表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/30

青薔薇の吸血姫

『ロザリア・ローズガーデンの帰還よ。頭を垂れてつくばいなさい』


 テーブル上で不遜に笑うロザリアちゃんの瞳が、弓なりに細まって弧を描いた。

 妖しい輝きを放つ桔梗色の片目に、白銀の魔方陣があらわれる。


「え、なに、」


「――無詠唱魔法だ。それも、攻撃系統の。あんなの、どれだけのレベルに到達すれば……」


 呆然とロザリアちゃんを見上げるルキウスさまが、ぽつりと呟いた。


「なになに、なにそれどういうこと、?」


『察しが悪いわね、ニセモノは』


 くすくすと腹を抱え、狐っぽい、意地の悪そうな笑みを浮かべるロザリアちゃん。

 緊迫した空気間の中で、置いてけぼりのわたしだけが二人を交互に見比べる。


『アナタたちは今ここで、死ぬってことよ』


「え、」


『ニセモノの分際で頭が高いのよ。這いつくばえと、言ったでしょう?』


 上ずった声と、紅潮した頬。見開かれた桔梗色の上で、白銀の魔法陣が回転する。


「ロザリー、逃げて――」


『あは、』


 ルキウスさまがわたしの肩を突き飛ばす光景が、スローモーションで再生される。


 陣が静止した刹那、ロザリア・ローズガーデンは天に掲げていた腕をサッと振り下ろした。


「――――くっ、! う、」


 その瞬間、わたしの体は金属に置き換わった。


 ――いや違う。金属に置き換わったと錯覚するほど深く、体が地面にめり込んだのだ。


「っは、」


 骨が軋む。頭も体も全てが重い。まるで巨人に全体を押さえつけられているみたいだ。


 ぎりぎりと歯を食いしばって顔を傾ければ、わたしと同じく石畳に伏せるルキウスさまの姿が見えた。かひゅ、と肺に残った酸素を吐き出して、彼が苦悶に表情を歪める。


「……重力、魔法、か」


『そうよ。ただの生活魔法である、浮遊魔法の応用。でも、すごい威力でしょう?』


 ルキウスさまがうめき交じりの声で囁き、ロザリアちゃんを睨み上げる。その口の端から真っ赤な血が零れるのを見て、わたしはごくりと唾を嚥下し、ばっと目を逸らした。


 どくどくと脈打つ胸の前を握りしめ、こちらを睥睨するロザリアちゃんを見上げる。


「、なん、で」


『なんでって、なにについての疑問かしら。アタクシの得意魔法は茨のはずなのに、こんなにも重力魔法を使えていること? ああそれとも、今アナタたちが攻撃を受けている理由でも知りたいのかしら』


 ふふふ、と口に手を当てて、お上品にロザリアちゃんが笑う。


『そんなの、この世界に絶望したからにきまってるじゃない』


「え」


 笑顔から一転、吐き捨てるようにロザリアちゃんは無表情でそう呟いた。


『ニセモノさんは知ってるわよね。アタクシ、血みたいに真っ赤な紅薔薇が大好きだったのよ。情熱に、愛情と美。花言葉も全部好き』


 ロザリアちゃんがすっとテーブルから飛び降り、ヒールで石畳に降り立った。ふわりとドレスの裾が広がり、ミルクティー色の髪が風になびく。


 そのまま無音でカツカツと歩を進め、悪女はとびっきりの笑顔でわたしの前にしゃがみこんだ。


『だって、数多の世界でルキウスさまを愛したアタクシにぴったりでしょう?』


 息を吹きかけるように、内緒話をするように、鈴の音の声が耳元で囁かれる。


「なん――っ、は」


『あはははは、』


 ――なんで、ロザリアちゃんが“数多の世界”を知ってるの?


 口にしようと思った疑問は、強まった重力に押しつぶされた。圧縮された空気が肺から押し出され、乾いた咳が喉を焼く。


 ロザリアちゃんは心底可笑しなものを見るように、けらけらと笑いながら立ち上がった。くるっと半回転し、もう一度テーブルに近づく青薔薇の悪女。その細く白い指が、花瓶の青藤色の薔薇へと伸びる。


『反対に青薔薇は嫌いなのよね。だって、花言葉が腹立たしいんだもの』


 ツン、とその指が花弁に触れた途端、薔薇の色が茶色く変色した。

 しわしわに枯れて朽ちゆく花弁が、ギロチンのようにぼとりとテーブルクロスに落ちる。


『……そう。やっぱり、こんな状態になっても呪いは解けていないのね』


 そう寂しそうに呟かれた声を、わたしは聞き逃さなかった。

 灰になりゆく青薔薇の残骸をぐしゃっと握りしめ、ロザリアちゃんがこちらを振り返る。


『全部、全部、アナタのせいよ、ニセモノさん。アナタが来たせいで、アタクシは絶望する羽目になった。アナタの記憶が流れ込んできたせいで、呪いが解けることも、ルキウスさまに愛されることがないことも知ってしまった』


「……」


 彼女が一歩、足を踏み出す。


『赤い薔薇に触れてみたかった。朝の日差しを浴びてみたかった。誰かに愛されてみたかった! その全部が叶わないだなんてあんまりよ!』


 慟哭するように、髪を乱して泣き叫ぶ。


『だからアタクシ全部壊すの! どうせ死ぬのなら、棺桶の中は賑やかな方がいいでしょう? だから……ね? 体、返してくれるかしら。どうにも今のままじゃ、魔法の威力が弱いのよね。霊体だからか、攻撃系は重力魔法しか使えないし』


 ……これで魔法の威力が弱い、ということは、ロザリアちゃんの実力はおそらく、ルキウスさまに殺される最終戦に匹敵するのだろう。


 わたしのせいで絶望した、と言うロザリアちゃんに、思うところがないわけじゃない。


 でも今の――暴走状態のロザリアちゃんに、この体を返すわけにはいかない。


『――ねえ、ロザリア・ローズガーデン公爵令嬢。アナタも辛いでしょう? 親に愛されないことも、日陰から出られないことも、意思に反して血を欲する体も』


 辛いよ、そりゃ。

 父親に冷たい目で見られることも、日光を浴びれば激痛が走ることも、苦しそうにしているルキウスさまの血に、否応なく食欲が疼いてしまうことも。


 固く握り締めたわたしの手をすくい上げ、甲にちゅ、とロザリアちゃんが口づける。


『アタクシはその辛さを身に染みて知っているわ。だってアタクシたちは――』


 そう。わたしたちは――


『――――ヴァンパイア、なんですもの』


 じゅわ、と鋭い牙が手首に突き立てられた。

第六話も最後までお読みいただきありがとうございます!!

面白かったらブクマや星などで応援していただけると嬉しいです!!


あくまでこれは裏設定なのですが、作中に登場する青藤色の薔薇は、ブルーグラビティという品種のつもりです。おあつらえ向きってやつですね♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