王宮転居急遽強行!!
あれから一時間ちょっと。
「おおう、ルキウスさまが怒られてる。申し訳ないが長引いてくれ……」
まだ生えっぱなしの翼を引きずりながら、わたしは扉の隙間からお父さまの書斎をちらりと覗いた。
部屋の中には指を組んでデスクに座っているお父さまと、その隣に控えつつ眠そうにぽやぽやしているシルヴィア、そしてこちらに背を向けてなにごとかを申し立てているルキウスさま。
ちなみに今のわたしはお説教の順番待ち中。ルキウスさまが終わればわたしの番が回ってきてしまう。
まあ、言いつけを破って翼を生やしたのだからしょうがないんだけど……嫌なことはできるだけ後回しになってほしいんだよなあ……。
「てかルキウスさま怒られてても凛としててすごいな。正座で半べそかいてたわたしとはえらい差……。あああ、あと数分で今朝の痴態をもっかい晒すはめになるんだよなあああ……! やだーーーーー!」
お父さまに咎められないよう、髪をかき乱し、できる限りの小声で気分だけ絶叫するわたし。カタカタと小走りの靴音が背後から聞こえ、ヴァンパイア特有の長い耳をぴくりと立てたのはその時だった。
「ん。この靴音は……」
「おーい! ロザリーサーン!」
「あ! やっぱりランスくんだ……って、え、その格好――!」
振り返って目に入ったランスくんの姿に、硬直して目を見開く。手を振りながら小走りで駆け寄ってくる彼の衣服はもうフリフリのロリータではなくて。
白くカチッとした服。差し色の青。金の装飾に、銀の刺繡。腰にさした細い剣……つまり。
「騎士服だー!」
ランスくんは十数日前に王宮で見た時の白い騎士服を身にまとっていた。
「うん。一応なんかあった時のために馬車に積んでたヤツに着替えさせてもらったんだ。まあ肝心なとこでオレ、パニックになっちゃってたし、今更だし、全然役には立ってねーんだけど……に、似合う……?」
赤らめた頬を搔き、上目遣いでこちらを窺うランスくん。フリフリでなくなってなお有り余るかわいさに「似合ってる゛!!!!!」と絶叫し、室内のお父さまにギロリと睨まれたことは言うまでもない。
「こ、こほん。フリフリ水色ロリータもかわいかったけど、やっぱこっちの方がしっくりくるね。なんかランスくんって感じがする! かっこいいな~」
「え!? か、かっこいい……!?」
「? うん、かっこいいよ」
「そ、そっか……。ありがと」
「!? こちらこそ、いつもかわいいとかっこいいをご提供いただいて、誠にありがとうございます!?!?」
「あはは! なにそれ、ロザリーサンやっぱ面白いな」
「ご満足いただけてなにより……??」
「あはははは!」
かがんで、真剣な顔でランスくんの腰の剣だとか、服の意匠だとかを凝視するわたしに、ランスくんは腹を抱えて体を曲げ、清楚な声で大笑いする。
わたしの言動のなにがツボにはまったのかは全くわからないが、かわかっこいい子を笑顔にできたのでよしとしよう。人には人の笑いのツボってね。
「……でもランスくん、その髪はそのままなの?」
「ああ、これ?」
自身の長い髪の先をつまみ、ねじねじといじるランスくん。その髪型こそさっきと違い、ゆるめのくしゅふわハーフアップお団子になっているものの、長さは変わらず胸の下あたりまで伸びたままになっている。
てか、その髪型似合いすぎててほんとかわいいな?? わたしがハーフアップお団子愛好家だと知っていてのご褒美か??
