ヤンデレTS美少女男子、ルキウスさまの激情
「キミに……ロザリーに、何ができるの? 約束を破ったくせに」
「え、?」
苦し気にうめくように、ルキウスさまが零す。クマの濃い瞼を悲痛気に細め、乾燥した唇を噛んで、耐えるように自身の腕に爪を立てる。
紫の炎が照らしだしたルキウスさまの沈痛な面持ちに、わたしは目を見開いた。
「どういう意味、ですか? ルキウスさまを、ひとりになんて……」
そこまで言って、わたしはハッと息をのんだ。
そうだ。巻きゴテがあるから忘れていたけど、この世界にはスマホがないのだ。
スマホがない。つまり、高速連絡ツールがない。そして、お手紙を出すなんて高貴な発想はわたしの中には存在しなかったし、ロゼッタ周りのごたごたでめちゃくちゃ報連相を失念していた。
え? と、いうことはつまり……。
「わたし、無意識に、釣った魚にエサを与えない系クズ主人公になっちゃってた……ってコト!?」
「釣った……魚? え、なに、?」
床にへたり込んだランスくんが困惑ボイスを発したが、一旦放置しておこう。視界の端で、やれやれあの子は……って感じに額を抑えているロゼッタも同様だ。
前世、ギャルゲーにも手を出していたわたしは、仲良くなった女の子に連絡の一つもよこさない主人公に辟易していた。普通、ここは毎日ラブコールするとこだろーが!! とよく憤っていた。
けれど、それがどうだ?
あんなにも孤独に怯えていたルキウスさまを放っておいて、暴走寸前まで精神を追い込んで。
ただでさえ突然女の子になったことで無意識下のストレスとかも抱えているだろうに、わたしはそんなことに思い至りもせず、日々ロゼッタやシルヴィアとキャッキャウフフ(語弊)していた体たらく。
今まで鼻で嘲笑っていたギャルゲーの主人公たちよ、誠に申し訳ない。
わたしも同じ穴の狢でした……。
「……ごめんなさい、ルキウスさま。ほんとうに、なんて言ったらいいかわかんないけど……ほんと、ごめんなさい」
「? ……なんでロザリーが謝るの? 何か悪いことでもしちゃったの?」
「ウッ」
きょとんと愛らしく首を傾げるルキウスさまに、二重の意味で心臓を抑える。良心の呵責とルキウスさまの可愛さに心臓が爆発しそう。
「してないなら謝る必要はないと思うけれど」
「いやその、何もしていないことを悔いているといいますか……」
「……ふぅん」
それはなんの、ふぅんですかルキウスさま!? と大声でビビり散らかしたい衝動を抑え、「美人の真顔怖いめぅ……」と滝の涙を流しながらよろよろと腰を下ろせば、心配顔のランスくんがよしよしと慰めてくれた。
あらやだ、いい子。わたしたちに弟がいたらこんな感じだったんだろうか。ランスくんみたいな弟……? かわいいし全然アリだな。
でも、無断で女の子の頭を撫でるギャルゲムーブは髪型崩しちゃう恐れがあるし、嫌がられることも多いし、いろいろ良くないんだぜ、ランスくんよ。
けどまあ、きみまだ7歳児だしな……あと撫でられ心地めっちゃいいし、わたしを気遣ってのことだし、この度ばかりは不問にしてしんぜよう。うん。それにしてもテクニシャンだなあ。あ~……そこそこぉ~……ごろにゃん。
なんて、うっとりと目を細めていたわたしはおそらく、今世紀最大のバカだろう。
なぜって、そりゃあ……。
「……。いい度胸だね、ロザリー。よりにもよってボクの目の前で――婚約者の目の前で、ランスとイチャつこうだなんて。性別まで変えたボクの努力は、無駄だったってことかな」
「ヒエッ」
絶世の美少女が、絶対零度の視線でわたしたちを睥睨していたからだ。
「いったい、どうしてくれようか。できればキミには、痛いことも、怖いことも、酷い真似は全部したくないんだよ。嫌われたくないし」
カタ、と清楚な白のサンダルが一歩、こちらへ踏み出す。ランスくんが唾を嚥下する音が脳裏に響く。漠然とした生命の危機に、肌が総毛立つ。
「けれど、それでも、キミが他の男に目を向けるというのなら、その時は――」
わたしとランスくんの目の前にルキウスさまがしゃがみ込む。足をそろえて両手を頬に添え、ルキウスさまが可憐に微笑む。窓外の雲が晴れ、月光が射し込む。開かれた小さな唇がスッと息を吸い込む。
「――キミを殺して、新しいバッドエンドでも創ろうかな」
紫炎が儚げに揺らめく中、神経をツーっと舐め上げるがごとく甘美な内緒声で、月光に照らされたわたしの婚約者さまは、神様みたいな、残酷なほどの美しい笑みを滲ませた。
