洞穴は怖い
たまたま見つけた水辺。
そこで口と手を洗う。
ちなみに水面に映った私の顔はネコ科動物の顔だった。
と言ってもイエネコとは大きく違う。
どっちかと言うとライオンとかトラとかチーターとか。
サイズの大きい猛獣の方のネコ科動物。
んで、翼は…何とも言えない。
鳥の羽とかどんな違いがあるか分かんないし、どんな鳥?と聞かれても分からないとしか…
あと、尻尾はなんか犬っぽかった。
猫はあんなに尻尾の毛は長くないイメージ。
口と手を洗い終わると私は他の生き物がやってくる前に水辺を離れる。
水辺はあらゆる動物が集まる場所。
ブラックウルフはもちろん、ブラックウルフ以上にやばいモンスターがやって来ないとも限らない。
だから安全な内に離れてしまうのが吉。
…それに、行ってみたい場所もある。
その場所というのは洞穴だ。
ほらあな。洞窟と何が違うのかわかんないけど、洞窟ってほど大きくは無かったし、サイズ的な問題で一応洞穴って呼んでる。
洞穴は小動物とかがねぐらにしてそうなイメージがあるし。
とは言っても私が見つけたのは人間も入れるサイズがある。
雨風をしのぐのに使えるかも知れないし、確認しておきたかった。
周囲にモンスターが居ないか見ながら洞穴の近くまでやって来ると、強い獣臭を感じた。
犬は鼻が優れる事で有名だけど、猫だって負けてない。
犬ほどではないけれど、人間よりは遥かに嗅覚が優れる。
だから分かった強烈な獣臭。
ここは駄目だ。すぐに引き返して別の巣穴に使えそうな穴を……
「グルルルル……」
他を当たろうと振り向いたそこにいたモノ。
ソレは私を見下ろして唸り声をあげる。
◆
名前 無し
種族 レッドムーンベア
レベル32/60
HP 1003/1003
MP 110/110
筋力 896
防御 923
精神 363
防魔 920
素早さ 842
スキル 『爪Lv4』『牙Lv4』『剛毛Lv8』『咆哮Lv5』『筋力強化Lv3』『毒耐性Lv2』
スキルポイント152
◆加護『転生の恩恵・モンスター図鑑』発動
『レッドムーンベア
中難度熊型モンスターの1種。レッドベアの希少種で、ごくごく稀に発見される。場合によっては討伐隊が結成される事もある危険なモンスターであるが、特筆すべき能力は兼ね備えては居ない。腹の丸い白い毛が特徴』
う〜ん…バケモン。
全身真っ赤な体毛と、腹の部分だけまるで満月みたいに丸い白い毛がある巨大な熊。
パッと見で私の十倍くらいデカイ。
…いや、まあ私が小さいってのもあるんだけどさ?
小型犬と言うには大きく、中型犬と言うには小さいくらいのサイズが私。
ともかくこのレッドムーンベアはデカイ。
前脚が振り下ろされようものなら一撃でハンバーグになる自信があるサイズとステータスの差。
み、見逃してもらえたりするかな…?
ゆっくりと後退りして逃げればもしかしたら…
慎重に慎重に…巣穴の方へは行かないように後退り、少しずつレッドムーンベアから逃げる。
すると、巣穴を狙っている訳では無いということが伝わったのか、はたまた巣穴から離れた事で興味を失ったのか。
とにかくレッドムーンベアは私を一瞥すると洞穴へと戻っていった。
その隙に全力で走って逃げる。
あんなのが家主ならここは到底無理。
というかこのあたり一帯があいつの縄張りでもおかしくない。
ここはいったん諦めて、別の洞穴――それこそ本当に私がギリギリ入れるサイズ感の穴を探そう。
そう心に決め、私は走り続けた。
…それまではよかった。
でもね?よさげな穴は全部何かしらの獣臭がして、私の巣にするにしてはリスクが高い。
なにより今の私みたいに別のモンスターが巣穴を狙って襲ってくるかもしれない。
だけどそこは発想の転換。
巣穴を狙ってくるモンスターが居るなら、私だって巣穴を狙えばいいじゃないかと。
それこそウサギ。
ウサギなら倒せるし、あいつらは穴を掘って巣を作る。
私に巣を管理する能力はないけど、奪う事ならできる。
崩れかけたら別の巣穴を狙えばいいわけだ。
そんな発想のもと駆けまわっていると、ウサギを見つけた。
しかも近くに巣穴がある。
ここを襲って私の家にしよう!
ちわーっす!地上げ屋でぇーす!
お宅の家をいただきに来ましたー……あるぇ?
ウサギを襲おうとしたその時、一匹の獣がウサギを襲った。
妙にすらっとしたその獣は…前世では実物を見る事は無かった生き物。
キツネだった。
◆
名前 なし
種族 タイリクキツネ
レベル 3/10
HP 15/15
MP 5/5
筋力 15
防御 10
精神 5
防魔 10
素早さ 20
スキル『隠密Lv1』
スキルポイント1
◆加護『転生の恩恵・モンスター図鑑』発動
『タイリクキツネ
野生動物の一種。大陸に広く分布するキツネ。雑食で狩りをしたり野草や木の実作物を食らう。農家からは嫌われている』
ほほーん?
つまり普通のキツネってわけだ?
ステータス的にも私が負ける要素はない。
ならば、せっかくの獲物と巣穴を横取りされては困る。
食われるのはお前だキツネ!
飛び出してウサギの首筋に噛みつこうとするキツネに前足を振り下ろす。
「キャイ~ン!?」
情けない声をだして驚くキツネ。
そんな事には目もくれずすかさず喉笛に噛みついてやった。
キツネの防御力では私の噛みつきには耐えきれず簡単に肉を食いちぎることに成功。
そのまま何度も喉に噛みついてキツネをかみ殺してやった。
すらっとしててウサギよりも食いごたえはなさそうだ。
でもまだ本命を食してない。
さあさあ野ウサギちゃん?
私の胃袋に入っておくれ。そして君のお家をちょうだい。
キツネの死体をそのままにしてウサギに近づく。
しかし、ウサギは不思議と逃げる気配が全くない。
不審に思って観察してみると、巣穴からひょっこり小さなお耳が。
…もしかして、この巣穴には子供が居るのか?
少しでも我が子の生存率を上げるために自らが餌となって私を子供たちから遠ざけようとしてる?
だとしたら少し可哀想だ。
このまま食べちゃうのは忍びない…いっそ私が保護者になってあげようか?
食べるのは可哀想だし…非常食はあるに越した事は無い。
その上ヤバくなったらこいつらを囮に逃げればいい。
幸い今はキツネ肉があるからわざわざ食べる必要は無いし…それなら今後を見据えて残しておこう。
私は今後の事を考えてこのウサギ親子を生かすことに決めた。
まずはキツネを引っ張って使われてなさそうな巣穴にやって来ると、そこでむしゃむしゃ食べる。
思っていた通り可食部は少なく、味もいまいちだ。
でも贅沢は言ってられないし、他に食べるものもない。
あっという間に完食し、巣穴に入り込んで居心地を確かめる。
なかなか悪くない。
何というか…本能的に安心するというか、私の中のキマイラの部分が安心している。
気持ちよくなって気が抜けてしまってからか、いつの間にか私は寝落ちをかましていた。
そして、起きたらウサギベイビーが私の翼を齧っていやがったから吠えて追い払ってやった。




