(不本意)女装男子、ランスくん VS ヤンデレ(?)TS男子、ルキウスさま
ぜ、前回のおさらい~~~。
そのいち~、シルヴィアの手作りアップルパイを食べました。おいしかったです。
そのに~、わたしロザリア・ローズガーデンは改名によりロザリー・ローズガーデンになりました。ロザリアちゃんはロゼッタ・ローズガーデンになりました。よろしくお願いします。
そのさん、ふりふりの甘ロリを身にまとった女装男子・ランスくんが涙目で食卓に飛び込んできました。
はい。そんなわたしは今どーなってるでしょうか。
正解は……
「ロザリーサン、ごめ、……ごめん。オレ、ほんと、だめで……、手、握ってても、いい? ……ほんとごめん、」
「……い、イイヨ~」
「まじでごめん、ありがと……」
「キニシナイデ~~~……」
正解は、“せまーいクローゼットに、女装状態のランスくんと閉じ込もっている”……でした。
はい。涙目で仔犬のように震えている、女の子にしか見えないかわいさのランスくんと密着しています。
縮こまって、縋るようにわたしの肩に顔をうずめているランスくんを膝立ちでよしよししています。あ、今、手を握られました。現場からは以上です。
「っ、」
スン、とランスくんが鼻をすする音が至近距離で鼓膜に響く。ぐりぐりと、ランスくんが額をわたしに擦りつける。うるんで赤くなった目が不安気にゆらいで、ためらうようにわたしを見上げる。
「……謝ることしかできなくて、ごめん」
掠れた泣き声が、吐息が、熱っぽく首元をくすぐった瞬間、ゾクッとした感覚がわたしの背筋を駆けあがった。
……さて。
なぜ、わたしたちがこんな事態に陥っているのか。時はランスくんが突撃してきた時刻に遡る。
◆
「助けてくれ、ロザリアサン!! アイツを止められるのはアンタしかいねえ……っ!!!」
「えっ!? ランスロットくん!?!?」
「マジでほんと、お願い……助けて……」
平和な食卓に突如として飛び込んできたふりふり女装男子に面喰い、我らがローズガーデン家は全員、直立不動で硬直した。
わたしを守るように立ちふさがったまま、スペキャ顔で固まるロゼッタ。その前でクエスチョンマークを頭の上に浮かべて首を傾げているお父さま。構えていた斧を若干下げて、困惑顔でチラチラとお父さまを振り返るシルヴィア。
そして。
「うっ、か、かわい……いや、でも、わたしは女の子一筋で……けど、びっくりするほどかわいいな……、え、かわよ……、や、これはもう……いやいや! だめだめだめだめ」
女装したランスくんのあまりにもかわいすぎる出で立ちに心臓をぶち抜かれたわたしは、ハート目になって完堕ち姿を晒すのを阻止すべく、屈しそうになる精神に必死に抗っていた。
「あの、ロザリアサン、あんまその……か、かわいいとか言わないで……、オレ、これでも男だし……、」
「ぐはっ……!」
顔を赤らめてうるんだ視線を逸らし、恥ずかしそうにもじもじしながらランスくんが呟く。パンプスに収まった指先がきゅっと丸まって、きつく握られたロリータ服にしわができる。
や、やばい。いくらなんでもかわいすぎる。どう頑張っても、花も恥じらう乙女にしか見えない。
くっ、だがどれだけかわいかろうと、わたしは男の子に屈したりなんかしないんだからなっ……! 今たぶん片目の瞳孔はハートになってるけど、まだ屈したわけじゃないんだからなっ……!!
あ、ランスくん、手の甲は結構骨ばってるんだ。手も大きいし、こういうとこはちゃんと男の子なんだな。騎士だからか細かい傷やささくれもあるし、皮膚も硬そうだけど、むしろなんかじゅわっとおいしそうでかわい……はっ!
