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ラベンダー髪の、女の子

 この世界には、魔族が存在する。

 人類に敗れ、世界の裏側――魔界へと追放された魔法種族。魔族。


 今は亡き、わたしの――ロザリア・ローズガーデンの母親は、ヴァンパイアだった。


 夜を駆け、甘い血を啜り、君臨する。

 そんな黄金時代はとうに過ぎ、現存するヴァンパイアに残されたものは、わずかな恩恵とそれを上回る呪縛だけ。


 陽光に焼かれる苦しみ。血の渇きに震える体。触れた薔薇を枯らす呪い。

 魔族だと知られれば石を投げられ、日陰で息を殺して生きていく。


 それが今を生きる、ヴァンパイアの宿命。


 ――父はそんなヴァンパイアに恋をした、風変わりな人間だった。


 この時代では珍しい恋愛結婚に周囲は猛反対したが、二人の間に生まれたわたしの幼少期はとても幸せなものだった。


 邸宅の薔薇園で行われる、日陰のティーパーティー。母に連れられた、星月夜の夜間飛行。


 だが、家族との思い出に満ちたロザリアの幸福な幼少期は、母――ローゼリーナ・ローズガーデンの死によって終幕する。


 わたしの母は、人間に殺された。

 襲われたわたしを庇って翼をもがれ、夜明けの光にさらされたのだ。蛮行は領民によるもので、動機は不明。父がわたしを疎みだしたのはその時からだった。


 父はわたしを尖塔の一室に追いやった。シルヴィア以外の世話係が近づくことを禁じた。


 泣いても喚いてもその叫びが塔の外に届くことはなく、母を喪ったその日からずっと、わたしは孤独に押し潰されている。





『だってアタクシたちは――ヴァンパイア、なんですもの』


 ぐい、と手首を引き寄せられた瞬間、鋭利な牙が皮膚を食い破った。


「っ”、ぁあ、!」


 じゅる、ちう、と水音がするにつれ、体から力が抜けていく。墨汁を零したようにどぼどぼと、鮮血が石畳を赤く汚す。


「ロザリー!」


 ルキウスさまの悲痛気な悲鳴が、ぼんやりとした脳をガンガンと揺さぶった。

 無理もない。普通に生きていれば、一生拝むことがない量の血液。ヒトであれば確実に死に至る出血量。


 これはルキウスさまの情操教育によろしくないな、なんて軽口が脳裏をよぎって、ヘラヘラと勝手に口角が吊り上がる。


『……随分と余裕そうね。この状況で笑っていられるだなんて、どうかしているんじゃない?』


 ぢゅ、と血をすすって、ロザリアちゃんがわたしの手から口を離す。てらてらと赤く光る口元が、浮世離れした艶やかさに彩りを添えていて、本当に美しいな、といつもの女の子大好き人間なわたしが感嘆の息を吐く。