「そんな褒めてもなにもでねーよ……? これ普通に適当にまとめただけだから、あんま綺麗じゃないし……」
「しまったまた声に出てたか……! って、え? それ自分でくくったの!?」
「え、うん」
「手先器用だね、すごい! 天才! 尊敬!」
「ありがとう……?」
「うん!!!」
ちなみにわたしの好きなハーフアップお団子は、オフィスカジュアルなルックスのOLのお姉さま方がやってるやつだ。あれ。あれが至高。
リボンブラウスと、スーツのパンツと、先のとがったヒールと、パンツと同色のベストのやつ。あの都会のしごできOLの方々をもう拝めないとなると、ちょっと元の世界が恋しくなってしまう……。
はあ。どこかにいないかな……しごできルックスOLの方……、いないわな。
「ルキウスに魔力封じのチョーカーつけたから直んのかなって思ったけど、服も髪も全然戻んなくてさ、ルキウスに訊いたら永続魔法使ったとかって、言ってて……」
「え!? これも永続魔法!? じゃあ術者の魔力とか関係なしにもう解けないんじゃ……」
「まあ服はな。けど、宮廷魔導士の防護魔法が施されてるこの騎士服より、ルキウスが編み出したあのフリフリのヤツの方がなんか性能がいいんだよなー……見るからに動きにくそうなのにさ……。オレ、これから戦闘のたびにあのフリフリを着ることになったりするのかも……」
「いやそれはもう魔法少女じゃん」
普段はかっこいい騎士服なのに、ひとたび戦闘が始まるとフリフリのロリータ服にドレスチェンジするランスくん……? 絶対恥ずかしがって赤くなっちゃうやつだよね。うん、かわいいが過ぎるし、見たいが過ぎる。ぜひともそうしてほしい。
「髪はまあ切ればいいんだけど、けど、せっかくロザリーサンがかわいいって褒めてくれたんだし、切るのはちょっと、もったいないかもなって、思ってて……」
「おっと??」
「オレが髪伸ばしてんの、変じゃない……?」
胸の前に垂らした両サイドの髪をくしゅっと両手で握り締め、不安げな眼差しでおずおずとわたしを見上げるランスくん。わたしより全然身長高いのにこうも上目遣いを連発するとか、ほんとどんだけかわいいんだこの年上男子は!!!
「変じゃない!! むしろ好き!! かわいい!! 優勝!! ちなみにわたしはロング派です!! ショートもボブもミディアムもセミロングも好きだけれども!!」
「す、好き? ……そっか。ならオレ、このまま長いままでいたいな」
「わーーーーい!!! ばんざーーーーーい!!!」
「そんな喜ぶ??」
「おうともよ!!!」
くしゅくしゅと指に髪を絡ませるランスくんを前に、やったぜどんどこどん! と翼で腕で万歳三唱し、喜びを全身で表現するわたし。そんなわたしの様子を見て、ランスくんがこてりと首を傾げる。
「そう言えば、ロザリーサンの翼こそ、まだ治んないのか?」
「ああこれはね、」
『──今から治るわよ』
「!」
ふわあ、と一陣の風がわたしとランスくんの間を駆け抜けた。声と風の来た方向を振り返り、目を見開くランスくんと、目を輝かせるわたし。
「ロゼッタ!」
「ロゼッタサン!?」
そこには一個の輸血パックを手に窓辺に立つ、ロゼッタの姿があった。文字通り透き通った肌に夕焼けのオレンジが重なり、神秘的な美しさを発する彼女に、キラキラと胸の前で指を組む。
ロゼッタがわたしたちのいる廊下に降り立って、窓を閉める。
茨魔法が使えなくなった代わりに重力魔法を会得したロゼッタは、翼がなくとも生身で空を飛ぶことができるのだ。こうやってお父さまに怒られることがないのはちょっとうらやましい気もする。
『はい、ロザリー。輸血パックよ、飲みなさい』
「わあ! ありがとう~~~これでやっとヴァンパイア化が治まるよ~~~。あ、ロゼッタ窓から入ってきたけど大丈夫だった? 陽の光とかあたってない?」
