02
「え?」とキョトンとしている王子に、マリアこそが首を傾げていた。
「人違い……いや、貴様の名前が試験の一位にあるではないか?」
「ございます」
それは間違いない。
「確かにわたくしのことでございます」
マリアのまっすぐな返答に、ハロルドはしかしそれ見たことかと顎を上げた。
「マリアローズ! 貴様、そのようにふざけて言い逃れを……」
「ですから、人違いです。私は……」
いい加減マリアの方も苛々としてきた。
「これは私ですが、そちらは私ではありません」
これ、即ち試験結果の一位。
そちら、即ち――。
「私は知っているぞ! 貴様は週末毎に王宮に呼ばれて……王太子妃教育を受けているではないか!」
「……は?」
確かにマリアはほぼ毎週末、王宮にあがっている。
それを知っているのだとハロルドは威張るが、だがそれは決して王太子妃教育を受けるためではない。
「何度も貴様が王宮にいる姿を見たぞ! それは王太子妃教育のためであろう!」
馬車乗り場で、回廊で――そして女王の宮に向かうところも。女王直属の侍女たちに恭しく案内される姿を。
普通、そんな頻度で王宮に招かれる貴族女性がいるか?
それは何のためか。
――王太子妃教育しかないだろう!
だからハロルドは、彼女がマリアローズであり、自分の婚約者であると確信したのだという。
マリアローズはクリストバル公爵家の娘だ。自分に釣り合う身分。
彼も王子だから、高位貴族の娘たちの名前は把握していた。
将来、自分の妃になる者達だから、と。
そう、彼はきちんと「あの女性は誰だ」と、侍女たちに尋ねたという。その際に「マリアローズさまでございます」と。
きちんと。
ちゃんと。
だからこそ、ハロルドは今、間違うことなくマリアに指を突きつけているのだ。
この美しい女に。
マリアは美しい。
赤みある金茶色の髪は艶やかに。時に陽光に当たると真新しいブロンズのような輝きさえ。
同色の睫毛に縁取られた深緑色の瞳は互いに色を引き立てあっている。
そして、肌。
その肌こそ陶器のように艶めかしく、染みもそばかすもなく。薄らと薔薇色に染まる頬と唇のなんと麗しいことか!
幼き頃に垣間見た公爵家の令嬢は、このように美しく育ち――そして自分の妻になるために王宮に呼ばれているのだ。
ハロルドははじめはそのように胸の高鳴りを感じていた。
そして学習でも王太子妃教育の賜物か好成績を出していることに誇らしくさえ。
だというのに……彼女は。 メアリーに話を聞いて、裏切られたと思ったのだ。
「そして姉上とも親しげに……だというのに人違いと言い逃れを!」
ハロルドの視線。その先。
いるの解っていたのかと――フェリシアがよりいっそう眉をひそめる。美しく形の良い柳眉を。
そう、フェリシアこそハロルドの姉。
フェリシア王女である。
ハロルドはマリアがフェリシアと親しげに会話していることこそ、本人であろうと言いたいらしい。
確かに王女とそのような仲でいられるのはかなりな高位貴族でないと無理だろう。
しかし――どんなことにも例外はある。
「そもそも……姉上には会いに行くと言うのに、私には挨拶すら……」
あ、それも理由か?
その場にいた全員が内心でちょっとつっこんだ。
しかしそれは……本当に、そもそも、だ。
「わたくしが身分を盾にそちらにいらっしゃるメアリー様とやらを脅したこともございません」
「し、しかし、貴様はクリストバル公爵家の……」
「そこ、そもそもわたくしは……」
「マリア・ローゼン。ローゼン男爵家の者でございます」
「マリア……ロー……ぜ?」
そう。
マリアローズ嬢ではない。
「わたくしはマリア・ローゼン。女王陛下の専属エステティシャンにしてマッサージ師でございます」
おーらら。