「はは。どうかしてるのは、そっちでしょ。わたしが賜ったロザリアちゃんの玉肌に、傷跡が残ったらどうしてくれんですか」


『……ほんと、どうかしてるわね』


「うっ、」


 もう一度強く腕を引き寄せられ、首に深く牙を突き立てられた。

 飛散した赤が、頬を、ブロンドの髪を、純白のフリルを染め上げる。


 ……まずい。正直、この程度の出血は特に問題ない。ヴァンパイアの回復速度にかかれば、ものの数分で完治できるはずだ。


 問題は、ヴァンパイアに血を吸われていること。


 誰しも一度は聞いたことがあるだろう。ヴァンパイアに血を吸われたものは、ヴァンパイアの眷属になると。


『陥落まであと200mlってところかしら。アナタはもうじき、アタクシの操り人形になる』


 どくどくと血を流す傷口に唇を寄せたまま、愉しそうに嗤うロザリアちゃん。

 抜け出そうと必死にもがくが、力の抜けきった体では満足に抵抗することもできない。


 ロザリアちゃんはそんなわたしをくすりと嘲笑って、耳元でこう囁いた。


『あくる未来の――クリスティーナ・リュミエールの最期のようにね』


 瞬間、ドクン! とひときわ強く心臓が脈打った。


 クリスティーナちゃんの、最期。原作屈指の涙腺崩壊シーン。


 ロザリアちゃんに首を嚙まれるクリスティーナちゃんが。力を引き出された瞬間の悲痛な叫びが。衰弱してルキウスさまの腕の中で息を引き取った時の宗教画じみた悲壮感が。


 プレイした当時の思い出が感情とともに蘇って、じわりと目尻に涙が滲む。


「……させない」


 呟きは、無意識に零れ落ちた。

 しゅるりと、何もない地面から伸びた黒い茨がその首をもたげる。


『!? ……まさか、アナタも無詠唱魔法を使えるなんて』


 焦りで苦い顔をしたロザリアちゃんの輪郭を、汗が伝って滑り落ちる。

 高速で伸びあがった茨が、鳥かごを閉ざすようにわたしとロザリアちゃんを覆っていく。

 見開かれたロザリアちゃんの桔梗色に、細長い影が映り込む。


 ――あれ、なんでだろう。瞳が、魔方陣が、焼けるように熱い。あとなんか、のどがかわいた。


「ははは、ははははは」


 面白くもないのに、勝手に笑みがあふれていく。腹がよじれそうになって、自身を抱きしめて前屈みになる。まるで、血液に酔ったときのような感覚。


 ああ、遅かったんだ。わたしはこの感覚を知っている。前世、なんども目にした光景。


 ――魔族の、暴走。


「あははははははは!」


『っ、あ”、』


 伸びた茨が、わたしとロザリアちゃんの肌を裂いて、赤をその身から滴らせる。

 頬に、手足に、無数の線が引かれていく。


 こわい。体が言うことをきかない。違うのに。傷つけたくなんかないのに。


 おねがい誰か、わたしをとめ――、


「――ダメだよロザリー。キミは、女の子が大好きなんだろう?」


「!」


 不意に、耳元で甘い声がした。熟れた果実のような甘い匂いが、ふわりと鼻腔をくすぐる。

 後ろからきゅっとわたしの両手首を掴む、細く冷たい白い指。


 女の子の、手?


『なんなのよ、その姿。どういうこと? そもそも重力魔法で動けないはずなのに……』


「ふふ。たった今、ボクの魔法が完成したんだよ。重力に縛られていたおかげで、こっちに時間を割くことができた」


 苦悶に表情を歪めたロザリアちゃんが、後ろに飛びのいて体勢を崩す。

 わたしの手を握った女の子は喉奥で鈴を転がすようにころころと笑った。


 見覚えのあるラベンダー色の髪。けれどふわふわとしたそれは、腰ほどまで長くなっていて、甘い香りをまとっていた。

 女の子がくすりと微笑んで、わたしを射抜いた空色の瞳がふにゃりと弓なりに細まる。


「おまたせ、ロザリー。やっと、あの日の約束を叶えられたよ」


「……ルキウス、さま?」


「うん。あとはボクにまかせて」


 体からふっと力が抜けて、ラベンダー髪の女の子に寄りかかるわたし。


 ラベンダー髪の女の子――ルキウスさまはわたしの髪をそっと撫ぜてロザリアちゃんに向き直り、その空色に陣を浮かび上がらせた。


「――さあ、反撃といこうか」

第七話も最後までお読みいただきありがとうございます!!

面白ければブクマや星などで応援していただけると嬉しいです!!


最初の宣言通り、なんとか一週間毎日投稿できました!!

大変お恥ずかしながら私は遅筆な人間ですので、ここからは投稿頻度をさげさせていただきます……

まじでストックが尽きたんです、ごめんなさい!!


やっとルキウスさまを女体化できたところで引き延ばすのは心苦しいですが、これからもお付き合いいただけると嬉しいです!!週一ペースではがんばりたい!!

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