋の中へと運んでもらった。
これだけ見ると私がバルダーシ公爵家にそれなりに大切にされているように見えるかもしれない。
でもそれは所詮、見せかけでしかないことを私は知っている。
あくまで私と言う存在を利用するためだけに大切なふりをしているだけだ。用意された衣服類なども特に私の好みが反映されたりなどされておらず、適当に人気なものが用意されているだけだ。
一人になりたいと告げると侍女達は部屋を後にしてくれた。
長時間の移動で疲れているからだろうと、勝手に納得してくれたようでほっとする。
私は部屋に置かれている椅子に腰かけて、ふうっと一息を吐く。
クーリヴェン公爵家に辿り着いてしまった。私が把握していないだけで、きっと監視の目は存在するだろう。
それにしても旦那様も、子供達も素敵だった。
これから毎日、家族として彼らの顔を眺められるなんて本当に素晴らしいことだわ。私がその顔を眺められるのも期間限定なのだから、その間に思う存分見ておかないと!!
そう考えると、少しだけ気分が沈む。
――少なくとも未来において、私と旦那様。その両方が存在している確率は限りなく低い。ううん、ほぼ私たちのどちらかは居なくなる。
それはなぜかというと、私が……旦那様となるクーリヴェン公爵を殺すようにという密命をバルダーシ公爵家から受けているから。
表面上はクーリヴェン公爵家と仲良くしていても、その実は蹴落としたいと考えているのだ。元々下位貴族の出である私は、上位貴族の考えていることは全く分からない。
正直言って、そんなことはしたくない。
そもそも旦那様がもし亡くなったらあの可愛い子供たちはどうなるのだと怒りさえ湧く。
それでも私は少なくとも表向きはそれを実行しようとしている風にしなければならない。寄親であるバルダーシ公爵家に逆らうことは難しい。……それに私は魔法をかけられてしまっている。
私は……旦那様のことを殺さなければ、三か月後に死んでしまう。
だから私と旦那様の、二人ともが生き延びるのなんてほとんど無理なのだ。