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旦那様に心配される。

「君は……本当にティアヒムとクリヒムを可愛がっているのだな」

「私は子供が好きですもの。存在しているだけで可愛くて仕方がないですわよね」




 うん。存在しているだけで素晴らしいことだと思っているわ。

 残り少ない時間をあんなに可愛い子供達と過ごせるのだと思うと、それだけでも嬉しい。





「というか、旦那様。私が食べているのを見ているばかりで食べてないですね。食べないんですか? 折角旦那様に食べて欲しくて作ってきたので食べてくださいよ」

「……ああ」



 私の言葉に旦那様は、ホットケーキを食べ始める。

 旦那様って……結構素直というか、人の言うことを簡単に聞いてしまう部分があるんだなと思う。




 私みたいな……政略結婚の相手が作ってきたホットケーキを躊躇なく口にしていて、やっぱりこうして実際に話す前のイメージとは全く異なるな。

 旦那様は私の目の前で、もぐもぐと口を動かしている。

 手が止まっていないのを見るに、美味しいと思ってくださっているのかな。それにしてもやっぱり男の人は沢山食べるよね。

 私の弟は食が細かったけれど、旦那様は背も高くてよく食べるというか…。あんなに可愛いティアヒムとクリヒムも同じように背が高くなるのかな。……そういう未来を私が見られないのはちょっと悲しいな。





「旦那様、美味しいですか?」

「ああ」

「それならよかったですわ。旦那様はどういったお菓子が好きですか?」

「……そうだな。フルーツは好きだ」

「まぁ、そうなのですね。でしたら今度からフルーツを使ったものを作りますね」

「君はずっとお菓子を作ってばかりだな。……公爵夫人になったのだからその分のお金は使っても構わないのだが」

「最初に言った通り、私はそのうちここを去る身ですもの。そんな高価なものなど要りませんわ」




 これから死が待っている状況で物をため込んだところでどうしようもないもの。今世で亡くなった後、その先にまで物は持ち込めない。……思い出は覚えておけたら嬉しいけれどね。

 このクーリヴェン公爵家で過ごす、穏やかな日々。

 旦那様のことも、子供たちのことも、それにここに仕えている使用人達のことも――私は皆が好きだと短い期間で思っている。

 その思い出を、亡くなった後も覚えていられたらいいのになってそんな夢物語を思う。





 旦那様は私の言葉を聞いて、私のことをまじまじと見る。




「どうなさいました?」

「短期間であろうとも君はこの家の夫人だ。だから気にせず使えばいい」

「んー。そうは言われても……」



 旦那様の言葉を聞いて、私は悩む。


 正直急にお金を使ってもいいと言われても、悩んでしまうわ。今、欲しいものというと……。




「そうですわね。じゃあ……私、子供達に何か買ってあげたいと思います」

「子供達に?」

「はい。一緒に過ごしてくれるようにはなりましたけれど、まだまだ笑顔を見せてくれているわけではないですし、折角お金を使えるなら子供達に喜んでもらえた方が嬉しいなと」



 ティアヒムとクリヒムは一緒にお菓子を食べてくれるようになって、それだけでも嬉しいけれど……。なんだろう、いざ喋ってくれるようになったらもっと笑顔を見たいなとそう思ってしまった。

 ……これから此処からいなくなる予定で、死ぬ身なのにこんな風に考えているなんて私のエゴかなってそれを思うと少し複雑な気持ちにはなる。

 だけど私の欲しいものは――思いついたのはそのくらい。あとは……ともう一つ思いついたものを口にしてみる。



「他に買いたいものだと、お菓子の材料やレシピが欲しいと思ってます」




 今の私が作ったことのないレシピなどを知ることが出来たら、もっと色んなお菓子を旦那様や子供達に作ることが出来るわ。

 あとは高価なお菓子の材料も手に入るとより一層楽しいわよね。

 それとお店からお菓子を取り寄せるのもありかも……と考えると楽しみになってきた。

 なんて思っていたら……旦那様が笑った。





「ははっ、君は欲がないな」




 旦那様の笑顔に驚く。こんな風に旦那様って声をあげて笑うんだ……。

 それにしても欲がないなんて言われるのはよく分からない。

 私は欲ばかりある人間だと思う。

 前世の記憶を思い出すまでは旦那様を殺そうとしていたし。今だってもっと私が冷静な性格で、先のことを見据えるのならばこうして仲良くしない方がいいのかもしれない。それでも……私は私の意思でこういう道を選んでいる。




「持ち込んだドレスをあまりきてないようだが、どうしてだ?」

「私、養子になってこちらにきましたでしょ? 煌びやかすぎて好みじゃなくて……」



 旦那様から問いかけられたことに答える。

 バルダーシ公爵が用意してくれたものは私の趣味じゃないというか……、私の好みなんて全く反映されてないのよね。




「そうか。なら、商人を呼ぶから買うといい」

「え? でもそんなに要らないですよ?」

「私から贈り物と思ってくれていい。子供達が世話になっているから」



 そう言って押し切られて、私は結局頷いてしまった。


 それからしばらく話して、私は「失礼します」と口にしてその場を後にすることにする。

 その時に、立ち眩みをしてしまう。




 あ、しまった。

 ……少しずつ紙に書いている副作用が、今日はあまり出てなかったから大丈夫だと思ったのに。こんな風に旦那様の前でこんな姿を見せるなんてっ!





「大丈夫か!?」



 立ち上がった旦那様が私のことを支えてくれた。



 焦ったような声と、表情。

 それを見ていると、やっぱり笑ってしまった。

 旦那様って噂と違って本当に優しい人だと思う。



「大丈夫ですわ。昨日、夜更かしをしてしまっただけですの」

「そうか。……なるべく無理はしないように」

「はい。ありがとうございます。今日は休みますね」



 私はそう言って、その場を後にする。

 ……本当に気をつけないと。


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