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TSルキウスさま、一生女の子宣言。

「――さあ、反撃といこうか」


 ふわっと浮き上がる、腰まで伸びた長髪。空色の瞳に顕現する、二重構造の魔方陣。

 重なった二枚の魔方陣を見て、理科の実験かなにかで見たレンズみたいだな、なんて緊迫感のない感想が頭をよぎる。


 魔方陣が二枚ということはつまり、今ルキウスさまが展開している魔法は全部で二つ。

 ひとつはたぶん、わたしの体の自由を奪っている魔法だ。もう一つは……女の子になる魔法だろうか? それとも、ロザリアちゃんの重力魔法に対するアンチマジック? いや、違うな。


 魔法陣を常時展開していれば、どうしたって魔力の消費量が跳ね上がってしまう。

 それなら、一発使い切りの方が効率がいい。


 ……てか、なんで今女の子になったんだこの人。いや、めちゃくちゃにかわいいけども。


『なぜ、わざわざ女の姿をとったのかしら。……アタクシを舐めているの?』


 苦虫を嚙み潰したような引きつった笑みで、そう吐き捨てるロザリアちゃん。

 推しとツッコミがかぶって嬉しいわたしは、ルキウスさまの腕の中でにまにましようとして、表情筋すら動かせないことに絶望した。無念。


「違うよ。こっちの方がなにかと都合がいいんだ。現にさっきより魔力量が跳ね上がっているだろう?」


 身動きをとれないわたしを抱き寄せて、オスみ全開の不敵微笑を浮かべる長髪の女の子。

 ひえぇ、顔がいい……。じゃない! 今戦闘中!!


 ロザリアちゃんはそんな様子に苛立たしげに眉を寄せ、こちらを睨みつける。


『そうみたいね。でも、それだけじゃないでしょう? ただ魔力が増しただけなんかじゃない。――魔族の血の匂いがする』


 え?


 疑問符を口にすることすらできず、呆然とルキウスさまの横顔を見上げるわたし。

 魔族の血、って言った? だってそんな設定は、作中一度も……。


「……へえ、よくわかったね。ああそうか。キミは“魔族の血”に過敏に反応するたちだったな」


「っ」


 至近距離で吐き落された声は、聞いたこともない、優しさの欠片もない重低音で。

 わたしは無意識に喉を詰まらせた。


「これは機密情報なんだけどね。キミの言う通り、ボクには――エストレーラ王家には魔族の血が混じっているんだ。……そうそう。王家の人間が短命な理由も、この血に起因しているんだって。なんの種族かはわからないんだけどね」


 先ほどの、到底女の子の声帯から出たとは思えない低音とは打って変わり、自嘲的な声色で眉を下げて笑うルキウスさま。


 王家の人間が短命なのは、ゲームで見て知っていた。だから現国王がわたしの――ヴァンパイアの不死の血を王家に取り入れたがっていることも。


 けれどまさか、そんな理由があったなんて。……いや、わたしが忘れてるだけの可能性もあるけど。


 あー、こんなことなら、ファンブックとか設定資料集とか買っとけばよかったな~。王家の血がなんの種族かもわかったかもなのにな~。

 てか、そんな重要そうな設定なんで本編で出さなかった!? これはあれか、続編への布石とかだったりしたのか!? やばい、わたしなんもわかんない!!

 女の子のキャラブックしか集めていなかったことが、本当に悔やまれます……。


「この姿はね、ボクに流れる魔族の血を、最大限引き出せるように構築してあるんだ。もちろん、キミら先祖返りに匹敵する程度には仕上げてあるつもりだよ。なにせ、ボクが半年もかけたんだから。……ちょっと見た目にこだわり過ぎたっていうのもあるけど」


 ルキウスさまは胸に手を当て、この半年に思いをはせるように長いまつげを伏せた後、少し恥ずかし気にはにかんだ。


 幻想魔法の天才と謳われる彼が、半年もの期間を費やして開発した体。

 重力魔法の解除+魔方陣の同時展開なんて離れ業を見せられれば、その練度は一目瞭然というもの。


 作中では無気力だったから、こういった描写はほとんどなかったけど、やっぱりこの人は天才なんだ。今更ながらにそれを自覚して、彼の底知れなさに少し身震いをする。


「だって――」


 そんなわたしの心情など露知らず、くすっと笑った彼の視線が不意にわたしに落ちてきた。わたしを見下ろす陽だまりのような眼差しに、どうしたって頬が紅潮していくのがわかる。