……と、まあ、結果は火を見るよりも明らかなのだが、かろうじて抗っているそぶりを見せていた。心なしか、こちらを振り返ったロゼッタの目が汚物を見るそれだった気がするが、たぶん気のせいだろう、うん。
冷や汗とともにじゅるりと滴り落ちそうになる涎を手の甲で拭い、ランスくんにむきなおって口を開く。
「と、ところで、助けてってなにごと? あいつ、って……」
「それは……、!」
言い淀んだランスくんが何かの気配に驚いたように背後を振り返ったのはその瞬間だった。開け放たれた扉の先、墨汁で塗りつぶしたような数センチ先も見えない闇からカツンカツンと靴音が響く。
なんで、廊下がこんなにも暗いんだ……? 今は昼だし、部屋の中は明るいのに。
ゾッと得体の知れない恐怖に背を凍らせるわたしを嘲るように、足音は悠然と近づいてくる。
「、きた」
喉を詰まらせるように零し、顔面蒼白になったランスくんが後ずさる。
前に出ようと一歩踏み出したわたしを、再び守るようにロゼッタが左手を広げて制する。真一文字に口を結んだロゼッタの首筋を、ツーッと冷や汗が伝う。
「……これは、幻想魔法か」
「そのようです。……いかがなさいますか」
バトルアックスを目の高さまで持ち上げたシルヴィアを、お父さまが首を横に振って止めた。様子を見ようということなのだろう。シルヴィアは斧を構えたまま、開け放たれた扉ににじり寄る。
いつでも魔法を発動できるよう、彼女の義眼がゆっくりと開かれた……途端。
「ひっ、明かりが……」
「きゃっ、! なに、どういうこと、? 急に部屋が暗く……」
『……夜に、なった? 、っ!?』
ランスくんが息を吞んで蹲る。ロゼッタが呟いたと同時に、部屋中の燭台に、天井のシャンデリアに、炎がともる。それも、普段のあたたかみのある橙色とは似ても似つかない、真紫の炎が。
風もないのに揺れては消え、また灯る。緊張した面持ちの皆の顔が、てらてらと紫に揺らめく。足元からゾッとするような冷気が這い上がる。
カツン、と闇を裂いて純白の厚底サンダルが室内に一歩、足を踏み入れた。
あらわになる陶器の肌に、たおやかな薄紫の長髪に、自分の瞼が見開かれていくのがわかる。
「……、ルキウスさま」
「ふふ、驚いた? 久しぶりだね、ロザリー」
純白の膝丈ドレスを身にまとったルキウスさまが、くすくすと笑って闇から姿を現した。薄氷に似た色の瞳には、魔方陣が浮かんでいる。
何度も見たはずの笑顔に、前とは違う言い表せない恐怖を感じて足が震える。けれど、恐ろしく綺麗なルキウスさまから目を離せなくて食い入るように見入る。
「あ、そうだ。見て、ロザリー。純白のドレスを仕立てたんだ。似合ってるかな? 何色にしようか迷ったんだけど決められなくてね、キミに決めてもらおうと思って。ロザリーは何色が好き? 何色に染まったボクを見たい?」
「……とても似合ってますよ、ルキウスさま。月の光を束ねたような純白も可憐で、正直めちゃくちゃどストライクです。美しすぎて怖いくらいですよ」
「そっか、よかった。ならこのまま、白のままでもいいかもしれないね」
バレリーナのようにくるくると回って裾をつまむルキウスさまに、心に浮かんだままの感想を伝える。震える指先を固く握って深く息を吐き、まっすぐルキウスさまを見つめる。
「……ランスロットくんにロリータ服を着せているのはなぜですか。彼の意志ではないですよね」
「“ランスロットくん”?」
「、はい」
ルキウスさまの表情が一瞬でそぎ落とされ、無になった。その迫力に息を詰まらせながらもかろうじて頷けば、ルキウスさまは考え込むように腕を組んで視線を逸らした。
「ええと、なんで……なんでだっけ。ああそうだ。キミに会えない間に女の子の服をいろいろ試そうと思って、ランスには着せ替え人形になってもらったんだ……っけ。どうだったかな。ほんとうに、それだけだったっけ」
「え、」
「ほんとうは、寂しさを紛らわすためにキミの代用品にしようとしたのかもしれないね」
スッとルキウスさまの目が細まって、口元に笑みが戻る。その様子に嫌な既視感を感じた。似ているのだ。暴走した時のロゼッタやわたしに。
「……ロザリアサンたちが王宮に来た日から、しばらくは大丈夫だったんだ」
うずくまって震えたままポツリと、ランスくんが零す。
