本を読みながら、検証する。
旦那様には時々、お菓子を持っていくようになった。
案外、旦那様は甘い物が好きみたい。それに私がお菓子を持っていくのを喜んでくださっているみたいで、少しだけ可愛いなと思ったりもする。
恐ろしいと言われている旦那様のことをこんな風に可愛いと思っているなんて周りには驚かれてしまうだろうか?
ただ子供達はまだ私の作ったお菓子を食べてくれないのよね! そのうち食べてくれるようになるかしら?
そんなことを考えながら、私はクーリヴェン公爵邸を歩き回り、本の並べられている部屋へと到着する。
「まぁ……!」
こんなに沢山の本が並んでいるのを見ると何だか嬉しくなった。
本というのは、前世に比べると高価なものなの。私の実家にはこんなに多くの本はなかったわ。これだけ多くの本が並んでいるのは、やっぱり公爵家だからかしら。
「私、少し本を読むから皆、席を外してもらっていいわよ」
私の傍には常に侍女達が控えているわけだけど、そう声をかける。侍女達だってずっと私について回るのも大変だものね。
侍女達が一旦その場から去って行ったので、私は本を手に取り、読んでみる。
実用的なものも多いけれど、小説も多くある。
旦那様は小説のようなものを読むようなイメージはないのだけど、どなたが集めたものなのだろうか。先代の公爵様とか?
そんなことを考えながら、歴史の本を読んでみる。
ある程度、私も子爵令嬢としての教育は受けていたけれど読んだことのない本というのは読みたくなるものだもの。
その歴史書の中には、私でも名を知っている偉大な魔法使いの名も載っていて嬉しくなった。
私は魔法が好きだ。
この世界に転生した私は幸いにも、魔法を使う才能はあった。家族の中では魔法が使える方だった。
幼い頃、両親や弟に自分の魔法を披露したのを思い出す。凄いと褒めてくれたのが嬉しかった。単純かもしれないけれど、そういう思い出があるから私は魔法を使うことが好きだった。
……あくまで、今では過去形だけどね。
歴史の本を読んでいると気分が高揚して、魔法を思う存分使っていた時のことを思い起こす。
おそらく私は……生きているうちに好きなように魔法は使えない。
周りをきょろきょろと見渡して、誰もいないことを確認する。監視の目も……おそらく大丈夫。
「……私はバルダーシ公……ぐうっ」
馬車の中はこれから嫁ぎ先に向かうということで確認が出来ていなかった。それに前世の記憶を思い出してそれどころではなかった。
嫁いできてからは……基本的に人の目があって確認がとりにくかった。頭では分かっていたけれど、実際に私が密命を受けていることを口にしようとすると急激な痛みが心臓を襲った。
……魔力回路というものが、魔法を使える私達の身体には巡っている。それは血液のように全身を巡るもの。
私にかけられている魔法は、私が意にそぐわぬことをするとその魔力回路をズタボロにするものだ。中心部の心臓――私が魔力を使うにあたって重要なその器官は、魔法によって縛り付けられていて、それがぎゅっと締め付けられるのだ。
前世で言うと、直接内臓や心臓を攻撃されているみたいなそんな感じね。痛くて痛くてたまらなくて、大声をあげてしまいそうになる。気を抜いたら泣き出してしまいそうになる。
「はぁ……はぁ……」
誰も周りにいないのを良いことに、息を大きく吸う。息切れをしながら、体内の魔力を整える。
口にするのは本当に駄目だわ。それだけは私にしてほしくないのだろうというのが分かる。なら、文字に書こうとしたらどうだろうか。
少し試してみる。
バルダーシ公爵の名を書こうとすると、同じように激痛が走る。
だけど――口にするよりはまだ我慢が出来る程度のものだった。それに文字に書くのならば、休みながらでもひっそりと書き溜めることが出来る。
私が密命のことを口にしてばらそうとすれば、私はまず死ぬ。痛みに耐えられずにそのまま衰弱するだろう。それに私がそんなことを口にしようとしていることを知ればバルダーシ公爵家の手の者は、私のことを口封じすることは間違いない。
だから……紙にしたためる方がまだいい。
それでいて誰かに見られることがないように、常に手元に残せるようにしておかないといけない。途中で悟られたら、私は……子供達と仲良くなるまでもなく、そのまままるでガラクタを処分するか何かのように――処分されてしまうだけなのだから
バルダーシ公爵家にとって、私は使い捨ての駒でしかない。
私の命なんてどうでもいいのだ。上位貴族からしてみれば、下位貴族なんてそういうものだろう。
ああ、でも旦那様は……このクーリヴェン公爵家はバルダーシ公爵家とは違って、人のことを大切にはしてそうだなと思った。
周りに広まってる評判だとクーリヴェン公爵家が冷たくて、バルダーシ公爵家は心優しいと言われている。
正反対なのになと思うと、思わずおかしくなって笑ってしまった。
その後は準備が整うまで大人しく本を読んだ。並んでいる本はどれも面白くて、もっと読みたいなと思った。また時間があるときにここを訪れて読んだことのない本を読んでみようとそう思った。
「奥様、読書は楽しまれましたか?」
「ええ。私が読んだことのない本ばかりで楽しかったわ」
迎えに来た侍女にそう言えば、侍女は笑ってくれた。




