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20/30

浮気のつもりはなかったんです!!!!!

「――ごめん、ランス。知らなかったんだ。ほんとうに、ボクは……」


 クローゼットのドアの外、橙色の明かりがともった部屋の中で、悲痛気に顔を歪めたルキウスさまが、震えた声でそう呟いた。


 カタ、と純白のサンダルが一歩前進する。


「なんで、」


 ぽつりと、わたしかランスくんのどちらかが呟いた。クローゼットから中途半端に足を出した状態で固まるわたしたちに、おぼろげな足取りで純白が近づいてくる。


 思考がから回る。


 隙間から見たときは絶対に居なかった。強化された聴覚でも認識できなかった。可能性を考えなかったわけじゃない。幻想魔法の本質は、惑わすことと、幻想を具現化すること。ロゼッタと戦ったときのように、空間の認識そのものを阻害されているかもと、一度は考えた。


 でも、その可能性は捨てた。天性解放に、適うわけがないと思った。


 天性解放は魔族の先祖返りの奥の手だ。最強の一手だ。元人間のルキウスさまが、いくら暴走状態とはいえただの、通常の幻想魔法で、ヴァンパイアの五感を持つわたしを欺けるはずがないと高を括っていた。


 けれど、それはおごりだったらしい。


 通常状態でヴァンパイアをはるかに凌駕する高位魔族だなんて、彼は、王族の血は、ほんとうに、いったい――


「なんで、か。……うん。まあ、キミのご家族は強かった、とだけ言っておくよ」


「――ッ!」


 目を見開いて、息を飲み、ルキウスさまを見上げる。冷たい汗が輪郭を伝って、翼を反射的にはためかせた。うつむき気味の彼の表情は、前髪に隠されて窺えない。彼の声にも言動にも、嘲り笑うような色は見られない。


 ふっと短く息を吐いて瞬きをし、努めて冷静にわたしは床へと降り立った。


「どういう意味ですか」


 まっすぐ正面からルキウスさまを見つめ、問う。続いてクローゼットから出てきたランスくんは庇うようにわたしの前に立ち、己が主君の様子を無言で窺った。その左手に握られた魔道具のチョーカーを、ルキウスさまがちらりと見る。


 朝からずっと開けっ放しだった窓より風が入り込み、レースカーテンがひらりと舞った。


「……ああ、ごめん。言葉足らずだったね、ロザリー。どうにもまだ上手く脳が働かないんだ。深い意図があるわけじゃないんだよ。キミのご家族を害したわけでもない」


 頭痛を抑えるように目頭をつねり、ルキウスさまが頭を振る。その挙動に沿って、長いラベンダー色の髪がふわふわと揺れた。


 髪の長さはほぼ同じなのに、ランスくんはサラサラのストレートで、ルキウスさまはふわふわウェーブロングなんだなって、絶対にこんな状況で考えることじゃないことが浮かんで、慌ててわたしも首を振る。


「……みんなは?」


「今はボクの魔法で眠ってもらっている。キミの片割れもお父上も強かったけれど、特にあのメイドの女性(ひと)には本当に苦戦したよ。彼女、深い眠りに落ちてなお攻撃を続けてきたからね。盲目ゆえに幻覚に惑わされることもないし、逃げおおせるので精いっぱいだった。今頃はきっと夢からも醒めていると思うよ。そろそろここへも来るかもしれない」


「なるほど。さすがはウチの最強メイドですね」


 どうだウチのメイドはすごいでしょう! と胸を張って満面の笑みを浮かべるわたしに、ルキウスさまがわずかに口角を吊り上げた。


「ああ。さすがは天使だよ」


 と、呟いて。


「本当に強かった。魔力も根こそぎ持っていかれた。おかげで少し冷静にもなれたから、魔法を解いて、キミの元へ出向こうと思ったんだけど……まさか、こんな事態を目の当たりにすることになるなんてね」


「アッ」


 ルキウスさまの目が細まって、わたしとランスくんを捉えた。一見怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える悩ましげな表情に、裏返った声で極小の悲鳴を発するわたし。


 状況を整理しよう。


 シルヴィアたちとの戦闘を終え、己に認識疎外を施したまま塔に来たルキウスさま。そんな彼が見たものは、狭いクローゼットの中にみっちみちに詰まってイチャついてる(ようにしか見えないし、実際イチャついてる)わたしとランスくん。明かりがつく。わたしたちがクローゼットから出てくる。ルキウスさまも姿を現す。イマココ。


