人肌恋しい頃
ビッグボアを倒してから一旦巣穴に戻ってゴロゴロしたのが昨日。
それから次の日になって今日。
今日の目標は貯蓄のキャパを一時的でいいからマックスにすること。
万が一獲物が取れなくなった時、少し遠くに遠征したり獲物が見つかるまで耐え忍ぶための保険が欲しい。
私にとって今一番怖いのはブラックウルフの群れでもレッドムーンベアでもない。空腹だ。
敵が現れたら逃げたらいい。
最悪どこか遠くに逃げてしまえばいい。
でも、空腹は訳が違う。
何かを食べなければ状況は変わらないし、逃げようにも逃げられない。
食べ物であふれかえっていた日本とはわけが違うんだ。
貯蓄のスキルがある以上、食べられるときに食べられるだけ食べて備えたい。
そんなこんなで子ウサギたちと一通り戯れてじゃれ合ったあと、私は餌を求めて徘徊する。
巣穴周辺は危険な動物が少なく、肉食性のモンスターもあまりいない事がここ数日でわかった。
なら、巣穴周辺の生き物を狙えば簡単に腹を満たせる。
楽していい結果を得るために弱かったり安全なモンスターを中心に狩り、その肉を貪る。
そうしてキャパシティを6割ほど満たした頃、私の気配感知に今まで感じたことのない気配を複数感じた。
その方向へ行ってみると、そこには緑色の肌を持ち長い鼻と耳の小人、いわゆるゴブリンと呼ばれるモンスターがいた。
見たところ3匹いるゴブリンのうち、先頭に居る1匹に鑑定を使う。
◆
名前 無し
種族 ゴブリン
レベル 12/40
HP 122/122
MP 33/33
筋力 101
防御 82
精神 32
防魔 78
素早さ 104
スキル『筋力強化Lv1』『暗視』
スキルポイント12
◆加護『転生の恩恵・モンスター図鑑』発動
『ゴブリン
低難度亜人型モンスターの一種。数十から数百の群れを形成し、原始的な文明を持って活動する人型モンスター。子供ほどの知能を持ち、ずる賢く罠を使うものもいる。1体1体は弱いが群れは成長し続け、時には軍が派遣される規模にまで大きくなることもある』
ゴブリンか…
定番の雑魚モンスターであり、序盤で主人公が自分の力を見せつける為に、ゴブリンキングとかを狩ってるイメージ。
でも、ゴブリン=悪はちょっと違う。
なにせゴブリンの元ネタはいたずら好きの妖精だからね。
それが転じて醜悪な化け物になっただけで。
…でも、この世界のゴブリンは明らかにモンスター側。
もうね、顔が全てを物語ってるくらい凶悪。
可愛らしさの欠片もない。
しかも、狩りの道具を携えて向かう先は私の巣。
この先にウサギがいること知ってるな?こいつら。
今夜はウサギの丸焼きだって?冗談じゃない!
あの子達はもう立派な家族。
お前らみたいな邪悪な化け物に食われていい命じゃないんだよ!