「けど、段々おかしくなって。初めはオレに、こういう服を魔法で着せるだけだった。それだけだったから別に、まあまた変な研究でも始めたんかな、って。そう思って放置してて。でも、王宮全部を覆う大掛かりな幻想魔法とか使いだして、いくらルキウスでも魔力とかヤバいんじゃないかって、止めようとして」
「……うん」
「でも、オレなんかじゃ、だめで……そん時、思い出したんだ。一瞬しか見てないけど、ロザリアサンの、青い方が発してた魔力となんか似てたなって。それで、もしかしたら、アンタならルキウスを助けられるんじゃないかって」
ぶわっと顔を上げたランスくんが、縋るようにわたしを見つめる。その見開かれた大きな瞳から、一滴のきらきらとした雫が零れ落ちる。
ちらっとロゼッタに視線を送れば、彼女は諦めたようにゆっくりと制していた腕を下した。
「無茶を言ってるのはわかってる。女の子に縋るしかないのも、情けないって、わかってる。でも――!」
「大丈夫だよ、ランスくん。ここに来たのはいい判断だった。あなたも怖かったと思うのに、ここまでよく頑張ったね」
ロゼッタの横を抜け、お父さまとシルヴィアを追い抜き、ランスくんの目の前にしゃがんで、彼の頭を優しく撫でる。
「っ、あ、」
ランスくんが押し殺したような嗚咽を漏らして、腕の内側で赤くなった目元をごしごしと拭う。
『……確かにあれは、魔族の暴走に酷似してるわね』
「はい。魔族の暴走とトリガーは、膨張した魔力とメンタル面の二つありますが、ルキウス様の場合は後者の要因が大きそうですね。しかし、王家の“人間”であるはずのあの方がなぜ……」
ルキウスさまに対峙するロゼッタとシルヴィアの呟きを聞きながら、ランスくんの髪をよしよしと撫でつける。そういえばシルヴィアには言ってなかったな。ルキウスさまがただ女の子の姿になっただけじゃないってこと。
「……ランスくん」
「、ぇ、?」
微笑んで優しく名前を呼べば、ランスくんは涙を拭きながら顔を上げた。その目の下には痛々しげな跡ができてしまっている。
「わたしはあなたが、無理やり女の子の服を着せられたから助けてほしくて、ここに来たんだと思ってた。でも、違った。あなたは“ルキウスさまを”助けてほしくて、ここに来たんだよね」
「、……うん」
「うん。やっぱそーだよね。そかそかなるほど。……てことはさ。それ、めちゃくちゃかっこよくない?」
「え?」
こくり、と頷いたランスくんの頭から手を離してニカっと笑えば、彼はきょとんとして戸惑うような声を漏らした。そんなランスくんの顔を頬杖をついてにこっと見つめ、わたしは口を開く。
男の子に直接かっこいいって言うのはじめてだなって思いながら。
「あなたは全然、情けなくなんかないよ」
「、!」
「それにわたし、自覚はあるんだけどかわいい子のお願いには弱いんだよね。すーぐ屈しちゃう。ルキウスさまの時もそうだったし、これは男女問わずかもなぁ」
「なっ……! だ、だから、! かわいいとか、そんな……」
「ランスくんは男の子だし、わたしにかわいいって言われるの、嫌?」
「い、いやじゃない、……けど」
「うん。かわいい」
「やっぱやだ、かも」
「え~」
ランスくんは頬を赤らめて恨めし気に、やわらかく睨むようにわたしを見上げた。
かわいい子にそういう仕草をされるとこう……クるものがあるけど、そういうのは厳重に蓋をして禁固刑に処しておく。わたしは女の子一筋だからね。
「……まあそういうわけで、かわいいランスくんのお願い通り、あなたはわたしが全力で何とかしますね。ルキウスさま」
「また、ランスか」
「え?」
ドレスの裾をはたきながら立ち上がり、まっすぐルキウスさまを見据えれば、ルキウスさまははく、と口を開いた。見開かれた双眸が、寂しそうに、涙をこらえるように、じわりと歪む。
そして、ルキウスさまは苦し気にうめくように、静かにこう零した。
「キミに……ロザリーに、何ができるの? 約束を破ったくせに」
と。
第15話も最後までお読みいただきありがとうございます!!
面白かったらブクマや星などで応援してくださると嬉しいです!!
今週はね、ヤンデレホラー的なんが書きたかったんです。
でも思ってたよりロザリーの精神が強くて、ホラーになりませんでした。無念。
ホラー演出にビビるかわいいロザリーが書きたかった……! 怖がってくれよおぉ……よよよ。
……はい。来週こそ、ホラーになればいいですね!(無責任)
そしていかにして冒頭の状況に至ったのか、明らかになることを願っています!(無責任)
来週もお楽しみあらんことを!!!