クリスティーナちゃんの前世(重め)
「ギャルゲの女の子ってさ、ビジュは可愛いけど、なんかリアリティなくてイマイチピンとこないんだよね~。あ、でもでもストーリーはすごい良かったよ! ギャルゲなのに重厚感エグい鬱エンドしかなかったけど……」
「はは、そりゃどーも」
どこかの教室で、制服の少女が笑いかけた。それを受けて、中性的な少年に見える子がニヤリと口角を吊り上げる。
「ねえ、次はさ、乙女ゲームとか作ってみてよ。一回、試しに!」
ニカッと女の子が笑った。中性的な子は「考えとく」と言って、夕日で赤く染まった顔を逸らした。
場面が切り替わる。
「ねーーーーー! なんで、バッドエンドしかない乙女ゲーム作るかな~~~~~!? ロゼリアちゃんも、クリスティーナちゃんも、シルヴィアさんも、あと攻略対象のみんなも死んじゃうしさあ~~~~~!! いったい、わたしが何度泣いたことか……」
「でも、今回も面白かっただろ?」
「う゛ん゛!!!」
「ははは」
スマホに表示された乙女ゲームの画面を掲げて涙目で抗議する少女に、中性的な子は満足そうに笑って頬杖をつく。
「俺さ、ハッピーエンドとか一ミリも書けねえんだよな。なんか、反吐が出るっていうか、書こうとすると拒絶反応が出る。どう頑張っても、鬱っぽいとか、病んでるって言われるようなエンドしか書けねえの。だって、“幸せ”とかよくわかんねえし」
そう言って諦めたように笑うその子の顔には、痛々しい青あざとガーゼが散りばめられていた。少女は悲しそうな顔をして押し黙った。そんな少女の様子に、中性的な子はまたくすっと笑う。
「なら、わたしが代わりにハッピーエンドをつくるよ」
少女の言葉に、中性的な子が目を見開いた。
「ゲーム作るとかはできないけどさ、来世、きみが作ったこのゲーム――“愛飢え乙女”の世界に転生して、ロゼリアちゃんも、クリスティーナちゃんも、シルヴィアさんも、女の子たちみんな幸せにしてみせるよ」
「攻略対象とかは?」
「ん~~~……わたし的には一旦、二の次かな。でも、クリスティーナちゃんにとっての幸せには、攻略対象みんなが幸せであることも必要不可欠だから、えっと……大丈夫だよ! なんとかする!」
「はは、お前らし~。なら俺もその世界に転生して、お前が作るハッピーエンドを見届けよっかな」
「おお、かもんかもん。絶対きみも幸せにしてやんよ」
「ははは」
誰もいない教室に、二人の笑い声が響く。自信満々にニカッと笑う少女に、中性的な子は救われたような顔をして、嬉しそうに笑った。
場面が切り替わる。
「……」
雨が降っていた。冷たい雨がシャツに染み込んで、ぼんやりとした脳内で救急車のサイレンが鳴っていた。
自分たちを取り囲む人々はひそひそと忙しなく声を発していて、何人かはスマホを向けていた。撮られているのか、と思った。どうでもよかった。
「……」
顔を横に向ける。そこには自分と同じようにコンクリートの地面に倒れ込んでいる、制服姿の少女がいた。少女はうつぶせで、頭から血を流していた。
アスファルトには急ブレーキのタイヤ痕が残っていて、遠くの方に大型トラックが止まっていた。
助からないだろうな、と思った。俺も、アイツも。信号は青だったのにな、とそう思って目を閉じた。自身の腹部から、温かい温度が流れていくのがわかる。
「……もう少しで、ハッピーエンドを、書けそうだったのにな」
呟いたのは言葉と呼ぶには余りに拙い、コポコポと籠った音だった。
お前のおかげで“幸せ”を掴めそうだったのに。愛に飢えた心が、満たされそうだったのに。お前があのゲームを気に入ってくれたから、何個か新しいルートを作ろうとしていたのに。
もう少しで、俺なりのハッピーエンドを見せられたのに。
「なあ――」
愛しいあの子へ手を伸ばす。名前を呼ぼうと口を開く。けれど、それは叶うことなく、視界が掠れて、ばしゃんと腕が水溜りに沈んだ。
そんな誰かの記憶が、脳裏を過った。
◆
「――俺はね、“愛飢え乙女”の作者なんだよ」
「…………は?」
クリスティーナちゃんの言葉に絶句した刹那、ズキッと頭が痛んで知らない記憶が一気に流れ込んできた。
なに、今の。前世の記憶? けど、あれはきっと、クリスティーナちゃんの前世――“愛飢え乙女の幸福な結末”の作者の記憶だ。
「なに? お前、頭いてえの? ……大丈夫か」