 ルキウスさまはわたしの頬にかかった金髪をそっと指先で払って、こう続けた。

 

「――だって、ボクはもう、男に戻る気はないからね」


『は?』


 え? 今、なんておっしゃりやがりましたか、この王子。


 男に戻る気はないと? ということはつまり、ルキウスさまが使った魔法は――


『まさか、永続魔法を使ったというの? その女のためだけに』


 絶句して顔を青ざめさせるロザリアちゃんに、内心で全力肯定をぶちかます。

 うんうん、わかるよその気持ち。わたしも気を抜いたら叫びそう。いや、指先一つ動かせないんだけどね。


「その女、だなんて言い方は感心しないな。仮にもキミは公爵令嬢だろう? 言葉遣いには気を配った方がいい」


 ロザリアちゃんを睨み、ルキウスさまが不機嫌そうにむすっと頬を膨らませる。かわいい。


「――けど、その分析は正解だよ。ボクが行使したのは確かに永続魔法だ。まあ、ロザリーのためじゃなくて、ボクの自己満足だけれどね」


『……狂ってる。アタクシに令嬢としてのあり方を説くなら、アナタの王位継承権はどうなのよ。品位以前の問題じゃない』


「? 質問の意図がよくわからないな。ボクは玉座を手放したりはしない。王冠を被るのも、国民を導くのもボクだ。もちろん王妃はロザリー、キミだよ」


 もう一度わたしの瞳を射抜いてそう告げたルキウスさまに、色んな意味で心臓がドキッとした。いや、荷とか責任とかいろいろ重いです。めっちゃかわいいけど。


 結婚式はウエディングドレス×2かな~~~(遠い目)。


「おっと、少し話を脱線させすぎたね。そろそろ問題解決に向けて行動を起こそうか。……よっと」


「~~~!?」


 まず一瞬、わたしの体は腰を中心とした浮遊感に包まれた。ばちっと、驚いて瞬きをしたときには、もうすでにわたしはルキウスさまの腕の中で抱きかかえられていて。


 ……なにが言いたいのかというとつまり、お姫様だっこをされてしまったのだ。


 ほんとに恥ずかしい。赤面だけでも隠したいのに、眼球しか動かせなくて詰んでる。

 てかルキウスさま、わたしより細そうなのに意外と力あるな……。さすがは元・男の子だ。


 腕の中から見上げたルキウスさまの横顔は真剣そのもので、眼前に浮き上がった魔方陣の一つがその輝きを増している。


「ロザリア・ローズガーデン公爵令嬢。キミに一つ、問題を出そう。ボクが展開している魔法は、全部でいくつだと思う?」


『……そういう質問をするということは、二つじゃないのね』


「うん。今表示されている魔法の一つは、ロザリーの暴走を抑えるためのもの。そしてもう一つは、残りの魔法を悟らせないための、隠蔽魔法。ほんとはこれも隠せるんだけどね、こうなった以上、もういいかなって」