『ええ。当然、アタクシがそんなヘマをするはずがないでしょう?』
「かっこい~~~!」
ロゼッタから受け取った輸血パックのふたを開け、ゼリーでも補給するようにちゅーーーっと血を啜る。みるみるうちに小さくなっていく翼に、ランスくんは目を丸くして驚いた。
「すげー。話には聞いてたけど、やっぱロザリーサンってヴァンパイアなんだな」
「……」
『……』
呟かれたランスくんの言葉に、そっと口元から容器を離した。ロゼッタがわたしを一瞥して押し黙る。口の端から、赤い血が一筋こぼれ落ちる。
「こわい?」
試すように、揶揄うように、妖艶に見える笑みでランスくんに笑いかける。ランスくんは、はく、とひと呼吸置いて、薄く口を開いた。
「や、全然? こわいとかは一切ねーかな。ロザリーサンがめちゃくちゃ優しいひとだってことは、よく知ってるし! あ、でもまあ、真夜中に暗いとこで見たらビビっちゃうかもだけど……」
はは、と照れくさそうにはにかむランスくんに、くすくすとわたしも口元を緩める。
「ふふっ、それはわたしじゃなくて、暗いのがだめなだけなんじゃない?」
「それはそう。てか、血を飲むと翼がなくなる仕組みなんだな。味とかはどんな感じ? 鉄とか、いやな味とかじゃねーの? 大丈夫?」
「うん、鉄感はあんまないかな。どっちかっていうと果実酒みたいな感じ? わたし的には甘くておいしいよ。ちょっと飲んでみる? お腹壊すかもだけど」
「えー、それはやだな。……あ、」
「?」
わたしの口元を凝視してあっと声をあげ、ランスくんが軽やかに一歩、こちらに近寄った。目の前に立たれると高い背のせいもあって、心臓がばくばくと音を立てる。ゆるくまとめられた彼の髪が、ゆらりと揺れる。
「な、なに?」
「んー……ちょっと味見」
「ひゃっ……!」
ランスくんの指の背が、わたしの唇を拭った。ひやりとした感触にひゃっと可憐な声をあげてしまったのも束の間、ランスくんが自身の指に乗った赤い雫を、舌先でちろりと舐めとる。
「んーーー……、一滴じゃよくわかんねーかも。あ、でも鉄の味する気もする、か……? けど、甘くはないなー」
「へ? へ???」
舌の上で転がして、口に含んだ血液の感想を述べるランスくんに、今起きたことを処理しきれなくて頭のてっぺんから湯気を発するわたしに、一連の流れをドン引きした瞳で見つめるロゼッタ。場は混沌と化していた。
「の、のんだの……? ほんとに?」
「え、うん。やっぱ冗談だったか?」
「冗談のつもりが間接ちゅーになっちゃった!!!」
『はあ……この子は本当にもう……』
顔を真っ赤にして叫んだわたしに、ロゼッタは頭痛が痛そうに額を抑えた。ちなみに誤字じゃなくて、なんというか、頭痛が痛そうな感じとしかいいようがない感じでしかないのだ。伝わってくれ……。
「人間とヴァンパイアじゃ結構味覚が違うんだな。ロザリーサンたちは普通のごはんも食べれんだっけ?」
「う、うん。今朝もおいしくシルヴィアの焼いたアップルパイ食べておりました……。ね、ロゼッタ」
『ええ。アタクシたちが人間の食事をする分には問題はないわ。ヴァンパイアといっても、魔族そのものではなくて先祖返りなのだし』
「お父さまは全然人間だしね」
「なるほど……、勉強になるな」
『ふぅん』
己の顎に指を当て、感心したように、あるいは諦めたようにロゼッタは感嘆を零した。
『……人間がみんなアナタみたいだったら、よかったのかもしれないわね』
「えっ?」
「……」
寂しそうに、古傷を見やるように、ロゼッタが微笑んだ。きっとその脳裏では、人間に殺されたお母さまを思い描いているのだろうなと思って、わたしはきゅっと口を結ぶ。
『ランスロット・スティーリア』
「お、おう!」
カツンと一歩、ロゼッタがランスくんに歩み寄る。そのまっすぐな眼光に、ランスくんが少したじろぐ。