痛む頭を押さえたわたしを、クリスティーナちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。ジクジクと頭が痛む。わたしはこの表情に、見覚えがある気がする。
「……ごめん、ちょっとびっくりしすぎただけだよ。大丈夫、続けて」
「あそ。なら続けるけど、さっき言った通り、俺は“愛飢え乙女の幸福な結末”の作者なんだよ。で、お前は俺のゲームのプレイヤーだったってことで良いんだよな?」
「うん。前世のことはほとんど覚えてないけど、このゲームと、このゲームの女の子たちのことが大好きだったってことは覚えてる」
「……へえ、やっぱ前世の記憶は思い出してねえのか。そりゃ大変だな。なのに、俺のゲームのことは覚えてると。……よくこんな、大して流行りもしなかったインディーズ作品を覚えてたな」
「? うん。だって好きだもん」
ぼそっと、自嘲気味に呟いたクリスティーナちゃんに、本心からの言葉を返す。
んん……ひょっとしてこの子も自己肯定感めちゃ低タイプの子か? ルキウスさまにしろ、ランスくんにしろ、みんな自己肯定感が低すぎるきらいがあるな。ランスくんに言わせれば、わたしもなんだろうけど……。
「まあいいか、説明省けるのは楽だし。じゃあ本題に入るけど、お前こっちの仲間にならね?」
「おおう、そう来たか。暫定敵チームっぽい雰囲気出してるそっちの仲間に? やっぱり、何人かのチームで行動してる感じなの?」
「んーまあ、そんな感じ。けどたぶん、お前の敵ではねえよ。だって、俺とお前の目的は一緒だし」
「え? 一緒って……」
「女の子たちを幸せにする。――そうだろ?」
ドクン、と心臓が脈打った。クリスティーナちゃんが昔を懐かしむように、郷愁を感じさせる笑みを浮かべる。
「……なんで知ってるの?」
声が震えた。思い出すのは、さっきの、誰のかもわからない前世の記憶。
女の子たちみんな幸せにしてみせるよ、と記憶の中の制服の少女が微笑む。あなたはいったい、誰なんだろう。
「なんでって……お前、自分で言ってただろ。半年前の、この王宮で開かれた夜会でさ」
「え? それって、ルキウスさまと初めて会った時の……」
「ああ。そのイベントのことだよ。けどまあ、あん時のお前酔っぱらってるぽかったし、俺も正体ばれるわけにはいかねえから、マリアベールの認識阻害発動してたし、覚えてなくても無理ねえけどな」
「えええ!?」
そう言って、黒いマリアベールをひらひらと風に揺らすクリスティーナちゃんを見ながら、不確かな記憶をさかのぼる。……うん、全く思い出せない。
クリスティーナちゃんのマリアベールが認識阻害アイテムだってことは覚えてる。さっき陛下の書斎に突然現れたのも、それを使ってのことだろう。その認識阻害能力を使って、クリスティーナちゃんが自身の種族を誤魔化していることも、ゲームのストーリーの根幹だったから、よく覚えている。
けど、半年前の夜会については全っ然思い出せない。
運命が変わるきっかけになったルキウスさまとの初対面に加えて、クリスティーナちゃんとも会っていただなんて……重要なイベント全部あの日に収束してないか?? わたし一個も覚えてないけど……なんだったら前世の存在すら思い出してない時だけど……。
「自分が手掛けたシナリオがどう再現されているのか気になって、忍び込んだんだ。そこでお前がルキウスとしゃべってるのを見て、ああこいつロザリアじゃねえなって気づいたんだよ」
「……なるほど」
「で、その後お前にしゃべりかけたら、女の子を幸せにしたいつって、ああアイツと同じだなって、もしかしたらって思ったけど……いや、やっぱなんでもねえわ」
ズキリ。頭が痛む。クリスティーナちゃんが哀しそうに眉を下げて視線を逸らす。
「まあともかく、俺とお前の目的は一致してんの。今んとこ攻略対象の矢印はお前に向いてるっぽいし、俺らとしても敵対するよりかは仲間に引き入れたいってわけ。ど? 興味湧かね? 俺の仲間になってくれたら、確実にお前の救いたい女キャラは救えるぜ」
「……」
考える。確かに、表面上、わたしとクリスティーナちゃんの目的は一致してる。
けれど。
「――それ、ルキウスさまやランスくんや、他のみんなの幸せは含まれてる?」
さっきからクリスティーナちゃんは一言も、“女の子”以外の幸せについて言及していない。
