紙に情報をしたためる。
寝室は夫婦のものと、私個人のものと両方用意されている。初夜の時は夫婦の寝室に行ったけれど、それ以降は用意されている個人の寝室で過ごしている。
私が旦那様と夫婦関係がないことは周りはすっかり把握している状況だ。
旦那様も理由もなしに誰かと一緒に寝るのは落ち着かないだろうし、私はこれでいいと思っている。私の評判が下がろうが、そのあたりは別にいいもの。
さて、私が今何をしているかと言うと一人にしてもらって私が居なくなった後のための情報を紙にまとめる作業だ。
少し情報を書こうとするだけで、激痛が走る。
「……っ」
私は大きな声をあげそうになる。
我慢しないといけない。大声をあげて監視の存在にやっていることがばれたらいけない。
書く情報については決まっている。
このクーリヴェン公爵家が狙われていること。私もその手が入っていること。私が居なくなった後もきっとそういう刺客が現れるだろうということ。
私自身のことは書く必要性はない。
そもそも細かく書いてしまうと私の体がどれくらい持つか分からないというのも一つの理由だ。あとはわざわざそのことを書き綴って、旦那様が苦しむのは嫌だなとも思っている。
旦那様は噂とは違い、優しい方だと思う。
人のことをどうでもいいと思っているようなタイプだったら、私が大変な状況でも心を痛めることはないだろう。けれどそうじゃない。
旦那様は心がないとか、冷たいとか、そういうことを言われているけれどそうじゃないというのがよく分かる。少し接していただけでもその温かさが分かるから私はそれに関しては書くつもりはない。
「……はぁ、はぁ」
それにしても少し情報を書くだけで、心臓が痛い。
ずきずきと痛んで、私の内部を蝕んでいくのが分かる。まだ表に出る異変じゃなくて本当に良かった……。
監視も私がこんな風に体の痛みをこらえてまでこんなことを書いているとは思わないだろう。
少なくとも密命を受けた時の私は、怯えていた。
前世の記憶を思い出す前の――当たり前の、十代の令嬢としての感覚しかない私はそんな命令をされて冷静ではいられなかった。
正直言うと、気を抜いてしまうと体が震えそうにはなる。だけどそれを抑える。
震えて、ただ恐怖心のままに命令を実行しようとしていた私しか知らないバルダーシ公爵家は私がこうやって反抗しようとしているなんて思わないだろう。
……本当に思い出したのがこちらに向かう途中で良かったかもしれない。
下手にバルダーシ公爵家でしばらく過ごしている間に思い出したら、私は様子がおかしくなってしまっただろう。それで私のことを排除しようとされた可能性もある。
「……今日はこのくらいにしよう」
もっと情報を書き連ねたかった。けれど難しい。
二か月の間で書ききれるだろうかと、そんな不安も芽生える。
だけど最低限の情報を纏めておかなければならない。ベッドに横になり、天井を見上げる。
ただ広い部屋。
前世では一般市民で、今世では貧乏子爵家の出の私からすると、こんな部屋はなかなか落ち着かない。
きらびやかで、まるでお姫様か何かの部屋みたい。
部屋の家具も自由にしていいと旦那様に言われているけれど流石にたった二か月しかいないのにそんな風に変えるのは……と躊躇しているのよね。
そういうわけで今のままでも十分だと私は特にそれらの変更は希望していない。
でもなんだか私があまり何も希望しないと、「何か希望はないですか?」と侍女達が結構聞いてくるのよね。
やっぱり仮にも公爵夫人という立場だと何かしら希望を出さないと違和感なのかしら。
そういう高貴な出自ならば当たり前のように、貴族らしくスマートにお金を使うのだろうなとは思う。
「ふぅ……」
正直これから死ぬ身ではあるので、高価なものには何の意味もなさないと思っている。
死後の世界に持っていけるわけではないものね。
ああ、でも今回も所謂転生をしたわけだし、もし死んだ後も転生するなんていう奇跡が起こったりするのかしら?
いや、そういうことを考えるべきではないわ。
死んだらそこで終わりの方が当たり前なのだもの。
「奥様、失礼します」
私がベッドに横になっていると、侍女から声をかけられる。
「どうぞ」
返事をすると、中へと侍女が入ってくる。
……そして私の姿を見て、侍女は心配したように声をあげた。
「奥様!? 体調が悪いのですか? お医者様を――」
「大丈夫よ。少し疲れがたまっていただけだもの。休ませてもらうわ」
私はそう言って、侍女を止める。
だって下手にお医者様なんて呼ばれてしまったら、私の体の不調を悟られてしまうかもしれないもの。
もっとどうにか気をつけないと。
周りに私の体がボロボロであることを悟られないように。侍女に旦那様に心配をかけたくないからと秘密裏に薬でも持ってきてもらおうかしら?
そんなことを考えた。