 わたしの脳裏を過る、浮気→婚約破棄→死亡→バッドエンドの文字列。


「ッス―――――――……」


 歯の間から長ったらしく息を吸い込む。頭にはてなマークを浮かべたランスくんが、わたしとルキウスさまをきょろきょろと交互に見つめる。


 ……うん、清廉潔白(ピュア)だ。そうだよね、ランスくんは暗闇を怖がってただけで、その状況を利用して頭を撫でてたのはわたし。理性が滅却しかけてたのはわたし。よこしまなことしか考えてなかったのはわたしだけ。


 揃いにそろった状況証拠。まごうことなき浮気の現場。


 前頭葉がご臨終してるとしか思えない過去の自分の行動に冷や汗を垂らし、わたしは覚悟とともに拳を握りしめた。


「う、浮気のつもりはなかったんです!!!!! ほんとうにごめんなさい!!!!! 許してください!!!!!」


「……それでボクが許すと、本当に思ってるの? ロザリーは思考回路までお可愛いんだね」


「墓穴だったか……ッ!」


 こわいこわいこわい。こわすぎる。目が全然笑ってないし、むしろ据わっていらっしゃる。なんだ、思考回路がお可愛いって。聞いたことないよお……(泣)。言い訳だとか反論だとか、言いたいことはこの冷や汗がごとく滝のようにあるけれど、たぶん何を言ってもドツボな気がするので、わたしはもう黙ります。短い人生だったなあ……。


「本当に……申し訳ありませんでした……。どうぞ気のすむまでニンニクと一緒に煮るなり、ソーラークッカーで焼くなりなさってください……。すみませんでした……」


 おろおろしたまま「えっ、浮気??」と呟いたランスくんをよそに、平身低頭土下座するわたし。羽もべたっと床にしなだりかからせ、死刑執行の瞬間を戦々恐々と待ちわびる。


 けれど、その瞬間は訪れなかった。


「……もういいよ、ロザリー。顔を上げて」


「それは……もう罰を与える慈悲すら一ミリの余地もない的な……」


「違うから。顔上げて」


「アッハイ」


 おそるおそる涙目でルキウスさまを見上げる。彼はてくてくとこちらへ歩み寄り、視線を合わせるよう、わたしの目の前にしゃがみこんだ。


 その透き通った瞳に宿った暖かさに、ふっと肩の力が無意識に抜ける。


「ボクはね、とても怒っているんだよ、ロザリー。連絡をくれなかったことも、ボク以外の人間にロザリーと呼ばせることを許したことも、ランスとくっついていたことも」


「……はい」


「でも、それはボクの過ちでもある。連絡を取ろうとしなかったのはボクもだし、ロザリーってボク以外によばせないでって言うのは気恥ずかしくて、言えなかった。それに、ランスを怯えさせてキミに縋るしかない状況に追い込んだのもボクだ」


 ルキウスさまの視線がランスくんにずれ、ランスくんの肩がビクッと跳ねた。


「ごめんね、ランス。本当はボクは、キミが暗闇を忌諱していたことを知っていたんだ。でも、どうしても自制ができなくて、キミのトラウマを呼び起こした。ごめん」


「……」


 チョーカーを手にしたまま、だらんとランスくんが腕を下げた。思考するように斜め上を見て、ルキウスさまに向き直り、ランスくんが一歩足を踏み出す。


「いーよ、許す。けど、いいけど嫌だったし、マジで怖かったから、これでおあいこな」


「! これは、やられたな」


 驚愕したように、けれどどこか嬉しそうに、目を細めて笑ったルキウスさまが零す。その細くて長い首に、ガチッと白のチョーカーが嵌った。ルキウスさまの首筋に触れていたランスくんの指先が離れ、窓の外に茜色の夕焼け空が覗く。レースカーテンがはためく。


「ランスくん、それ……」


「うん、昼に戻った。やっぱり、魔力封じの魔道具だったんだな。ルキウスの暴走を止められる効果って言ったらそうじゃないかって思ったんだ。はは、爆発四散するとかじゃなくてよかった」


「え、ナチュラルサイコの方だったりする??」


 さわやかな笑顔で物騒なことを言い放ったランスくんに怯えるわたしと、くすくすと可笑しそうに小さく笑うルキウスさま。ランスくんはきょとんと「ナチュラルサイコってなんだ??」と首を傾げた。


