開幕!クローゼット籠城戦
「よっしゃ、到着!! ……って、いやいや、」
バン! と勢い良く開けた扉から、転がるように塔に入ったわたしは、自身の頭上に延々と伸びる螺旋階段を見上げ、若干の冷や汗を額に浮かばせた。
現在は夜ということも相まって、目的地ことわたしの部屋がある最上階は影のようになってほとんど見えなくなっている……のだが。
「どう考えても階段長すぎない??」
「んん。確かに外から見たときより、塔が高く見えるような……?」
「うん。こんな標高で暮らしてたら、吸血鬼とはいえ寒すぎて冬眠しちゃうよ……」
「え、吸血鬼って冬眠するのか!?」
「するよ(噓)」
「するんだ……」
「噓だけど」
「噓!?」
と、まあ、全反応がめちゃめちゃにかわいいランスくんの純情を片手間に弄びつつ、どうしたものかと首を傾げる。
「やっぱ幻想魔法ってはちゃめちゃに強いな……」
幻想の具現化だなんて神業的な魔法が強くないわけないが、いかんせん攻略難度が高すぎる。外観はそのままに、内部空間だけを拡張するだとか、まるでRPGゲームにおけるダンジョンの構造みたいだ。
「まあ、この世界自体、わたし視点ではゲームなんだけどね~」
「……? げーむ、ってなんだ? よく知らないけど、チェスとかのやつか? ボードゲーム、みたいな」
「おっと、口に出てたか……。うんまあ、たぶんそんな感じ?」
「ふーん……?」
「でも、そっかあ。ゲーム、ねえ……。その発想はアリかな」
「?」
この状況を、ゲームだと考えよう。たぶん、逃げるタイプのホラゲーだ。
ルキウスさまに捕まらないようにしつつ、最上階にある“アイテム”を入手できればゲームクリア。捕まれば、ゲームオーバー。
この、上階が影になっているほどバカ長い階段をバカ正直に上れば、体力ゲージが尽きてしまう。途中にどんなステージギミックやトラップがあるかわからない以上、無策に上るのは危険すぎる。
なにより、ランスくんは重装備たるロリータ服を着ているのだ。男の子とはいえまだ幼いし、慣れない厚底パンプスを履かされてもいる。暗いところが苦手であるランスくんにこの暗い階段はデバフ過ぎるし、体力が急速で奪われていくだろうことは明白。
なら、ステージを用意したルキウスさまが想定していないチートで、一瞬で突破するしかない。
「ロザリーサン、階段上んねえの? そろそろルキウスが来ちゃうかもだけど……」
「んー、ちょっと待ってね。今考えるから……」
チラチラと扉の方を気にしながら階段を指さすランスくんに声をかけて、気が遠くなるほど長い階段を見上げる。
茨魔法は……ダメだ。ロゼッタと戦ったときに一回見られている。
今朝、お父さまがわたしたち三人を捕らえたときのように、茨でわたしとランスくんを包んで持ち上げればと思ったが、速度もたいしてないし、人間であるランスくんは棘で怪我をしてしまうかもしれない。だから、茨魔法は使わない。
――けれど、方法はもう一つある。
「使うか」
ふっと短く、息を吐いた。
「ほんとはお父さまに禁止されてるんだけどね~……たはは。後で怒られるな、これは」
二時間説教はもう御免こうむりたい。でもまあ、非常事態だし許してくれるだろう、と楽観的に信じておこう。
「なんだこの、高密度の魔力……!」
ランスくんが呟いた。きょろきょろと周囲を見回して、魔力の中心にあるわたしを凝視する。
「ランスくん、手を!」
「お、おう!」
伸ばした手を、ランスくんが取る。彼の手をきゅっと握る。
そして――
「――天性解放」
わたしは翼を生やして飛び立った。
◆
「はあ、はあ……も、も無理……づがれだぁ……」
最上階に到着したわたしはランスくんを丁寧に降ろしたのち、床にへばってぜぇぜぇ息を吐き出した。
あ、あぶなかった……!
ランスくん華奢に見えるからわたしでも抱えられると思ったけど、全然そんなことなかった……! むしろ、結構がっしりしてらっしゃるタイプだった……!
インナーマッスルとかすごいんだろうな。途中でお姫様だっこに抱えなおしたときとか、思ったより太もも硬かったし、腹筋も割れてるのかも。てか、ランスくん騎士なんだし、そりゃ体鍛えてるよね……。わたしってほんと、考えなし……。
でも、わたしにお姫様だっこされて頬赤らめてるランスくん可愛かったな……。
次回があった時のために、もっとわたしも筋トレとかやっとこう……。
……なんて。よこしまなことしか考えてないわたしを、心配そうにおろおろ気遣うランスくんが一人。
「ご、ごめんな、ロザリーサン! オレ、重かったよな……? 最近ちょっと、食べ過ぎちゃってたかもで……」
「や、全然……わたしが体力ないだけだから、ランスくんが重いわけじゃないから……。健康的な方が絶対いいんだし、ほんと瘦せようとか、考えないでね……」
「う、わかった……」
シュン、と眉を下げて申し訳なさそうに目を伏せるランスくん。
くっ、睫毛長くて綺麗だし、サラサラの髪を適度にわしゃわしゃ撫でまわしたいし、そんな顔をさせてしまったことに対しては本当に申し訳ないと思うけど、全部それどころじゃないんだよなあ……!