 ギュン! と魔方陣が回転して、一際強く光を放った。巨大化した陣を前に、ルキウスさまが踵を鳴らす。


「――魔法解除」


 キン! と金属じみた甲高い絶叫を残して、魔方陣が消え去った。


 隠蔽が解かれたルキウスさまの目に浮かぶ魔方陣は、全部で三つ。その新たに表示させた二つの魔方陣も即座に光らせ、ルキウスさまが小首をかしげる。


「疑問に思わなかった? なんでロザリーが意識を失ったのか。こんな騒ぎが起こっているのに、なんで誰も来ないのか。まあ、疑問に思わないようにしてたんだけどね」


 ルキウスさまがくすっと笑った瞬間、一つ、魔方陣が消失した。


 途端に、頭にかかっていた――それも認識すらもできなかった靄が、サーっと引いていくのを感じた。


『認識阻害……意識への、干渉。それも、道具への付与じゃないものなんて。なんて技術』


「お褒めに預かり光栄だよ。認識阻害も幻想魔法の範疇だからね。じゃあ、もう一つの方も解いてしまおうか」


 もう一つの魔方陣も浮かび上がらせ、解除した。


 瞬間、ぐにゃりと空間そのものが歪みだした。まるで、ブラックホールか何かに吸い込まれるような、そんな歪み方。


「っ、ぅ」


 胃の奥からせり上がる吐き気を、喉奥でせき止めて必死に耐える。


「ごめんね、ロザリー。苦しい? 我慢できる?」


 問いかけるルキウスさまに頷き返したいけれど、自由にならない体では目に涙を浮かべることしかできない。


『なにを……一体、なにをしたの。こんな、世界そのものを歪める魔法なんて、』


「あはは。そんな大層なものじゃないよ。ただ、この空間そのものの認識を――座標を、現実世界からずらしただけ。誰もボクとロザリアの邪魔をできないようにね。……まあ結局、キミという邪魔が入ってしまったわけだけど」


 歪みが収まる。風が吹き、生け垣の薔薇が揺れる。


 さっきまでのわたしたちと逆転して、地面に倒れ伏したロザリアちゃんを、ルキウスさまは冷ややかに見下ろした。最初に見た時のような、生気すら感じさせない冷え切った瞳。

 ぞっと背筋を悪寒が走って、ぴくりと少し、肩をすぼませる。


 そんな状態のわたしたちに近寄る足音が二つ。


「ルキウス!! 無事か!?」


「ほらもう来た」


 宮殿の曲がり角から現れたのは、透き通った水色の、サラサラの髪。

 ボブヘアの女の子みたいに見える整った顔――顔合わせの時にいた、騎士の少年だ。


 もう来た、なんて名残惜しそうに零すルキウスさまの声には、隠し切れない嬉しさが滲んでいて、張り詰めていた緊張感が瞬く間に霧散した。


「早かったね、ランスロット」


「おいルキウス、お前なあ! 勝手にいなくな、って、え……は? おま、な、ルキウス、なのか……?」


「ああ。正真正銘、第一王子ルキウス・エストレーラだよ」


「いや王子じゃねえじゃん!! 女になってるし!!」


「ははは。いろいろあったんだよ」


 女の子になったルキウスさまを指差して、絶叫する少年。

 ランスロットと呼ばれた彼に笑いかけるルキウスさまの顔は、やっぱり少年然としていて。その爽やかさに、なんだかきゅっと胸を締め付けられる心地がした。


 ルキウスさまはもう一生、少年には戻れないのか、って。


「で、ルキウス……でいいんだよな? ん”っんん……そろそろ訊くが、これはどういう状況なんだ?」


「どうって、なにが?」


「とぼけんなよ。なんでロザリア・ローズガーデンが分裂してんだって話! あっちの青いロザリアサンはなんなんだよ!」


 人を水をつかさどる竜みたいな呼び方をしよって。今確かにサン付けがカタカナで聞こえたぞ! ……なんてツッコミは一旦置いておいて。


 今最優先でなんとかしなきゃいけないのは、さっき聞こえた二つ目の足音の方。


 小気味いい革靴の音が、カタカタと死刑宣告のように近づいてくる。


「――これはいったい、どういうことだ」


 場に響き渡る冷たい声に、ロザリアちゃんの顔が恐怖に歪んだ。その輪郭を冷や汗がなぞって地面に落ちる。


『――っ、お、お父さま。これは、』


 カタン、と一歩、足音の主が建物の陰から現れた。

 暗いグレージュの髪に、柘榴のような赤い瞳。人間のはずなのに、吸血鬼よりも色白の肌。我が父――ロドス・ローズガーデン。


「どういうことだと訊いている。説明してもらおうか、ロザリア」


 無意識にごきゅっと唾を飲み込んで、唇を震わせる。

 天敵は、冷たい瞳でわたしとロザリアちゃんを見下ろした。

遅くなってごめんなさい!!第8話も最後までお読みいただきありがとうございます!!

よかったらブクマや星などで応援してください!!私のモチベになります!!

また来週!!!

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