クリスティーナ・リュミエール
「――おわかりになりましたか。ここにいるこの子こそが、真のロザリア・ローズガーデン。……ニセモノは、わたしの方なんですよ」
お父さまが目を見開く。
理不尽なことを言っている自覚も、意味不明なことをまくしたてている自覚もある。わたしにとってのロザリア・ローズガーデンは目の前のロザリアちゃんだ。
……だけど、“この世界の”お父さまの娘は、わたし。
そんなことはわかってる。……わかっては、いる。けれど、今は怒りを抑えられそうにもない。
「そんな、そんなわけがない。どういうことだ。私が娘を見まがうわけ……、けれど、確かに彼女も……ああ、……ローゼリーナ」
お父さまが片手で顔を覆い、わなわなと瞳を震わせる。瞳孔の開いた赤い瞳が、口の端から血を流すロザリアちゃんと床を交互に見やる。
父が口にしたのは母の名で、こんな時までお前は娘を直視しないのかと、腸が煮えくり返りそうだ。これがロザリアちゃんを思っての怒りなのか、自分のことなのかはいまいちわからないけれど。
「私は、そんな戯言を信じない。信じられない。私の、私とローゼリーナの娘を、私は」
「そうですか。……そうでしょうね。お父さまがわたしの言葉を聞き入れたことなんて、一度もない。あなたはそうやってずっと、妻の幻影にでも縋っていればいい」
口をついて出た言葉は、自分のものとは思えないほど凍てついた響きを放っていた。たぶん今のわたしの目は、普段の父によく似ているのだろう。
今の父の姿に重なって、母が生きていたころの――母に笑いかけていた父が瞼の裏に浮かぶ。記憶の中の父が母から視線を逸らし、わたしをまっすぐ見つめる。
なぜかツンと、目の奥が痛んだ。
「いい夫ではあったんでしょうね。でもわたしにとって――わたしたちにとっては、そうじゃなかった。……ロザリアちゃんの傷を治したいので、もう行きます。それでは」
言いながら四方に張り巡らせていた茨をしゅるしゅると引っ込め、腕の中のロザリアちゃんを抱きあげようとして、
「っ、」
やばい。と直感的に思った。
視界がぐにゃんと歪んで、足がもつれる。だがロザリアちゃんを落とすわけにはいかない。気合で床を踏みしめ、体勢を立て直す。
「、ロザリア――」
「っ、寄るな!」
「な」
バランスを崩したわたしに近づこうとした父を、怒鳴って睨めあげた。肩で息をする。反射で目に涙が浮かぶ。
「今更! いまさら父親面をさせるわけがないでしょう! ロザリアちゃんもわたしも、あなたのいないところで幸せになります。わたしが全員、幸せにします。だからもう! ……塔に追いやった分際で、わたしたちに関わろうとしないで」
「……」
お父さまは伸ばそうとした腕をだらりと下げて立ち尽くした。
わたしは目からぼろぼろと落ちていく涙をそのままに、窓の光に照らされる父をじっと眺める。
だめだ。頭がぼーっとする。血が足りない。全力疾走したときのアドレナリンも切れつつある。わたしが倒れる前に、ロザリアちゃんを送り届けなくては。でもどこへ? 医務室とか、王宮にあるんだろうか。
「……はぁ、はぁ」
ロザリアちゃんの腕を肩に回し、来た道を引き返す。頭がくらくらする。視界がぼやける。ルキウスさまなら、なんとかできるだろうか。テラスにまだ、いるだろうか。頼って、いいのかな。でもルキウスさま今女の子だし、王宮の人たちはそっちにかかりきりかも。
ああ、わたしにも人を治せる、聖なる力があったらいいのに。
『……、て』
「え」
『ま、って……』
「ロザリアちゃん、」
息も絶え絶えの掠れた声で、ロザリアちゃんが呟いた。力の入らない指できゅっとわたしの袖を掴んで、必死に引き留めようとしている。
わたしは足を止めて、ロザリアちゃんの顔を覗き込んだ。額には脂汗が浮かんでいる。半開きの口の中は血で赤く染まっている。
それでも何かを伝えようとしている。
『きい、て』
「うん、聴いてるよ。あんまりしゃべらない方がいいけど、それでも言いたいことがあるんだよね」
こく、とロザリアちゃんがわずかに顎を引く。
「わかった。大丈夫だよ。ゆっくりでいいから」
『……、』
ロザリアちゃんはもう一度軽く頷いて、少し黙った。考え込むように、言葉を選ぶように一点を見つめて押し黙り、そして、
『もどりましょう。お父様の、もとへ』
「え、」
『だってアナタ、泣いてる、じゃない』
そっとわたしの頬に手を添えた。彼女の震える指を伝って、袖の方へと水滴が流れていく。正面から見つめたロザリアちゃんは、わたしをあやすように微笑んでいた。
『決別なんて、しなくていいのよ。アタクシの代わりに、アタクシの分まで、怒る必要なんて、ないわ』
「……」
