第1章
第1章
パーシーが尺取虫のように身をかがめ、祈祷の先導文を唱えるために祭壇へ上がり、蛙を踏んづけたような声で祈祷を始めた。それを見た私は笑いをこらえようとしたが、無理だったので、空咳をするふりをしながら笑いを押し殺した。庭のアスパラガスがにょきにょきと伸び、薔薇たちがつぼみをつける時期であったが、昼夜の寒暖差が激しく、よく冷える。それはひとえに、このポークス修道院が、タウランド公国の森の中にぽつんと面白可笑しくおっ立っているからだった!空を劈くような寒さが、田舎の修道院の甘くたるんだ空気感を、まあまあの厳格さで取り締っていた。
このポークス修道院には、古臭いしきたりがあり、この苺獲祭の夜は聖母に祈りを捧げることになっていた。パーシーが先導文、それに続き前の列の修道女から順に嫌になるほど長い祈祷文を、夜通し唱えていく。
「(ハーヴェイ様、あなたは今どうしているのかしら……。いまごろ、あなた様も夕餐のお祈りをしているころね。)」私は意中のハーヴェイ様のことしか考えていなかった。
こつり。後ろから肩にチョップをされて目がぱちっと開く。そのチョップをくらわせたサシャは、あなたの番よと言いたいらしい。
「聖母と等しく、我ら命尽きる時まで祈り奉る……」私はびっくりした顔を繕うことができず保持したまま、祈祷文の続きを暗唱した。
明け方にやっと解放されて、ルームメイトのサシャが二段ベッドの下に仰向けに倒れこむ。今日の昼には礼拝がある。全く、夜通しの祈祷の次の昼に礼拝だなんて、うちの院はカスね、などと言うサシャに、黙認した振りをするが、ちょっぴり、心の中で同意する。
「ふぁー。シャーロット。また脳内ハーヴェイ様だったんでしょ、わかるわよ。あたしは昼のミサまで寝るわ、あんたも寝なさい」とサシャ。
「私、朝ご飯作る当番だから…」そう答える私に、サシャは少しいたずらそうな微笑みを向けて、手伝うとベッドから這い出た。
日曜礼拝が始まった。黄色い花の刺繍がされた礼拝用の長い上着を着て、同じくセットアップの黄色い花の刺繍のヴェールをかぶる。そうして祭壇のところに適当に並んで、讃美歌を歌った。歌いながら、愛しいハーヴェイ様を探した。最後列の左端。そこに彼はいつもいた。彼は私を見つけて、目が合ったから、緊張して自身の固い前髪を触った。その前髪の下の、フォークでパイに印をしたような細い目が、私にすずやかな愛のまなざしを送っていた。 献金を集める時間になった。「パーシー、私集めるから」小さな声で私が言うと、パーシーはすっとこどっこいな顔をして私に献金を入れる帽子を手渡してくれた。ゆっくりとした足取りで、彼のところへ行く。彼は感動して、目に星を宿して、そのまま顔をこわばらせている。そうして私は上着で帽子を隠した。彼が、紙幣を帽子に入れる時にそっと、袖から手紙を出して、彼の手に渡し、彼の手の中の手紙を代わりに受け取った。
「母に同等」ハーヴェイ様は言った。続いて私も答えた。
「母に同等」
礼拝のあとは、修道院長の謁見の時間を設けられていた。タイプライターの打ち込みが院で一番早い私は、記録係で、修道院長と兄弟姉妹の会話や来訪を記録することになっていた。というのも、この規律に甘い修道院でそのようなシステムはもともとなかったのだが、院長がご高齢で、何人もの兄弟姉妹と話したことを毎週お忘れになることがあったからだ。
「どうぞ。おかけになって、キャンディーはいかが?あなたは領主の息子さんの、ええと……」と修道院長が優しく仰った。あらかじめ用意されていた紙を見るふりをしてから、ハーヴェイ・カートレット様です、と私が申し上げると、院長様は、
「ああ、そうだったわね。ごめんなさいねえ、もうおばあちゃんで、そうねえ、もう92歳ですからねえ。そうそう、カートレットさんね」とゆっくりと落ち着いた口調で仰る。
「院長様、こんにちは。昨日は苺獲祭の祈祷、わたくしもお祈り申し上げておりました。皆様が……その、ご祈祷なさっている時間に合わせて、私も……」とハーヴェイ様が言った。彼の顔からは、表情が読み取れないが、彼がロマンチックなことを夢想していることが分かった。院長様は、まあ信心深いことねえと続けた。そして院長様が、ごめんなさいね、シャーロット……ええと、とお続けになる。
「カートレット様です」
「そうそうごめんなさいね。お名前は忘れますけれど……カートレットさん、そう、カートレットさんね」と院長様は少女のようにはにかんだ。
「いつまでこの森にいらっしゃるのですか?」
「私はここを出る気はありません。毎日沢山の手紙の返信や、仕事がありますが、全て運脚を手配しておりますので」修道院長様は、強い母親のような辛抱強くあたたかな微笑みを浮かべて、そうですか、ご無理のないように、と仰った。
何も詳しいことは聞いていないからわからないけれど、ハーヴェイ様は、領主のお母様が厳しく、また社交の場や、外交が好きではなくて、この森に逃げているのだろうと思っていた。彼が毎週ここにくるようになってから、私は不器用な彼のことを愛してしまった。彼の無表情の瞳の奥から、あなたが愛しいです、という不思議な魔法を受け取り、ミサの時に例のように強引に渡した手紙をきっかけに、秘密のやりとりが続いていた。