「コホン。まあとにかく、オレを怖がらせた罰として、ルキウスはしばらくその首輪をつけて過ごすこと! せっかく発散したのにまた魔力がたまったら危ないし」


「わかったよ、ランス」


 己に嵌った首輪を撫で、慈しむような表情でルキウスは目を伏せた。その様相がどうにも美しくて、どきっとわたしの心臓が音を立てる。


「それと、お前の婚約者なのに、ロザリーサンにくっつきすぎちゃったことはごめん! ロザリーサンはオレが怖くないようにって、落ち着かせたり茶化したりしてくれてただけで浮気とかじゃないし、悪いのはオレだから責めないであげてほしい……んだけど、」


「本当、ランスといると毒気が抜かれるな。……うん、いいよ。もう怒ったりしない」


「! 約束?」


「うん。約束」


 ランスくんが窺うように差し出した小指に、ルキウスさまも自身の小指を絡めた。上下に振ってはパッと離し、互いに指を引っ込める。


「!」


ランスくんがコンマ一秒のウインクをわたしによこしたのは、その瞬間だった。


「すごいな、ランスくんは」


 ぽつりと、誰にも聞こえない可聴領域外の音波で呟く。


 ランスくんの行動一つで、空気が一変した。彼の言葉でルキウスさまの心音が和らいだ。一見ちょっと抜けているように見せかけているけれど、実際の彼はとても頭がよくて、ものすごく優しい子なのだ。


 まあ、ランスくんに浮気()をごまかしてもらったようで、若干気が引けるんだけど……。


「……ルキウスさま」


「なに、ロザリー」


 呼びかければ視線が返ってきた。その目は穏やかに凪いでいて、すっと軽く息を吸い込む。


「一人にしたことも、ランスくんを構い倒したことも、もらった名前を勝手に本名にしたことも、ごめんなさい」


「……いいよ。前半二つはもう少し根に持ってしまいそうだけど、名前は、“ロザリー”を気に入ってくれたんだったら、少し、嬉しくもあるんだ」


「!」


 にこ、とルキウスさまの目が弧を描く。


「ロザリー。キミにも、キミのご家族にも、ランスにも迷惑をかけてしまったし、これからも迷惑をかけるだろうけれど、ボクを許してくれる?」


「もちろん! ……です! じゃあ、これで仲直りということで……?」


「相違ないよ」


「相違ない頂きましたーッ!!」


 土下座付近から飛び上がってガッツポーズで喜びを嚙みしめるわたしに、くすくすと笑うルキウスさまと、パチパチ拍手を送ってくれるランスくん。


 これにて、一件落ちゃ――


「でもね、ロザリー。次同じことをしたら、今度こそキミを“隠して仕舞う”から」


「ひえ」


 鋭めの上目遣いをするルキウスさまの瞳上に、ほんの一瞬魔方陣が表示される。発動こそされなかったものの、その文様はさっき二度ほどわたしに掛けようとしていたもので…………。


「言いそびれていたけれど、翼があるロザリーも可憐でかわいいね。鳥かごにでも厳重に仕舞ってしまいたいくらいだよ」


「もうやだこあい」


 ちなみにその効能は、魅了&洗脳てきなやつでした……。

第20話も最後までお読みいただきありがとうございます!!!

面白かったらブクマや星などで応援していただけると嬉しいです!!!




はーい!


なんとかこれでまた一区切り尽きそうです!!

キリのいい20話!!20話ですよ皆さま!!!我ながらよく続いてるな〜〜〜!!


それもこれも、いつも読んでくださる皆さまのおかげです!!本当にありがとうございます!!そして、ふつつかものですがこれからもよろしくお願いします!!


実はもうちょっとエピローグ的なのを挟もうかと思っていて、でも丸々一話分には満たないだろうなーって思うので、一週間以内にもう一話投稿するかもです!!未定です!!!!未定です!!!!!


あと、前回のあとがきに書いたことなんですが、ランスくんのトラウマの原因の一旦であるおっちゃんは、結構耄碌なさってるおじーちゃんだったってことにしようと思います。これ以上の辻褄合わせが思いつかんのじゃ……許してけろ……。


てか、ワンエピソードに10話ずつくらい使ってるのってあまりにもスローテンポ過ぎるな??


ゲームで言ったらまだDay2ですよ??


皆さま気づいてらっしゃいましたか?実はルキウスさまとの初対面の日+このランスくん回の二日分しか作中で描写されていない事実に……。


ひええ。いっぱい書いた気でいたのにな〜〜……。


まあ、これからも精進致しますので、また来週もご覧あそばせくださいませ〜〜〜!!!いつもほんとにありがとうございます!!!ではさらば!!!

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