華奢な肩からラベンダー色の髪が一房、滑り落ちる。熟れた果実のような甘い香りがぶわっと広がって、喉がきゅっと甘え鳴きの音を鳴らす。熱を宿したわたしの頬を、ルキウスさまの冷たい指先が揶揄うようになぞる。脳がくらくらと点滅して、無意識に足の指先に力が入る。
「かわいいね、ロザリー」
「――っ」
熱のこもった甘い囁きが鼓膜をくすぐる。腰のあたりの力が抜けて、ぺたんと太ももが床に沈む。
涙目になってわなわなと肩を震わせるわたしを見て、くすっと吹き出したルキウスさまは、心底可笑いといった風にいっそう笑みを深くした。
「、あっ」
ルキウスさまの指がわたしから離れ、泣きそうな声が漏れた。いかないで、と縋りそうになってハッとして、伸ばしかけた腕を引っ込める。くすくすと喉の奥で笑うルキウスさまを、抵抗がわりにキッと睨む。
「あはは。無垢で無防備で、ほんとうにかわいい」
頬を興奮に赤らめてどこか恍惚とこちらを見下ろすルキウスさまを必死に睨め上げる。
恥ずかしさをごまかすように、伸ばしかけた方の腕を太ももで挟み、肘の下あたりをキツく握りしめる。ルキウスさまの体温はなくなったはずなのに、触れられていた頬がピリピリと余韻に痺れている。
「怖がらせてごめんね、ロザリー。さっきのは冗談だよ。ボクがキミを手にかけるわけがないじゃないか。あんな思いを現実でも味わうだなんて、それこそ死んでもごめんだよ」
遠い過去を憂うように長い睫毛を伏せ、暗い声を苦しそうに絞り出すルキウスさまを横目に、フーッ、フーッ、と漏れる息と上がった心拍数を整える。
「――でも、キミが悪いことをしちゃったと思うなら、相応の“おしおき”は必要だよね」
「、」
息が詰まって、鼓動が止まった。
隣のランスくんがおろおろとわたしを覗き込むのには気づかないふりをして、誰とも目を合わせないよう俯き、唇を噛んで呼吸を殺す。一周回って冷えてきた脳のせいで、首筋にじわぁ……と厭な汗をかいた。
「ロザリー」
頭上から降り来る声に、ビクン、と肩を震わせる。鼻筋を伝って、汗が床に落ちる。
「ねえ、ロザリー」
誘うように、縋るように、ねっとりとした甘く重い声が、わたしの名を呼ぶ。床を見つめたまま、瞳孔を小刻みに震わせる。
「こっちを向いて? おねがい」
ふっ、ふっ、と。か細い息が歯の隙間から漏れる。脳が煩いくらいの警鐘を鳴らしている。鋭い痛みが頭蓋の内側をズキズキと刺す。
どうしよう、どうしよう、とそんな文言だけが鈍くなった脳を堂々巡りに駆け回る。
すっとルキウスさまが息を飲む音がする。
「おねがい、……ボクを見て。ボクとずっと一緒にいて。ひとりは……ひとりで見る悪夢は、こわいんだ」
「!」
ルキウスさまの声色が、変わった。
悪夢。その一言に、ズキリと胸が痛む。なんで、なんでわたしは、そんなことにも思い至らなかったのだろう。
涙の滲んだ声で、ルキウスさまがスンと鼻をすする。
「ごめん。ごめんなさい、ロザリー。……もう怒ったりしないから、おねがいだから、もうボクを、ひとりにしないで」
「――っ、!」
きゅっと、わたしの袖をルキウスさまが握る。
零された本音と思わしきそれは酷く弱々しくて、消え入りそうで、わたしはくしゃっと顔を歪めて息を止めた。
ルキウスさまは、わたしがひとりにしてしまったこの数日の間もずっと、悪夢にうなされていたんだ。孤独に喘いで、ひとりぼっちで泣きながら、再生され続ける絶望の未来という悪夢に耐えていたんだ。
わたしに話したからとて、ルキウスさまのスキルが――世界観測が止まるわけじゃない。ルキウスさまはわたしが笑って過ごしていたこの数日もずっと、ひとりで震えていたんだ。
ちょっと考えればわかりそうなものなのに、わたしはなんて馬鹿なんだろう。
自分の浅はかさを悔いながら、両手でルキウスさまの手を掬い上げて握り込む。決意とともに唾を飲み込んで、愚かなわたしは顔を上げた。
「ルキウスさま、わたしっ――、!」
「だめだっ、ロザリアサン!」
「……ああ。やっと、ボクの目を見てくれた。やっぱりキミは優しいね、ロザリー。そんなキミが――優しくて心根の綺麗なキミが、ボクは大好きで、少しだけ憎いんだ。ごめんね」
「ぁ」
至近距離で見上げた薄氷色の瞳には、鮮やかな魔方陣が浮かんでいた。
魔方陣が光を放って回転する。なんの術式かはわからないけれど、まあ、おしおきをされるんだろうな。けれどきっと、死ぬこともないんだろう。さっき、ルキウスさまがそう言ってたし。
