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知らない天蓋だ……

「すぴ……んぅ……、あ、さ……?」


 ぴちゅぴちゅと小鳥の声がして、わたしは寝ぼけ眼を薄く開いた。


 ぼやけた視界に映るのは白レースの天蓋と窓外の青空で、反射的にこぼれた涙を爪で掬い、わたしはもう一度目を瞑って布団に沈み込む。


 ねむい。今、何時なんだろ。朝? それとも昼……? 枕元にスマホか時計があれば、わかるのに。もう二度寝するか。ねむいし、時間わかんないし、なんかぬくぬくするし……。


 ……ああ、あったかいな、ほんとうに。まるで、ぎゅっと抱きしめられているみたい。


 これは、お母さま……? ちがう。そんなわけない。きっと、ロゼッタだ。だって、同じベッドを使ってるんだし。寝ぼけてくっついてきちゃったのかな。だったら役得だな。


 なら、もうすぐシルヴィアが起こしに来てくれるはず。そしたら、お父さまも入れて、みんなで朝ご飯を食べて……。


 ――ちょっとまてよ??


「……ん???」


 急に思考が現実に引き戻されて、わたしはバチッと瞼をかっ開いた。そのまま目玉をぐるっと回転させて天蓋を見る。


 一見、わたしのベッドのように見えたが、全然違うっぽいぞこれ。


 何が違うと言えば、天蓋の値段だ。わたしはこれでも名家たるローズガーデンの公爵令嬢。当然、良い物に対する審美眼は備わっている。そして、寝ぼけていても作動するわたしの優秀な審美眼が言っている。


 この凝ったレースの天蓋、土地が買えるレベルだぞ、と。


 わたしとロゼッタのベッドだってそれなりに……というか、物凄くお高いものを使わせていただいているのだが、これはレベルが違いすぎる。土地が買えるどころか、その土地に立派な城を建てられる規模のお値段の代物だ。


 つまり、このベッドはわたしのものではなく、ここもわたしの部屋じゃない。知らない天井、知らない天蓋……。


「え?? え???」


 状況が飲み込めない中で、勝手に脳内を占拠していくのは、つい昨日の記憶。


 王宮で暮らすことになるってルキウスさまに言われて、お父さまからお説教&事情説明を受けて、あれよあれよと馬車に詰め込まれて、ルキウスさまとランスくんと一緒に王宮に……。


 え。


「なら、この腕の中のぬくもりは……、この蠢く布団物体Xは……!?」


 腕の中でもぞもぞと膨れ上がる布団を見つめ、ごくりと唾を飲みこむ。震える手で掛け布団を握り締めて意を決し、えいっと勢い良くめくりあげる。


 バサバサッと、小鳥がはばたく音がする。


 そして、取り払われた布団から露わになった絹のようなラベンダー色の長髪に、わたしははっと息をのんだ。


「――やあ、おはようロザリー。よく眠れたみたいでよかったよ」


「ルキウスさま!?」


 長い絹のような髪がシーツにうねって広がっている。キラキラと潤んだ上目遣いの瞳が、ふわふわのほっぺが、わたしの腕の中に収まっている。小さな手がきゅっとわたしの背を掴んでいる。シルクのネグリジェを着たルキウスさまが、わたしに抱き着いている。


 やわこい、あったかい、いい匂い……はっ。


 たっぷり三秒思考停止したわたしは、違う違う! と頭を振って寝ぼけた脳を叩き起こした。


「その様子だとルキウスさまはいつから起きてらっしゃって……?」


「うん、およそ二時間ほど前かな。動いてロザリーを起こしたら悪いと思って、ずっと寝顔を堪能していたんだ。ロザリーはほんとうに何をしていてもかわいいね」


「くっ……ありがとうございます……! でも、ほんと全然起こしてくれて大丈夫ですからね? あと、わたしもルキウスさまの寝顔見たかった……!」


「そうなの? なら、明日はもう少し早く声をかけるよ」


「ねがお……」


「ロザリーがボクより早く起きるのは不可能だと思うよ」


「ひーん……」


 寝顔を見たい……! と悔しさに歯を食いしばれば、腕の中でくすくすとルキウスさまが笑った。だが、こうも至近距離でくすくす笑われると、吐息が首筋にあたってこそばゆくなってしまう。