「ああ、やっぱバレるか。そらそうだよな、うん。“お前”は、女キャラの幸せだけじゃ納得してはくれねえんだな」
「うん、ごめんね。わたしには幸せにしたい人たちがたくさん増えちゃったの。だからもう、“女の子だけ”の幸せは考えられない」
「そうかよ」
ぽつりと、俯いて、温度のない声でクリスティーナちゃんが零す。わたしはそんな彼女をただ真っすぐ見つめ返した。
「俺さ、前世、作ってる途中で死んだから完成させらんなかったけど、最短でハッピーエンドに向かえる方法を知ってるんだぜ」
「そっか」
「お前の母親の――ローゼリーナ・ローズガーデンの件はどうなんだよ。もう一回会いたくねえの? 俺ならそれも叶えられるけど」
「会いたくないわけないよ。でも、もう死んでしまってるお母さまより、わたしは今生きてるみんなの幸せを優先したい」
「そうか。……そうか。俺、お前のこと結構気になってたんだけどな」
「期待に応えられなくてごめんね」
「いや、もういいよ。お前とアイツは似てるようで違うってこともわかったし」
ガタッと、クリスティーナちゃんが椅子を引いて立ち上がる。
「……」
暗い表情でこちらに歩み寄るクリスティーナちゃんを、無言で見つめ上げる。
「抵抗しねえの? 俺が何するかわかんない?」
「……それは普通にわかんないし、抵抗するかは、迷ってる。だって今のクリスティーナちゃ――今のきみは、泣きそうな顔してるから」
「!」
びくっと、黒いシスター服の肩が跳ねた。泣くのをぐっと堪えるように、こぶしを握り締める。
「ねえ、きみの前世の名前なんていうの?」
「言わない」
「なら、なんて呼べばいい? クリスティーナちゃんではないんだし」
「どうでもいい。作者とでも呼べば?」
「作者くん? 作者ちゃん?」
「……ちゃん付けはキモい」
「わかった。作者くんね」
「……意味わかんね」
クリスティーナちゃん改め、作者くんは泣きそうな声で呟いた。彼の指がこちらへと伸びる。
「なあ、悪いようにはしないから、俺が全部終わらすまで眠っててよ」
「いやかな。わたしはみんなの成長を一分一秒に至るまで全部見届けたい」
「おも」
「ひどーい」
指先がわたしの首に触れる。作者くんの目に黄金の魔方陣が浮かび上がる。
「じゃ、おやすみ」
魔方陣が回転し、一際眩い輝きが辺りを照らした。
だが。
「なっ、魔法が発動しない……っ!」
光は一瞬で収束した。困惑して冷や汗を伝わせる作者くんの首に嵌った“ソレ”を見て、わたしは大きく瞠目した。
「――魔封じの首輪。やっぱり、側にいてくれたんですね、ルキウスさま」
「ふふ、バレちゃったか」
耳元で、鈴の音のような声が紡がれる。ふわりと愛しい甘い香りが鼻腔に広がる。ラベンダー色の髪が、カーテンのようにわたしの視界を覆う。
「ルキウス・エストレーラ……!!」
後ずさりながら、作者くんが叫ぶ。
「ボクの愛するロザリーに手出しはさせないよ、クリスティーナ・リュミエール――の、偽物くん」
余裕綽々といった笑みで、首輪の外れた婚約者はわたしにそっと抱きついた。
第29話も最後までお読みいただきありがとうございます!!!
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コメントやブクマもお待ちしております!!!いつもありがとう!!!
はい。
今回、だいぶ物語が動きましたね〜。クリスティーナちゃん改め、ゲームの作者くんは中々過去が重そうです……。
私自身はそこまでの重い経験はないんですけど、それでも嫌味とかじゃなくて本当に、綺麗な世界で生きていてこちらに笑いかけてくれる子がキラキラ輝いて見えて、綺麗だな〜愛しいな〜そのままずっと幸せでいてね〜って思って、ちょっと心が洗われるみたいなことってあるんです。
木陰から、光の当たる噴水を眺める時みたいな感覚です。それを大事に書きました。伝わるかな。
まあ、そういう子ってたまにノンデリっぽい爆弾発言をかましてくることもあるので、ロザリーもそういう傾向がちょっとあるかも笑
そして最後に久々にルキウスさまを出せました!!嬉しいな〜!!相変わらず登場シーンがかっこいい。
さてさて、次回から物語がどう進行するのか、ぜひまた来週も楽しみにしていてください!!さらば!!




