第10章
第10章
ヴァイオレットさんの館まで、3人でぱかぱかと馬車に揺られながら長い道のりの旅行だった。景色を見るか本を読むか、話をするかしか選択肢がなく、僕は普段の激務の医者の仕事の羽根を休めることができた。
満月の美しい夜だった。僕とハーヴェイは後部座席で眠っていたが、僕は、百合の香りがしたので目が覚めた。シャーロットちゃんが壺からハンドクリームをとりだし、手に塗り、うっとりと目を閉じて微笑みながら手の甲の香りをかいでいた。その姿は、月夜に照らされて、神聖で美しかった。僕は不思議な気持ちになり、ドキドキしてしまった。
「すみません、ミヒャエルさん、起こしてしまいました、あ……」シャーロットちゃんは、壺を落としてしまった。それを僕は拾って渡す。渡す時に、目があって、不思議な気持ちになってしまい、少しだけ見つめあった。
「ミヒャエルさん、本当にいろいろ、ありがとうございました」僕は苦虫を噛み潰したような顔で、
「いえ、いいんだ、あははは……」と言った。つ、疲れた……
「ミヒャエルさんって、手紙をまめに出されますよね」
「そう?」
「ハーヴェイさんは……手紙返してくださらないときがあるんですよね」
「少し心配はしてるよ。あいつは、不安定で、気分屋だから、シャーロットちゃんが振り回されないかと。もし、つらいことがあったら、僕に相談するといいよ」そう僕が言うとありがとうございますとシャーロットちゃんは言った。
「突っ走っちゃったけど、いまさらマリッジブルーなんです」
「そうだね。もし……君が……他の人と……例えば……」するとえ?とシャーロットちゃん。
「ごめん、なんでもない。きみは可愛い女性だ。なんにも思っていないっていうことはないよ。きっとあいつと結婚したら、あいつの情緒不安定に加えて、たくさんの苦悩が付きまとう。あいつが領主になれば、民衆の中にもよく思われない人もいるだろう」シャーロットちゃんは、そうですねと言った。
「あなたはおそらく、人を抱きしめることができる人です。私も抱きしめたい人なんです」「そうだね」気づけば月は低い場所にあり、太陽に権威を交代しようとしていた。