 あまりのくすぐったさに顔を赤らめて身じろぎしたわたしを、逃がすまいと布団の中で足を絡めてくるルキウスさま。あわれ絡めとられたわたしは、それ以上身動きを取ることもできず、ただ心臓をばくばくと鳴らして硬直するしかなくなってしまった。


 この密着度なら、早鐘を打つ鼓動も気取られてしまっているんだろうな、と思いながら。


「ロザリー」


 中性的な甘い声で、ルキウスさまがわたしを呼ぶ。寝起きのせいかいつもより掠れて低い音に、またどきっと心臓が跳ねる。


「まだ起きないで。もう少しだけ、このままでいさせて」


 わたしにしがみつき、ぐりぐりと額を擦りつけたルキウスさまが、窺うように、縋るように顔を上げる。そのわずかに赤くなった目元に濃いクマがあるのに気がついて、瞠目したわたしはそっと彼の下瞼を指先で拭った。


「今日も、未来を見たんですか」


「……うん。酷いものだったよ。またランスが、死んでしまった」


「!」


 悲しそうに目を伏せるルキウスさまをぐっと胸に抱き寄せて、せめてもの慰めに髪を撫でつける。


 ランスロット・スティーリアの最期。ランスくんが、いずれ辿ってしまうかもしれない未来の話。回避したい最悪を、しかしわたしは欠片も思い出すことができない。


 それがどうしようもなく歯がゆくて、キッと唇を嚙みしめた。鋭い牙が柔い唇に食い込んで、じんわりと血が滲む。口内に甘い果実の味が広がっていく。


「ルキウスさま」


「なに」


 若干幼くなった鼻声で、ルキウスさまが呟く。


「精神の摩耗からくる暴走なら心配はないよ。この通り、魔力封じのチョーカーは昨日からずっと外していないし」


「ルキウスさま」


「……」


 自身の首にはまった白いチョーカーを爪で引っ掛けるルキウスさまに、きゅっと固く口を結ぶ。気まずそうに、ルキウスさまが視線を逸らして、チョーカーをはじく。


「わたしも、一緒にいますから」


「……うん。ありがとう、ロザリー」


「いえ……、ごめん、なさい」


 ああ、だめだ。うまく言葉が出てこない。もう一人じゃないよって、わたしもいるよって、今まで側にいれなくてごめんって、謝りたいのに。寝起きだからか、舌も頭も全く稼働しない。


 ランスくんの最期だって、早く訊かなくちゃいけないのに、今それを尋ねるのが正しいのかの判断もできない。助けたいって思いは、確かに本物なのに。


 わたしは、無力だ。


「……ロザリー、血が出てるよ。ほら、唇のとこ」


「ああ……えっと、その、」


「ちょっとごめんね」


「へっ……!?」


 ちゅ、と柔らかい感触が唇の端に触れた。


 驚いて目を見開いたわたしから少し離れて、ルキウスさまが自身の口元を指で拭う。つー、と引き延ばされる赤。妙に色っぽいその光景も相まって、カアァ……と、顔が熱くなっていく。


「うん、甘いね」


「あ、あああああの、ルキウスさま、」


「うん?」


「うん? じゃなくて、今、わたしに……、ちゅ、ちゅー……し、」


「したよ」


「ぴぎゃっ」


 どうしてこの主従は、こうも人の口から零れ落ちた血を味見していくんだろうか……。


 ぼんっと、蒸気で爆発したわたしは、笑い事じゃねえと大パニックになりながら、脳内でそう洩らした。ランスくんは輸血パックの――ローズガーデン邸に仕えてくれている誰かの血だったけど、今回は正真正銘わたしの血液だし。


 けどまあギリギリ……本当にギリギリ、マウストゥマウスのちゅーじゃなかったし、もろもろ全部セーフだと思おう。そうしよう。


「ふふ。よかった、眉間のしわが取れたね。真っ赤になってる今の方がずっとかわいいよ」


「え、そのためだけに、わたしの血を……??」


「うん。びっくりするかなって」


「いや、しましたけども……!」


 あせあせあわあわと、慌てるわたしをよそに、ニコニコとどこ吹く風のルキウスさま。くっ、かわいい。かわいいけども!!!