「ふう……」
息を吐いて、ぺたんと床に広がった蝙蝠っぽい翼を見下ろす。
さすがは限りなく魔族に寄せた形態だ。数秒休んだだけで、体力がかなり回復している。まあその分、デメリットも多いんだけど……、今は気にしないでおこう。
「それにしても、途中のだまし絵みたいになってたところは驚いたなあ。やっぱ、普通に階段を上るだけじゃたどり着けないようになってたね」
「上階の階段が崩れて、瓦礫が降ってきたときはもうダメかと思ったぜ……」
「あはは。確かに、茨で突破しようとしてたら避けれなくてぺしゃんこだったかも」
「笑い事じゃないって!」
「うん。わかってる」
パンパンと、ドレスの裾をはたいて立ち上がる。長い翼を引きずって、ランスくんに歩み寄る。
「でもいつか、こんなことあったなあって、笑い話にできたらいいよね」
そう言って笑いかければ、ランスくんははっとした顔で目を見開いた。
「だな」
ランスくんが、さっきとは違った雰囲気で眉根を下げて、花がほころぶようにふにゃりと笑う。その様子はやっぱり愛らしくて、この子にもずっと笑顔でいてほしいな、と。そう思った。
「ていうか、ロザリーサン。その羽仕舞わないのか?」
「仕舞わないんじゃなくて、仕舞えないんだよね~」
ずるずると床を引きずられているわたしの羽を指さして、きょとんと首を傾げるランスくん。同じく羽を見て、たはは……と頬を搔くわたし。
そう。これは、自分の意志では仕舞えないのだ。シルヴィアとかは全然できるので、単にわたしの未熟さゆえなんだけどね。
「それに、羽突き抜けてるのに、なんで服破れねえの? あと、その羽重くないのか? 蝙蝠っぽい翼だし、薄いから平気みたいな……?」
「おおう。ランスくんぐいぐい来るね」
「あ、えと、ごめん。聞いちゃダメなやつだった……?」
「ううん、そんなことないよ。そりゃ、人間からしたら珍しいだろうし、気になっちゃうよね。……ならば、説明しよう! 目的を遂行しながらね!」
バサッと翼を広げたわたしは、バーン! と自室への扉を開け放ってそう宣言した。
自室前を照らしている、まだ橙色の燭台の火が、ふっと揺れた。
「結論から言うと……っていうか、結論がすべてなんだけど、これは生物的な羽じゃなくて、魔力を編んでつくった偽物の翼なんだよね。だから、服も突き抜けないし、重さもない」
部屋に踏み入りながら、翼を軽くバサバサはためかせて、先ほどランスくんが口にした疑問の回答を羅列する。
「目には見えるし存在はしてるけど、触れないって感じか?」
「うーん、若干違うかも。魔力で編んだ翼だから、魔力を持たない服とかは貫通するんだけど、魔力を持つ人間は普通に触れるんだよね。興味あるなら、触ってみる? わりと面白い触り心地してるよ」
「えっ?」
左右に翼をひらひら揺らめかせて振り返れば、ランスくんはまだ扉の向こうで突っ立っていた。あれ、なんで部屋に入ってこないんだ??
「? ランスくん、なんでまだそこいるの? 入っておいでよ」
「いや……、勝手にじゃねえけど、それでも女の子の部屋に入るのはどうなのかなって、思って……」
「ぴゅあか??」
「あ、あと! 翼っていっても体の一部なわけだし、あんまり他人に触らせるのは、よくないと、思い……マス。いや、詳しいことはオレにはわかんねえし、魔族のひとたちにとっては別に普通のことなのかもだけど……」
「あらやだ、ランスくんが思慮深くて大変すごい……。いやこれ、たぶんわたしが全配慮に欠けてるだけだな。ほんと申し訳ない」
扉前でおろおろと視線をさまよわせて、照れ照れと恥じらうランスくん。頬にさす朱はおそらく燭台のものだけじゃないだろう。言いづらいこともちゃんと忠告してくれるなんて、この子はどこまでいい子なんだ……!