『よくぞアタクシの妹を無傷で守り抜いてくれたわ。本当にありがとう。褒めて遣わすわ』
「いや! オレの方が全然ロザリーサンに守ってもらってたし、ほんと、お礼を言われるようなことはなにもできてねーっていうか……」
「そんなことないよ!! 謙虚なのはいいことだけど、ランスくんのそれはちょっと自己肯定感が低すぎると思うな。少なくとも、これだけスムーズにルキウスさまと仲直りできたのはランスくんのおかげなわけだし、わたしを抱えて走ってくれて、最後までわたしを守ろうとずっと前に立ってくれてたじゃん。ね? 改めて本当にありがとうございました!!(早口)」
「ロザリーサンまで……!」
一呼吸で言い切って直角に頭を下げたわたしに、おろおろと右往左往するランスくん。だが彼は意を決したようにふっと立ち止まって、深く息を吸いこんだ。
「……なら、どういたしまして、で、いい?」
「うん!! ありがとう!!」
「ど、どういたしまして!!」
『ふふふっ』
くすくすと、ロゼッタが笑う。わたしとランスくんがお互いにぺこりと頭を下げる。その光景は少し間抜けで、けれどとても暖かかった。
「ほんとうに、あの時頼ろうとしたのがロザリーサンで、ほんとによかった」
そう言って目を伏せて微笑むランスくんを見て、役に立てたのかはわからないけれど、ああよかったなってわたしは心からそう思った。
コンコン、とドアをノックする音が鳴る。
「……ランス、ロザリー、そろそろボクも混ざっていいかな」
「ルキウス!」
「ルキウスさま! お説教終わったんですか!?」
「うん。次はキミの番だよ」
「ひえぇ……」
いつの間にか廊下にいたルキウスさまが、扉のすぐ横にもたれかかっていた。まだ五センチほど開いているドアの隙間から中をのぞけば、腕を組んだお父さまと目が合って唾を飲む。
いまからこの中へ向かわねばならないのか……。
「それで先に言っておこうと思うんだけど、」
くすくすと含んだ笑みを零しながら、柔和な瞳でルキウスさまがわたしを見た。ランスくんとキャッキャッしすぎたか!? と若干身構えたが、そこに咎めるような色は一切なく、きょとんと拍子の抜けた表情になる。
そんなわたしににこっと口角を上げ、もう一度ルキウスさまが口を開いた。
「あのね、ロザリー。キミはね――――ボクと王宮で暮らすことになったよ」
「えっ???」
第21話も最後までご覧いただきありがとうございます!!!
面白かったらブクマや星などで応援よろしくお願いします!!!
はい。
見事に詐欺りました。わたくしは有言を実行できず、約束を守れないダメダメ星人でございます。誠に申し訳ない……。
今週中に投稿するって言ったけどできなかったし、短くなるって言ったけど結局5000字を超えました。
だって、ロザリーとランスくんのおしゃべりが思ったより弾んじゃったんだもん……(責任転嫁)
大変すみませんでした……。
しかしこれで第2章ランスくん編のエピローグがつきました!次から第3章!王宮に引っ越すらしいけど、どうなるんでしょうね!!
ちなみに、第3章までが幼少期で、第4章からがゲーム本編軸になる予定です!あくまで予定!予定は未定!
なにより、有言不実行魔のわたしが言うことなので、あんまり宛にしないでください!!申し訳ないが!!
ところで、オフィスカジュアルなOLファッションのお姉さまって登場するんでしょうかね??(すっとぼけ)
第4章以降で出せたらいいな〜〜〜(未定)。
では来週もお楽しみあれ!!!
4月1日挿絵追加!ランスくん描きました〜〜〜!
騎士服の設定とかまだ完璧には練れてないので、あくまでラフです!!
デジタル苦手マンなので今回はアナログ線画+デジタルでぼやーっと色つけたやつ!!
陰影苦手すぎて端折ったし、荒さが目立つけど目を瞑ってくだされ!!(懇願)