「あのね、ロザリー。キミがそこまで背負う必要はないんだよ。ただ、起きた時に隣にいてくれるだけで、それだけでボクは救われた心地になるんだ」


「ルキウスさま……?」


 恥ずかしさでじわっとわたしの目尻に浮かんだ涙の雫を掬って、ルキウスさまがよしよしと頭を撫でてくれる。それにうっとりと目を瞬かせれば、ルキウスさまは愛おしそうに一層笑みを深めた。


「嫌な夢を見て飛び起きて、ばくばくと煩い心臓を握り締めて、ただ耐える。ずっとそれの繰り返し。だからボクは朝が嫌いなんだ。……だけどね、今日はキミがいてくれたから、怖い時間が少し和らいだ。間の抜けたキミの寝顔を見てるとね、ちょっと笑顔になれるんだよ」


「わるくちか???」


「まさか。ボクがキミを愛してるって話だよ。間の抜けた寝顔も含めて、ああ愛しいなって、生きる希望みたいなものが湧いてくるんだ」


「……やっぱりわるくちじゃ、」


「違うよ」


「ぬーん……?」


 よくわからんが、わたしの寝顔が間抜けの極みらしいことは理解できた。今日からは絶対表情筋を引き締めて寝てやろう。


 ……けどまあ、それでルキウスさまの悪夢を中和できるんだったら、それはそれでいいのかもしれない。


「ロザリー」


「なんですか? ルキウスさま」


「さっき見た夢の内容について、聞いてくれる? ランスについてのことだから」


「! それはもちろん! わたし的には願ったり叶ったりです! あ、別にランスくんの死にざまを拝みたいとかではなくて……」


「ふふっ、わかってるよ。でもなんとなくロザリーは、前世で見たランスを忘れてそうだよね」


「ギクッ、な、なぜバレたし……」


「あ、適当に言ったのに当たっちゃった。ボクのことは覚えていたのに?」


「面目ない……」


「ふぅん。……そっか」


「?」


 零された言葉は少し嬉しそうで、こてりと首を傾げる。そんなわたしを抱きしめて、ルキウスさまは「なんでもないよ」と囁いた。相変わらずの甘々ボイスに、びくっと肩が揺れる。


「じゃあ、話そうか。ボクがスキルで観測した、ランスロット・スティーリアの最期について――」


「――なあそれ、どういう意味だ?」


「っ、」


「ランスくん!?」


 いつの間にか開いていた扉の前に、ランスくんが立っていた。シャツにエプロン+ポニーテールというラフでかわいい格好で立ち尽くした彼が「朝ごはんできたから呼びに来たんだ。ちゃんとノックはしたぜ」とばつが悪そうに呟く。


 廊下の空気とともに、美味しそうなトーストの香りが部屋に流れてきて、わたしはがばっと飛び起きた。


「えっ、これランスくんの手作りごはんが食べれる感じ……!?」


「ロザリー。今はそれより……」


「スキルとか、オレの最期とかって、なに? なんか、オレには言えない話?」


「ごまかされないですよね~~~~~……」


 ムッと口を斜めにしたランスくんが、真っ直ぐにルキウスさまを見据える。それを受けて「……冷めるといけないし、まずは朝食にしようか」と、ルキウスさまが返す。


 バチバチと眼光の火花が散る。空気が凍る。わたしはビクビクと両者を交互に見つめる。


「ちゃんと、話してくれるんだよな」


 凍てついた声音で呟いたランスくんは、原作通りの“氷の騎士”そのものだった。

第22話も最後までお読みいただきありがとうございます!!!

面白ければブクマや星などで応援していただけると嬉しいです!!!




はい!


第3章がスタートしました!さっそくランスくんに重大な秘密がバレてしまいましたが、どうなるんでしょうね〜〜〜にょほほ


ちなみに前回の話に、ランスくんの挿絵を追加しております!まだご覧になってない方はぜひ、ぽちっと前回のあとがきを覗いて見てください!!

今回もわたしが描いたやつです!!


では、また来週!!!

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