なら、まあいいかと思った。たぶん、ルキウスさまに殺されるとしても、わたしは同じことを思うんだろうなと少し笑って、ただ茫然と目の前の美少女に見惚れることにする。
最期の景色を選べるなら、この人がいいなと、夢想しながら。
『――いい加減にして頂けるかしら。いつまでも子供の癇癪に付き合ってられるほど、アタクシたちも暇じゃないのよ。これ以上アタクシの可愛い妹を虐めるようなら、皇太子殿下でも容赦はしないわ』
――けれど、その瞬間は、いつまで経っても訪れなかった。
カツン、と重力を感じさせない動きで、わたしとお揃いのヒールブーツが、わたしの目の前に着地する。
「ロゼッタお嬢様の言う通りにございます。敬愛する主に害をなす輩は、その婚約者様といえど全力で排除させていただきます」
銀の三つ編みが靡き、巨大な斧が月光にきらめく。
「私の愛娘に、ローゼリーナの忘れ形見に、手を出すな」
「えっ」
「わっ」
「二人は下がっていなさい」
ランスくんが短く驚嘆する。
しゅる……と腰に巻きついた野薔薇のツタが、わたしとランスくんをルキウスさまから引きはがす。宙吊りのわたしに伸ばされたルキウスさまの腕は、ロゼッタによって阻まれた。
殺意のこもった形相でロゼッタを睨むルキウスさまを見つめるわたしたちを、野薔薇が優しく床に降ろす。
そっくりな顔でぱちくりと目を瞬かせたわたしたちの眼前には、事態を静観していたはずの三人が立っていた。
「……なぜ、邪魔をするんだ、ロゼリア・ローズガーデン。なぜキミたちが、ボクのロザリーをそう呼ぶ」
『あら。アタクシがロゼッタと呼ばれていることについては触れないの? つれないわね』
額に青筋を走らせたルキウスさまを、余裕の笑みで嘲笑うロゼッタ。両者間に走る緊迫した空気にひえ……とわたしは歯をカタカタ鳴らす。
『さて。諸々の説明は後回しにするとして、アナタのお相手はアタクシたちが務めさせていただくわ。だから――ランスロット・スティーリア』
「!」
『アナタはロザリーを連れて逃げなさい』
肩越しに振り返ったロゼッタがランスくんを見つめ、目を細める。名を呼ばれたことでびくっと肩を震わせたランスくんは直後、深く頷いてわたしの手を握った。
「わかった。アンタはロゼッタサン……でいいんだっけ。スティーリア家の名に誓ってロザリーサンはオレが守るから。命に代えても、傷つけさせはしない」
『威勢は結構ね。そういうの、嫌いじゃないわ』
ランスくんにニヤッと笑いかけたロゼッタは、バッと弾かれるようにルキウスに向き直り、その桔梗色の瞳に魔方陣を展開させた。重力魔法でダイニングテーブルや椅子が移動され、わたしたちとロゼッタたちの間に簡易的なバリケードが築かれていく。
『行きなさい。……ロザリーを頼んだわよ』
「Roger!」
「きゃっ」
組み上がった椅子と机の群れが、ロゼッタたちの姿を隠す。腰が抜けて動けないわたしを、ランスくんが抱き上げて走る。
「……ボクからロザリーを奪おうだなんて、万死に値する愚行だよ」
出入口とは別の――キッチンへと続く扉を通り抜けた瞬間、そんなルキウスさまの声が確かに鼓膜を震撼させた。
バタン、と扉が閉まる。
かくして、VSルキウスさま2ndステージ・ホラー隠れ鬼が開幕したのだった。
第16話も最後までお読みいただきありがとうございます!!!
面白かったらブクマや星などで応援してくださると嬉しいです!!!
はい。
今週もホラーにはなりませんでしたし、前回の冒頭まで到達しませんでした。
思ったよりルキウスさまの激情型恋愛描写に文字数使っちゃたことが敗因です。申し訳……。
ですが、かわいく怯えるロザリーを書けたので私はニッコニコです^^
どぎまぎしてるロザリーちゃんかわいいなぁ~♡♡♡ って思いながらキーワードをカタカタさせました。
ホラー耐性と恋愛耐性は反比例するのかな?^^
でもこんなことを続けていれば、いつかパソコンの画面を叩き割って、某ヤンデレTS美少女男子が殺害しに来るかもしれないですね……。gkbr
いやあ、この年齢でヤンデレを発症するなんて末恐ろしいな~!
なんて冗談は置いといて、来週こそちゃんとホラーをやります。絶対。とかなんとか言っといて約束破ったらごめん。どうか皆さまはヤンデレないでぇ……。
なにはともあれ、来週も見ていただけると嬉しいな!!!!(ヤケクソ)