「んん、確かに翼の件はごもっともだけど、でも今は部屋には入ってほしいな~。ほら、扉で分断されたら困るし」
「あ、そっか。ならまあ、お邪魔します……」
「どぞどぞ。ついでに入り口のとこの電気つけてくれると助かる」
「これか?」
ランスくんがパチッとスイッチを入れれば、部屋のシャンデリアに明かりがともった。
……この世界、巻きゴテとか、このシャンデリアとか、至る所にハイテクが施されてるんだよね。電柱とか電線とかは見たことないし、たぶん熱魔法とか雷魔法を応用した魔道具なんだろうけど。
トイレは水洗だし、元現代人のわたしとしては、ありがたいことこの上ない。
「ありがと~。一応ドアは……あれ、開けてた方がいいかな? 閉めた方がいい? 動線確保のためなら開けてた方がいいけど、」
「わっ、かんないけど……、外から丸見えなのは危ないし、オレは閉めた方がいいかなって思う」
「なるほど、一理ある。逃げるときは今朝みたいに窓から飛び降りればいいしね」
「ロザリーサン、普段どんな生活送ってんの??」
「いや違うんです。特別今日が濃い一日ってだけで……」
扉を閉めるランスくんから目を逸らし、あさっての方を向く。さ、目的のものを探さなくっちゃな~……。
「ランスくんはちょっとそこで待っててね。えーっと、確かこのジュエリーボックスに入れてたような……あれ、ないな。え? わたしどこ置いた??」
「オレも手伝おうか? なに探せばいい??」
「あのね、このくらいの大きさの輪っかなんだけど……」
両手で丸を作ってランスくんを振り返る。ランスくんは真剣な表情でうーん……と、わたしの手を見つめて首を捻った。
「輪っかね、りょうかい。オレが触らない方がいいとことかある?」
「特にないかな。わたしはあっちの箪笥探してくるから、ランスくんはクローゼットお願いしていい?」
「え、クローゼット見ちゃってほんとに大丈夫か??」
「だいじょーぶ!」
ランスくんにⅤサインを作ってクローゼットをお願いして、わたしは天蓋付きベッドにバウンドして反対側に着地し、箪笥の引き出しをガサゴソ漁っていく。
「ないな~、ランスくんそっちある?」
「んー……あ、ひょっとして、これ?」
「え、あった?」
目を輝かせてバッと振り返れば、開け放たれたクローゼットの前で、ランスくんが目当ての品を摘まんで立っていた。
彼の手にある古く白い輪っかが、シャンデリアの光を受けてきらりと輝く。
「そうそれ! わ~、そんなとこにあったのか~! ランスくん、ありがと~~~!」
「どいたしまして。でも、なんなんだ? これ。ぱっと見、チョーカーとかに見えるけど、魔道具か?」
「うん。その通り、チョーカー型の魔道具でね、効果は――」
もう一度ぼよんとベッドを経由して、クローゼットの方へ駆け寄ろうとした――瞬間。
「キャッ――!」
「――ひ、っ」
シャンデリアの明かりが消失し、部屋が暗闇に包まれた。
「ろ、ロザリーサン……」
「っ、一旦隠れよう!」
うずくまって肩を震わせ、涙目でわたしを見上げるランスくんの腕をとって、クローゼットの中へ土足で駆け込んだ。ジャッ! と衣類を端に寄せて扉を閉じ、わずかな隙間から外の様子を伺う。
「咄嗟にクローゼット入っちゃったけど、まずったかな……。窓から逃げた方が良かった? いやでも、まだ単なるシャンデリアの故障の可能性もあるし……」
ぶつぶつと小声で呟き、早鐘のように鳴る鼓動を深呼吸で抑える。
今は天性解放で原種のヴァンパイアに限りなく近くなっているから、夜目の効きようも何倍にも跳ね上がっているはずだ。それに超音波も拾えるほど耳もよくなっている。
その目と耳が、危険はないと言っているのだ。きっと大丈夫。
「でも念のため、もうちょっとだけここに隠れてた方がいいかな。ねえ、ランスく――ん?? アッ、」
振り向いて目に入った光景の衝撃に、繋いでいた手を思わずバッと離し、「無罪です!」と言わんばかりに両手を上げた。
零れそうなほど見開いた目をバチッと瞬かせ、眼前の人物を凝視する。脳が勝手に現在の状況を目と記憶に焼き付けていく。
「ふ、ふーっ……。っは……。っ、ご、ごめん、ほんと暗いのだめ、で。いま、まじで余裕、ないから、あんま見ないで……」
「ご、ごめんごめんごめんごめん!!!!」
顔面蒼白で瞳を潤ませ、不自然に肩を上下させて息を乱し、白くて分厚いチョーカーをぎゅっと握り締めているランスくんの、一見あられもない姿がそこにはあった。
――こうして、わたしの理性VS欲望を象徴するクローゼット籠城戦が幕を上げたのだった。
第18話も最後までお読みいただきありがとうございます!!!
面白かったらブクマや星などで応援していただけると嬉しいです!!!
前回、「クローゼット籠城戦を開始したのだった」って締めましたよね。
大変申し訳ございません!!!!詐欺になってしまいました!!!!
いやね、クローゼットイチャイチャシーンから書こうとね、思ったんですよ。
でもね、間に一話挟まないと色々説明不足になっちゃうなって気づいてしまってですね……最終的に最後のワンシーンしかクローゼットを活かせませんでした……無念。
楽しみにしてらっしゃった方がいたら申し訳ない!でも次回は100億%クローゼットイチャイチャシーンからスタートしますので!情熱かけて描写いたしますので!なにとぞお許しください……!(土下座)
次回は本当に!絶対に!かわゆいランスくんをご提供致しますので!
順序よくいけば、ルキウスさまとの決着も、もしかしたら段階ですけど着くかもしれないので!
ぜひとも次回もお立ち寄りくださいませ!!!!




