ルキウス・エストレーラ
わたしにとっては久しぶりである家の外。
荘厳なステンドグラスに囲まれた、玉座の間。
足元に広がるレッドカーペットの両隣には、甲冑やら騎士服やらに身を包んだ護衛たちがずらりと整列している。
その列には女の子かな? ってぐらい愛らしい顔をした、水色髪の少年もいた。
ん? あの少年、なんか見覚えがある気がするな。……気のせい、か? まあいいや。
それにしても護衛の数が多すぎる。
この人数が常だとは思えないし、これはきっとわたしを警戒してのことだろう。
こんな7歳の子供に臆するだなんて、と思わないこともないが、“わたしの血に関する情報”が伝わっているのなら当然の対応だ。
その証拠に、この場には護衛のほかに、わたしとお父様と国王陛下しかいない。
万が一があったら困るから、顔合わせのはずなのに婚約者であるルキウス王子の姿がないのだ。
ここまで警戒するのなら、わざわざわたしの血を王家に入れなくてもいいだろうに、と思わないこともないけれど。
「……ゴホッ、ゴホ。よくぞ参られた、ローズガーデン公爵」
玉座に座した国王陛下が、咳まじりに、苦し気にこちらに笑いかける。
こけた頬に、枯れ枝のような四肢。しかしそれよりも目を引く、聡明そうな鋭い青の瞳。
エストレア王国、現国王――シリウス・エストレーラ。
彼は齢30にして、死の病魔にむしばまれていた。そしてそれこそが、わたしの血を王家に取り入れたがる最たる理由なのだろう。
「して、そちらの娘がくだんの――」
「……はい。……ロザリア、ご挨拶を」
陛下が、わたしを見て興味深そうに目を細める。わたしのそばで突っ立ったままのお父様は、チラと冷たい瞳でこちらを見下ろしたのち、さっと目をそらした。
まったく。実の親がこれでは、原作のロザリアちゃんが暴走しちゃうのも納得だ。娘に愛を与えないどころか、化け物を見るような目をするなんて。
……わたしはまだ大丈夫だけど、たった7歳の女の子だったロザリアちゃんはものすごく傷ついたはずだ。
「ロザリア、はやくしなさい」
前を向いたまま、お父様が冷淡な声でわたしを急かす。わたしはふっと鼻から息を吐いて笑顔を張り付け、ドレスの裾をつまんで目を伏せた。
「失礼いたしました。わたくし、ローズガーデン公爵家が一人娘、ロザリア・ローズガーデンで――」
「お待ちください、父上」
「!」
瞬間、バンッ! と玉座の間の扉が開け放たれた。
「……婚約者であるボクを差し置いてロザリア嬢にお会いになるだなんて、いささか非常識ではありませんか」
カツカツと靴音を鳴らして、声の主がこちらに近づいてくる。彼の後ろでは、お付きのものと思われるメイドさんや執事さんらが慌てふためいていた。
――場によく通る、ソプラノの声。ステンドグラスの光を受けて輝く、ふわふわとした薄紫の髪。薄く桃色に色づいた唇はきゅっとすぼめられていて、長いまつ毛に縁どられた瞳には、その年齢に見合わないほどのかげりが見て取れた。
「それもボクに秘密で、だなんて」
彼の暗い水色の瞳が、まっすぐにわたしを射抜いて弧を描く。
それは春の木漏れ日のような慈愛に満ちていて、わたしが女の子一筋でなければ恋にでも落ちてしまっていたことだろう。それくらいの魔性っぷりだった。
「……ルキウス」
「はい、なんでしょう父上」
ルキウス・エストレーラ。ゲームのメイン攻略対象で、幻想魔法の天才である第一王子。
――そして、将来わたしを殺すことになる、婚約者。
こてりと小首をかしげる様子はさながら天使のようで、けれどわたしは言い知れぬ焦りを胸中にいだいた。……こんな場面は、原作乙女ゲームに存在しないのだ。
そもそも“死んだ瞳の無気力キャラ”である彼が自主的に行動を起こすシーンすら、終盤の重要場面でしか見たことがない。
「……」
「…………」
「……はあ。もういい。お前はどうしたいのだ」
数秒視線を交錯させたあと、陛下はため息と頬杖をついて、やれやれと首を振った。それを受けてルキウスさまはくすっと口元を綻ばせ、わたしの指先を掬い上げる。
「失礼いたします」
「ひゃっ、」
あ、やべ。ひゃっ、とか言ってしまった。かりにもロザリアちゃんの体なのに。短い悲鳴すらもかわいいなんて、さすがはわたし。いやいや、そんなことはどうでもよくて。
「あの、ルキウスさま」
「お久しぶりですね、ロザリア嬢。ボクはアナタと二人きりでお話がしたいのです。付き合っていただけますか?」
「ひえ、」
「なっ、」
「おい、ルキウス!」
周囲が、騎士の少年が、いっせいにどよめき、ルキウスさまが柔和に微笑む。
正面から見据えたルキウスさまの瞳は、蜂蜜のようにどろりとした熱と、妖しい光を帯びていた。
……そこからの記憶はちょっとない。とりあえず言えることは、わたしの婚約者は相手の記憶を飛ばせるほど、顔がいいってことだ。