『アナタも本当は気づいているんでしょう? あの人は娘のことを嫌っているわけじゃない。だって、アタクシからアナタを守ろうとしていた。……そういうところがあるから、怖かったし寂しかったけれど、最後まで嫌いになれなかった』
……薄々、そうなのかもなって、思ってた。でも、そんなのずるいじゃん。うまく言えないけど、そんなのずるい。認めたくない。認められるわけがない。
「でも、!」
『ほんとアタクシたちって、親子そろってみんな頑固よね。言い方を変えるわ』
「……」
『アタクシはお父様と仲直りしたいの。アタクシの幸せのために、願いを、叶えてくれる……?』
「……ロザリアちゃんもずるいなぁ。その言い方でわたしが断れるわけないって、知ってて言ってるでしょ」
『ええ。お父様に似たのよ。……きっと、お願いね』
「……ほんと、ずるい」
幼子に言い聞かせるように言ったロザリアちゃんは、すーっと瞼を閉じて意識を手放した。はあ……と長くため息を吐き、半歩だけ振り返る。
微動だにしないお父さまは、どうしたらいいかわからないといった風に眉根を下げて、迷子の仔犬のように佇んでいた。鋭く見える目は相変わらず怖いけど、いつもの威厳は半減している。
やっぱり少し腹が立つ。なんでわたしの方から歩み寄らなきゃならないんだって思う。
でも、これはロザリアちゃんの願いだから。わたしを思っての願いだから。
だからわたしは、あくまでも仕方なくを装って、のっかってやるのだ。
「お父さま」
「……ロザリア。私は、」
「わたしはロザリアちゃんほど優しくありません。あなたを簡単に赦しはしない。でも、この場に限って、わたしたちを救うことを、ゆるしてあげます」
「ロザリアッ!」
がくん、と膝から力が抜ける。床に崩れ落ちる。血が頭まで回らない。
ロザリアちゃんが頭を打たないように死守したつもりだけど、大丈夫だったかな。
「ロザリア、待ってくれ、私を置いていかないでくれ。これ以上、家族を失いたくないんだ、」
「……落ち着いて、ください。お父さま、」
重なり合って倒れたわたしたちに、お父さまが駆け寄ってくる。
涙を流してこそいないものの、見上げたその姿は酷く悲痛げで、やっぱりずるいと思ってしまう。だって、こんなの見せられたら、どうやって怒ればいいかわからなくなるじゃないか。
まだ、ほだされてやりは、しないけれど。
「……わたしだけを助けようとしたら、今度こそゆるしません、よ。わたしも、ロザリアちゃんも、救って。そして……目が覚めたら、家族でお話をしましょう。わたしの正体も、全部、話しますから。だからそれが終わったら、娘を――ロザリアちゃんを愛してあげて、ください、ね」
「――ああ、もちろんだ。お前もその子も、二人合わせてローゼリーナの忘れ形見なんだろう。なら二度と、傷つけるようなことはしない」
「こんな時でもお母さまの名前……。ほんと、愛妻家ですね。まあ、いいや。……わたしたちがなにで傷つくか、ちゃんと覚えてくださいね」
「ああ」
「あとお父さまの目って怖いんですよ。もうちょっと、なんとかしてください」
「善処しよう」
「……じゃあ、後のことを、頼みました、からね」
「……ああ」
段々と意識が遠のいていく。
けれどその中で、わたしは確かに靴音を聞いた。
カタンカタンと大理石を踏みしめる、聞き覚えのある、黒いパンプスの足音を。
「――おこまりですか?」
カタン。靴音が止まる。幼い、少女の声だ。
「……ひどいけが。いま、救ってあげますね」
座り込んだお父さまが、靴跡の主を見上げて目を見開く。靴跡の主がわたしの傍にしゃがむ気配がする。
「君は、いったい――」
「あっ、ごめんなさい。まだ名乗っていませんでした! あたしは聖女見習いの――クリスティーナ・リュミエールです♪」
わたしが意識を手放す寸前、黒いシスター服をまとった少女は、長い銀髪を耳にかけて慈悲深く微笑んだ。
第10話も最後までお読みいただきありがとうございます!!!
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やっとクリスティーナちゃんだせて満足!!キャラデザは2話の後書きか活動報告で確認できるので、ぜひご覧ください!!地雷系×シスター服でかわいいよ!!デザイナーである花舞先生に感謝!!
あとキリがいいので、ロザリアとロザリアちゃんの和解記念……ややこいな。
ロザリアと青リアちゃん(仮)の和解記念イラストを描きました!!がんばったので見て↓↓
あと3話にもmumemi先生にいただいたイラストを追加してるので見てほしい!!活動報告の方にものっけてます!!好きすぎて今私のスマホ画面これ!!ありがとうございます!!
それではまた来週!!!