ゴブリン3人組の前に飛び出すと、私は深く息を吸う。
そして―――
『ガァァァァァアアアアア!!!』
全力で、魂の叫びのような咆哮を食らわせて相手の戦意を削ぐ。
私を前にゴブリン達は逃げ腰な様子でそれぞれ武器を構える。
…武器と言っても先端を尖らせただけの木の棒。
竹槍のほうが強そうだ。
こんな格下で、明らかに怯えている奴の相手なんて容易い。
今にも尻尾を巻いて逃げ出しそうなゴブリンに向かって走り出す。
まずは先頭のゴブリン。
先頭に立っているだけあって、この3人…3匹?の中で一番強い。
鑑定でステータスを確認したから間違いない。
先頭のゴブリンは、私に向かって木の棒を突き出してくるけど、そんな見え見えな攻撃が当たるはずもなく。
ヒラリと躱し、喉元に長く鋭い牙を突き立てる。
顎に目一杯力を入れると簡単に肉が千切れ、首から血が噴き出す。
絶叫を上げる先頭のゴブリンを見て、他の2匹はついに我慢できなくなったらしく、一目散に逃げ出した。
逃げる相手の背中を攻撃するのは気が引けるけど…それなら背中を攻撃しなきゃいい。
後ろから首に噛み付いて地面に押し倒し、その勢いで首の肉を食い千切る。
更にもう1匹にも同じ事をしてやる。
ゴブリン達はしばらく絶叫を上げた後、失血で動かなくなった。
《レベルが上がりました》
感情を感じない機械音声のような通知が、ゴブリン達が死に絶えた事を告げる。
ステータスの確認は後にするとして…やっちまった感があるね。
始めて出会った人型生物。
モンスターとは言え…もう少し観察とかなんとかして、関わるべきだったかなぁ…
有無を言わせず殺しちゃったけど。
…まあ、明らか有害そうな顔してるヤバイ奴だったし、こっちが友好的に接しても狩られてたかもしれない。
そもそもモンスターと知的な意思疎通が取れるとは思えないからね。
…でも、やっぱりおおよそ人型のゴブリンを見ちゃうと、人間に会いたいなぁって思うよね。
誰とも会わない生活…そんなの一度も無かったから、ちょっと寂しい。
別に友達もいないし家族とうまくやっていたわけでもないけど…それでも、人の声がちっとも聞こえない生活ってのは寂しいものだ。
なんだか心がムズムズして来たなぁ…体を洗ったら巣に戻って子ウサギと戯れよう。
ゴブリンや他のモンスターとの戦闘で浴びた返り血を水辺で洗い落とすと、巣へ向かう。
倒したゴブリンの死体は巣とは反対側に運んで、少しでも肉食モンスターが巣に近付かないようにしておいた。
…人型だし、顔は人に見えなくないから、食べる気になれなかったんだよね。
ストックに出来ないのは残念だけど、経験値は手に入ったから良しとしよう。
巣へ帰ってくると、草をもぐもぐ食べていた子ウサギ達が一斉に集まってきて、私の事を取り囲む。
私が逃げると子ウサギ達が追いかけてきて、私が追いかけると子ウサギ達が逃げる。
そうやって子ウサギと戯れていると、近所の犬と遊んでいるような気分になって、とっても楽しかった。
…ただ、子ウサギはすぐに疲れてしまって、私の上に乗ったり顎を脚に乗せたり、尻尾に抱きついて眠り始めた。
ここは巣穴の外だったのに…不用心だなぁ。
子ウサギを起こさないようにしつつ、あたりを見渡すと私が使っていた巣穴で出たり入ったりする母ウサギの姿を見つけた。
私が入れるように穴を拡張してくれているらしい。
今の私は大型犬以上のサイズがあるからね。
元は小型犬くらいだったのに…まだ未成熟な個体でこれなら成体はどれだけ大きいのやら。
…そう考えたら、ゴブリンがめっちゃ逃げ腰だったのも納得かも。
私も小さい頃に大型犬の遊び相手にされそうになってギャン泣きしたことあったなぁ。
まだ小学生にもなってない頃に、親戚が連れてきた大型犬と遊ばせようとして、自分よりデカイ犬が怖くて泣いた。
恥ずかしい記憶ではあるけど、誰だって子供の頃はそんなもの。
「キュンッ!」
昔ごとを考えてしみじみしていると、子ウサギの1匹が鳴き声で私を呼ぶ。
見てみるとまた遊びたそうにしてる。
だけど、今私は沢山の子ウサギに囲まれて動けないんだ。
お母さんと遊んでおいで。
視線であっちに行くよう伝えると、シュンとして草をもぐもぐ頬張り始めた。
可愛い。
かまってほしげにしている子ウサギを見て和んでいると、気配感知に反応アリ。
これは…またゴブリンか?
しかも明らかにこっちに向かって来てるね。
あと、数も多い。
…子ウサギ達の安全の為にも、始末してきますか。
私が起き上がると、子ウサギ達はびっくりして私から離れる。
一部の子ウサギがもっと寝たそうに視線を向けてくるけど、真剣な眼差しで見てやると非常事態だと悟って巣穴へ逃げていった。
母ウサギも子ウサギと一緒に巣穴に戻ったのを確認すると、ゴブリン共を始末しに向かう。
この巣は絶対に襲わせんぞ!